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(六)筆は刀よりも強し・その四 とんでもない噂

■この部分からの登場人物

・えり、せり、(らん):凛の同僚で、「いろは」の従業員。

 『よろづや・いろは』に着いた藤兵衛と凛が、その足でお梅婆さんのところへ向かおうとすると、三人娘が近寄ってきた。


「ね、凛。この瓦版見た? あの『白光鬼』がまた現れたんだってね?」


 凛も持っていたあの瓦版を見せながら、えりが言う。


「そ、そうみたね」


(ご本人様が隣におりますが)


 と、藤兵衛をちらりと見る。


「怖いよね~・白光鬼ってさ、すっごく悪い奴なんでしょ? ……もしかして『いろは』にも来るんじゃない? ここ、繁盛してるし」


「せりはいいでしょ、通いなんだから。危ないのは凛と私、蘭の方よ。ここに寝泊まりしてるんだから。だって、そいつって夜に活動するんでしょ?」


「夜…… お化けみたい」


 本人を目の前にして、言いたい放題の三人娘。藤兵衛は気まずそうな顔をしていた。


「でも、本当に来たらどうする? 地獄からの脱獄囚って話だけど、かなりの女好きだって噂も聞いたことがあるわ」


「え! そうなの!?」


「そうみたよ。だから、ここが襲われたら、ついでに私たちも襲われちゃうんじゃない?」


「きゃ~~~」


 えりの冗談にせりが口に手に当てて、楽しそうな反応をする。そういう方向に持っていくのは、そういうことに興味があるからなのだろう。


「そ、そんなことない!」


 好き勝手な言われ様に我慢が出来なくなった凛は、つい口を差し挟む。


「「「え?」」」


「……と思うけどなあ」


 歯切れの悪さを誤魔化そうと頭を働かせた結果、凛はとんでもないことを口にする。


「お梅さんが以前言ってたんだけど、白光鬼ってね…… 実は、年上好みらしいのよ! それも五十以上!」


 この発言に藤兵衛はガクッと崩れる。


「え…… そうなの?」


「それって、もしかして……」


「……熟女好き、もしくは玄人(くろうと)好み」


 蘭の毒舌も大概である。


「そ、そうなのよ…… だから、襲われるとしたら、お梅さんだと…… 思う」


 凛は自分が何を言っているのか分からなくなってしまった。


「「…………」」」


 藤兵衛は倒れてしまい、誰も何も続けようともせず、この話題はこれで終了となった。



 ◇



 お梅婆さんは凛から手渡された瓦版をじ~っと眺めると、煙管に火を点けて一度ふわりと紫煙を燻らせる。


「……なるほどねぇ、事情は大体わかったよ。ま、とりあえず火付けの方は心配要らないんじゃないかい?」


「え? どうして?」


 凛の問いかけに、瓦版のある所を指さす。


「ほら、ここに『か?』の文字があるじゃないか。つまり、『予告あり! か?』で、予告があったかどうかもわからないってことだろ?」


「……ホントだ」


『か?』の文字は本文とはだいぶ離れた位置に、しかも小さく書かれていた。何とも紛らわしい瓦版であった。


(ふざけんなよ)


 藤兵衛が怒って発行元を見ると、『夕日屋』の印があった。


「でもお梅さん。瓦版に書かれた内容は事実とは違いますが、全くの嘘ではない訳でして。ここ最近は頻繁に出張ってましたし、暫く裏稼業の方は控えたほうがいいのではないかと思うのですが……」


「……それがいいかもしれないねぇ。まあ、なんだ。この件については、あたしにも考えが無い訳じゃないからね。何とかするさ」


 藤兵衛の考えをお梅婆さんはあっさりと承諾する。そうしてこの案件は、ひとまずお梅婆さん預かりとなったのだった。


 万事解決とはいかなかったが、当面の方針が決まったことで安心した二人はついでに休憩を入れる。凛が手馴れた手つきでお茶の準備をし、お茶請けの和菓子をつまみながらまったりとしていると、


「ん? ……ぶっ!」


 凛が何を見たのか、いきなりお茶を吹き出した。


「あちちちっ! 何すんだ!」


 もろに浴びた藤兵衛が文句を言うと、凛が仕事部屋の方角を指さす。


「い…… 今、助弥さんがお梅さんの部屋に、入っていったような……」


「え?」


 藤兵衛が振り返ると、確かに助弥がちょうど部屋に入っていくところだった。


「な…… なんで?」


 藤兵衛と凛は思わず顔を見合わせるのだった。



 ◇



 ここはお梅婆さんの仕事部屋。お梅婆さんは助弥と向かい合って座っていた。


「珍しいね、あんたがこの時間帯に来るなんて。そういや、あの時の礼をまだ言ってなかったね。あの時は助かったよ、どうもありがとう」


「いやいや、助かったのはこちらもですから。さすが、お梅さんの持ってくる情報は質が違います」


 助弥はとんでもないといった仕草をする。実はこの二人、古くからの知り合いであった。


「……しかし、お梅さんの慧眼には恐れ入ります。情報の大切さに気付かれるとは」


「そうかい?」


「そうですとも。今の平和な時代にこそ、庶民は正しい情報を手に入れる必要があるのです。その上で、お上の言うことであったとしても、間違っていることは間違っていると声を上げねばなりません。そのきっかけを我ら読売屋が庶民に与え、庶民が声を上げることによって、結局はより良い社会に繋がるのです」


 助弥は己の想いを熱く語る。


「……あんたがいつも言っている、『筆は刀よりも強し』ってやつかい?」


「そうなのです! しかし、私は志はありましたが、実現するための資金や伝手がありませんでした。そんな私に厚い支援を頂き、『真美屋』を立ち上げることが出来たのはお梅さんのお陰。この通り、非常に感謝しております」


 助弥は居住まいを正し、深々と頭を下げる。


「なに。別に全くの善意からって訳じゃないからね。代わりに私の方も利用させてもらってるから、おあいこさまさ。……あの時みたいにこっちに都合のいい情報を流して、世論を上手く誘導したり、とかね」


「そうは言っても、頂く情報は決して己の都合だけを考えたものではありませんでしたから。だからこそ、信用しているのです」


 ここでお梅婆さんは、助弥の怪我に気付く。


「ところで、どうしたい? その怪我は?」


 助弥の怪我の位置にあたる場所を、自分の顔で指し示す。


「ああ、これは……。 実はこの件でお願いがあり、本日訪れたのです。例の不正の一件ですが、向こうは度度須古組とも繋がっておりまして、今日も彼らに絡まれてこの有様です」


「そうかい、度度須古組かい」


「はい。命は惜しくはないのですが、志半ばで倒れるのは自分の望むところではありません。そこで、腕のいい護衛役を紹介頂けないかと思いまして」


 するとお梅婆さんはピンと来たようで、にいっと笑った。


「そういう話なら、丁度いいのがいるよ。すぐに引き合わせようじゃないか」


 そしてお梅婆さんはえりを呼び、あの二人を連れてくるように頼むのであった。


 つづく

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