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(六)筆は刀よりも強し・その三 ロックオン

■この部分からの登場人物

金蔵(かねぞう):札差で(しょう)喪内(もない)藩の御用商人。

夕日屋(ゆうひや):大手読売屋の主人。

(かしら):ヤクザ組織、度度須古(どどすこ)組の組長。

 お万に案内されて作業場に行くと、作業場は思ったよりも広かった。そこでは様々な職人が働いており、お万の言葉の通り見慣れないものがたくさんあった。


 まず、彫師と呼ばれる職人が、原稿と絵が書かれた木版を鮮やかな手さばきで掘っている。そして、その隣では刷師と呼ばれる職人が出来上がった木版に墨を塗っては紙を当てて刷り、と素早い動作で次々と刷っている。両人ともに汗をふき出しながら働いていた。


 その反対側ではまた別の人間が出来上がった瓦版を整理し、帳簿に書きつけていた。


(へ~、こうなっているのか)


 藤兵衛が興味津々といった様子で眺めていると、凛が突然袖を引っ張った。


「と、藤兵衛さん、これ!」


 凛が指し示す先にはある瓦版があり、書いてある内容は次の通りであった。


『白光鬼の正体がついに判明! 実は地獄から逃げてきた前科八百八件の脱獄囚だった。彼は我々にこう語った。地獄の沙汰もアレ次第 夜露死(よろし)()()!』


「な、なんじゃこりゃ!」


 藤兵衛も驚いていると、気付いた助弥が近づいてきた。


「ああ、それはガセネタだよ。偽の情報さ」


「え、ガセ?」


「そう。真実を追求するのが本来の役目だが、そんなネタがゴロゴロと転がっている訳ではないし、我々も食っていかねばならん。江戸に住む人はこういう話が好きだから、こうやって娯楽めいたものを作っては、飯のタネにしているのさ」


「……そうですか」


 純情一徹君かと思いきやこういう現実的な考えも持ち合わせているのか、と少し見直したが題材が気になった。


「でも、白光鬼の記事にしたのは何故なんです?」


「ん? そりゃあ江戸の人々の間では有名人だからね。神出鬼没で正体不明、わかっているのは目が光る、ということだけ。捕まり処刑されたはずだが、詳細はよくわかっていない。 ……ということは、彼は実は今も生きていて、どこかにいる」


 助弥が真剣な眼差しで見つめてきたので、藤兵衛と凛は思わずドキリとする。


「と、こんな風に話題性に事欠かない人物ってことさ。だったら、それを利用しない手はないだろう?」


 笑いながら話したので、冗談かと小さく息をつく。しかし、


「まあ、もしも本当に生きていたとしたら、ぜひとも追いかけたいね」


この言葉に、藤兵衛は冷や汗をかくのであった。


「そ、そうなんですね…… あ、ところで助弥さん」


「なんだい?」


 話題を変えようと、お万が心配している事を伝えるが、助弥は、


「なあに、大丈夫さ。あいつの取り越し苦労さ」


と、笑って取り合わないのであった。


 その後二人は読売屋を後にし、本来の目的であるお梅婆さんの元へと向かう。その途中、凛が気になっていたことを口にした。


「そういえばさ、藤兵衛さん気付いてた? 助弥さんにからんでた人達って、たしか以前に会ったことがあったよね?」


 そのことは藤兵衛も気が付いていた。以前、凛とのコンビ初仕事の案件でやりあった奴らで、度度須古組というヤクザ者だった。しかし、大した連中ではなかったと記憶していた。(第二話参照)


「ああ、あのネズミの一件だろ?」


「ゔ…… それを言うのね」


 その件は凛にとっては触れてほしくなかったようだ。


「向こうも、私たちに気付いてたみたいだけど。……あの人たち、性懲りもなく悪いことしてるのね」


「……そうだな。まあ、世の中良い奴ばかりじゃないのさ」


 と、藤兵衛は答えるのであった。



 ◇



 江戸の繁華街に居を構える高級料亭に、癖のありそうな男達が集まっていた。庄喪内藩の御用商人でもある札差の金蔵(かねぞう)、大手読売屋『夕日』の店主、それに度度須古組の(かしら)の三名である。


 いかにも悪だくみが似合う彼らは、お座敷席で昼間から酒を飲み交わしていた。


「……ということは、真美屋は手を引くつもりはない、ということか?」


 札差の金蔵が不機嫌そうに顔を歪める。


「へえ。ありゃあ、ちょっとやそっとのことでは止めませんぜ。信念があるというか、よくわかってねえ馬鹿というか……」


 そう答え、度度須古組の頭がぐいっと一気に飲み干す。


「それは困るぞ、お頭。せっかく庄喪内藩の勘定役である(かね)数寄(すき)様と金蔵様が裏取引をし、出た利益を皆で分け合うという三方一両得の仕組みが崩れてしまうではないか」


 悪事をご丁寧に説明してくれているのが、夕日屋の店主である。


「よく言うのう、夕日屋。バレそうになったら、エセ情報を瓦版で流して相手を追い込み、更にはそこのお頭を使って脅したりまでしておるくせに、まるで悪いのは儂らだ、みたいな言い方ではないか?」


「え? そう聞こえましたか? へへ、そりゃあ言葉を商売にしていますからね。それこそ『言葉のあや』ってやつですよ」


 夕日屋は悪びれるそぶりなど全く見せない。皆、同じ穴のムジナであった。


「しかし、真美屋が止めないとなると、どうしましょうかねえ…… あいつは、情報収集能力は高いですからね」


 夕日屋が呟くと、札差の金蔵がにやりと笑った。


「お頭の言った通りにすればいい」


「へ?」


「『ちょっとやそっとのこと』以上のことをすればよいのではないか?」


 つまり、『消せ』という意味であった。


「……出来るか? お頭?」


 夕日屋は、明言は避けて頭に尋ねる。


「出来るとは思いやす…… ただ」


「ただ?」


 頭の歯切れの悪さが気になった夕日屋が重ねて聞いた。


「邪魔がなけりゃあ、です」


「邪魔?」


「へえ、実は前に回してくれた地上げの仕事がありやしたよねえ。結局、権利書を取られちまって、失敗に終わっちまいやしたが」


「ああ、あれか…… あの件では大損したからな。よく覚えてるよ」


 藤兵衛と凛のコンビ初仕事の一件であったが、どうやらこの金蔵も一枚嚙んでいたようだった。


「実は、あの時に邪魔した奴らを見かけたんでさあ」


「なんだと!?」


「まあ、仲間かどうかまだわかりやせんが。……ただ、あの隻眼の男がまた出張ってくるとなると、正直うちらでは手に負えやせん。あの時も、全く相手にされやせんでした」


「なんと! あの荒くれどもでもか!?」


 度度須古組に荒くれ者が多いことをよく知っている夕日屋は、頭の告白に驚きを隠せなかった。


「……なるほど、状況はわかった」


 それまで話を黙って聞いていた金蔵は、ぐいっと杯を傾ける。


「それなら、腕利きをこちらも用意すればいいんだろう? 丁度、勘定役の金数寄様と近々話し合いをする予定だ。その時に腕利きを借りられないか、聞いてみよう」


「そりゃあ、助かりやす。本職のお侍さんだったら、何とかなるかもしれません」


「それなら、その時ついでに真実屋も何とかしてもらいましょうか。なに、ちょうど今、瓦版は白光鬼ブームでしてな。その件もまとめて、白光鬼のせいにしてしまえばいい」


 と、ここで夕日屋がとんでもない事を言い出した。


「……ふっ、お前は悪事に関しては本当に知恵が回るな」


「いえいえ、金蔵様ほどでは」


 二人が顔を見合わせ笑い出すと、頭も追随する。


「いや~、あっしからすれば、二人ともどっこいどっこいですぜ」


 そうして三人揃って、高らかに笑い合うのであった。


 つづく

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