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(七)ひさ子再び・その三 呼び出し

 主水がいろはを訪れた日の翌日、今度は藤兵衛がお梅婆さんの部屋にいた。


(珍しいな。裏の件だけで呼びつけるなんて)


 裏稼業の依頼は何かのついでが大半であったため、「裏の件で話がある」と呼び出された藤兵衛は戸惑いを感じていた。と同時に、あの日ひさ子が語った内容を思い返す。


(この婆さんが『暁の蝶』だとはね…… 確か、物凄い運動能力が高く、人間離れした身のこなしをするので、捕り方は何度も追ったけれど触れる事すら出来なかった、だったっけ)


 続けて、肝心な部分をふと思い出した。


(……ああ! それと物凄い美人だった、っていう噂もあったな)


 そんなことを考えお梅婆さんをちらっと見ると、煙草をふかしながら値踏みをするような眼つきで自分を見据えていた。


(美人『だった』……か。時のうつろいとは、なんとも残酷なもんだ)


 やれやれと首を振ると、お梅婆さんは勘付いたのか、


「藤兵衛…… あんた今、失礼な事を考えてなかったかい?」


「そ、そそそ、そんな事、滅相もございません」


心の中を見透したような問いをしてきたので、藤兵衛は慌ててぶんぶんと頭を横に振った。


「ふん、どうだか」


 お梅婆さんは半信半疑の眼差しを向け、煙管を長火鉢の脇に置いた。


「……さて、話の本題に入る前に聞いておくとするかい。ひさ子はそっちに行ったのかい?」


「ええ、お陰でとんでもない目に遭いましたよ…… しかも、近所に住むみたいで、もう今から頭が痛いですね」


「そうかい、そっちにしたのかい。あたしは、あんたと同じ(たな)を勧めたんだけどね、あたしが大家だし。ま、向こうには向こうの考えがあるんだろう」


「え“……」


 お梅婆さんのトンデモ発言に、藤兵衛は目を丸くする。と同時に、もしそうなっていたらと考えただけで変な汗が出た。


「で、ひさ子は他に何か言ってたかい?」


 そう問われ、藤兵衛はあの時の会話を思い出す。


「そういえば、自分にもいずれ声が掛かるかも、とか言ってましたね。それともう一つ、うちらにも関係がある話だとか……」


「なるほど、そんな程度かい。じゃあ、改めて言うよ。今、厄介な一件を抱えていてね。あんたにも引き受けて欲しいのさ」


「わかりました」


「……随分、素直じゃないか。中身を聞かないで判断するのかい?」


 いつもであれば、ああだこうだ言う藤兵衛がすんなり聞き入れたので、お梅婆さんは少し調子が狂った。


「やだなあ、いつも素直じゃないですか。それに、そんな話の仕方をするってことは、どうせこっちに拒否権なんて無いんでしょ?」


「まあ…… 無いね」


「やっぱり」


 藤兵衛は思わず肩をすくめた。そして、お梅婆さんの話は続く。


「詳しい話はひさ子の調査が終わってからになる。これは先に話しておくけど、今回はあんた達だけじゃなく、奉行所も参加する」


「奉行所…… いいんですか?」


 裏稼業の身である自分が、表の世界である奉行所と関わりを持って大丈夫なのか、という意味で藤兵衛は尋ねた。


「ああ、問題ない。今回の件はどちらかと言えば、奉行所が裏の仕事に手を出すっていう言い方が近いね。それぐらい、強引に事を進める必要がある謎の多い相手さ」


 ここでお梅婆さんは一旦話を切り、煙管を取って一服した。


「……藤兵衛、越後屋とか吉佐って男の名は覚えているかい?」


「え? ……確か、凛の一件でしたよね」


 唐突な問いに藤兵衛は頭を働かせ、答えた。


「へえ、よく覚えていたじゃないか。……実は、あいつらは逃げ延びていたんだよ。しかも、取引相手だったところとつるんで、怪しげな商売をまた始めているらしい」


「らしい、ってのはまだ不確定ってことですか?」


「ああ、それを今、ひさ子が調べている」


 藤兵衛は少しずつ思い出してきた。

 越後屋の太右衛門という店主が、割符を使ってどこからか阿片を仕入れては密売し、凛の父親がその割符を隠したために殺されたことを。そして、太右衛門は当時同心であった吉佐を巻き込んで、表沙汰にならないように手を回していたことを。


「そうすると今回の一件って、もしや……」


「阿片がらみさ。しかもヤバそうな奴らが後ろについている」


 藤兵衛は、いつの間にかお梅婆さんの顔つきが真剣になっていることに気付く。


「なるほど…… じゃあ詳細は、ひさ子の調べが終わってから、ですか?」


「ああ。わかったところでまた声をかけるさ」


 すると、話は終わったとばかりに藤兵衛は腰を上げ、引き戸に手をかける。


「また阿片か…… どうにも俺って、阿片と縁があるよなあ」


 そうぼやくと、お梅婆さんが声をかけた。


「藤兵衛」


「はい?」


「今回は、凛はどうするんだい?」


「どうするって…… そりゃあ、連れていきますよ」


 藤兵衛は振り向くと、あっさりと答えた。


「ほう」


 意外そうな顔をしているお梅婆さんが気になったのか、


「だって、相棒ですから」


 笑いながら言い、部屋を去って行った。

 一人になったお梅婆さんは、先程の藤兵衛の言葉を嚙みしめるように思い返す。


「……相棒とはまた、あの娘もえらい出世したねえ」


 そうして、嬉しそうに煙管を咥えるのであった。


 つづく

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