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(七)ひさ子再び・その二 懐かしの二人

■この部分からの登場人物

(きち)():元・町方役人の同心で、過去に藤兵衛と凛に悪行を暴かれた。

太右衛門(たえもん):元・越後屋の主人で、藤兵衛と凛に関わって以来落ち目になる。

・お梅婆さん:「いろは」のオーナー。裏世界も含め、色々な商売をしているやり手の婆さん。

主水(もんど):北町奉行所の与力。お梅婆さんの知り合い。

 江戸から北に位置する上野と呼ばれる地域に、新しい屋敷が短期間で出来上がっていた。屋敷はかなり広い区画を抱え、敷地内には住居用の建屋の他に蔵がいくつも立ち並んでいる。荷物を積んだ大八車や人足がひっきりなしに出入りし、屋敷内は大いに活気があった。


 その光景を感慨深げに眺めている二人がいた。


「やっと、やっとここまで来た……」


「すげえもんだ。こんな短期間に、ここまで築き上げるなんてよ。……おめえの財力も、組織ってやつも」


 誰あろう、この二人は第一話で凛と藤兵衛にのされた、元同心・(きち)()薬種(くすりだね)問屋『越後屋』の店主・太右衛門(たえもん)であった。あの出来事の折、太右衛門は番所にしょっぴかれたのだが、難を逃れた吉佐が裏から手を回し太右衛門を助け出したのであった。


 その後は追われる身になったことから二人は暫く身を潜め、頃合いを見て太右衛門が阿片取引をしていた『組織』に泣きつき、店を一から作り直したのであった。


「隠していた財産を全てつぎ込みましたからね。……お陰で、今は一文無しです」


 そう語る太右衛門は以前よりかなり瘦せ、吉佐と同じくらいの身の幅になっていた。相当な苦労があったのだと偲ばれる。


「ま、さすがに前の屋号の『越後屋』はまずいから、今度は『(なん)()()屋』に変えたって訳か。どんな事してでも成功してやる! って気概が見えて、俺ぁ嫌いじゃないぜ」


 吉佐の方は身元をばれないようにする為か、(まげ)を落とし短髪になっていた。艱難(かんなん)辛苦(しんく)を共にした為か、二人の間には友情のようなものがいつしか芽生えていた。


「しかし、援助してもらった手前大きな声じゃあ言えねえけどよ、あの組織にも良いように利用されてるよな。ここで働いてるの、ほとんど『信者』なんだろう?」


「ええ、そうです。だけど吉佐、組織の悪口を言ってはいけませんよ? あそこは素晴らしい所なのです。人をこの世の苦しみから解き放つというのが教義なのですから」


(苦しみから解き放つ、ねえ…… そんな崇高な目的を掲げているところが、阿片の密売なんに手を染めるかねえ……)


 実のところ吉佐は組織に対して胡散臭さを感じていたが、それを口に出すと太右衛門が怒り出すので黙っていた。吉佐の知る限り『組織』とはどうも宗教団体のようで、全国に信者がいる大規模なものらしかったが、詳しい中身はよくわからなかった。


 以前はお得意様ぐらいにしか考えていなかった太右衛門が、組織の教導に傾き始めていることが、吉佐は少し心配していた。


「わかった、わかった、気を付けるよ。……まぁ、何にせよ、このまま商売が上手く進めばいいな」


「ええ…… 願わくば、あの『鬼二匹』にはもう出会いませんように」


 太右衛門は両手を胸の前で組み、強く祈る。その呟きが聞こえた吉佐は、


(全く同感だぜ)


太右衛門に同調し、大きく頷くのであった。



 ◇



 ところ変わって、ここはお梅婆さんの仕事部屋。その部屋でお梅婆さんは一人の男性と向かい合って座っていた。


 男性は黒羽織に(はかま)という身なりで、歳は四十代前半に見える。威圧感のある服装とは対照的に、人の好さそうな顔で温厚そうな雰囲気を醸し出しており、町役人の証である十手(じって)を腰に差していた。


「……とまぁ、こんな感じでなかなか進んでいないってのが現状さ、主水(もんど)


 お梅婆さんは一旦話を打ち切ると渋い顔をして煙管(きせる)を口に咥え、それからゆっくりと紫煙(しえん)を燻らせた。


「そうですか…… お梅さんでも厳しいとなると、このまま指を咥えて見ているしかないのでしょうか」


 主水と呼ばれた男性は残念そうに肩を落とす。


「まあ、待ちな。進んでいないってのは、今までの話さ」


「今まで、ですか?」


「ああ、そうさ。あたしもあの組織がこここまで厄介だったなんて、思っても見なかったからね。だから、強力な助っ人陣に頼むことにしたよ」


「強力、ですか。その人たちとは一体?」


「そこはいずれ、顔合わせをさせるよ。……ところで少しは変わったかい? 奉行所の雰囲気は?」


 お梅婆さんははぐらかすと、別の話題を振った。


「ええ、大分良い方向に変わってきました。不正を働いていた中心的な人物がいなくなったおかげですね。残りの者たちは積極的に不正を行うほどの器量はありませんし、次は自分が首を切られるのではとびくびくしていますよ。お陰で真面目に働いてきた人たちも、活き活きとし始めました」


「そうかい、そりゃよかった。それなら、あんたもちっとは余裕が出てきたんじゃないかい? ……息子のためにも、再婚を考えたらどうだい?」


 すると、主水は苦笑いを浮かべた。


「いやあ、四十の男やもめの所に来てくれる物好きな女性なんていないですよ。それに息子の(はっ)()は十分分別がついた年ですし、今更母親なんて欲しがらないでしょう」


「そうかねえ…… あんたならいくらでも嫁の成り手がいそうだけどねえ。……ま、この話は終いにしようかい。まずは、この一件に集中だね」


「そうですね。お梅さんの御助力にはこれからも期待しますので、よろしくお願いします」


 主水は深々と頭を下げる。


「ああ、任せときな」


 その後二人は世間話などを交わし、一息つくと主水は部屋を後にしたのであった。


 つづく

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