(一)始まり・その四 お梅婆さんと
ここはよろづや『いろは』の一画にある客間。
「……とまぁ、こんな話さ」
お梅婆さんはいささか喋り疲れたのか、茶を啜るとふうっと息を吐く。話を聞いていた藤兵衛は、お梅婆さんの話をまとめようとする。
「つまり、あの凛っていう娘の父親が殺されたと。で、元々素行がよろしくない人だったこともあって、犯人捜しも有耶無耶にされたと。でも、諦めきれない娘は時間を見つけてはあちこち調べ回り、父親がかつて雇われていた薬種店・越後屋が怪しいという事まで掴んだと。こんな感じですか?」
「あぁ、まぁ合ってるね。ついでに言うと、その越後屋は表向きは薬種店だけど裏では阿片を扱ってるのさ」
「阿片?」
「ああ、そうさ。どこからか仕入れてね。江戸の外れの向島にでかい屋敷を構えて、そこを拠点にしてるらしいんだよ。町のごろつき共を集めて近付かせないようにしてね。で、その中の一人が凛の父親の平助だったんだが、何かあったのか殺されたって訳さ」
「ふ~ん、何かあってねぇ…… でも、有耶無耶にされたってのは?」
藤兵衛はそこが気にかかったようだ。
「うん?」
「素行が悪いからってだけで、そういう扱いはさすがに……」
すると、お梅婆さんが面白くないとばかりに補足する。
「そりゃあ、簡単なことさ。あそこの担当の町方役人、吉佐っていう男だけど、そいつが越後屋とつるんでるからさ」
そう言うと、煙管を吹かし始める。聞いた藤兵衛もやっぱりね、という感じで首を横に振った。
「あ~、やだやだ。どこに行ってもそういう話はゴマンとあるね。でも、お梅さん。そこまでわかっているなら裏から手を回してやればいいんじゃないですか? ちょちょいのちょい、でしょ?」
手を首のあたりで横切らせ、首を切る仕草をする。
「ふん。そう簡単に出来たら苦労しないよ。準備ってのもあるし、相手もそれなりに狡猾なんだよ。越後屋単独でやってるならともかく、背後に大きな組織が付いている感じだからね」
どうやら何もしていない訳ではなく、情報収集は進めているようだった。お梅婆さんの話は続く。
「で、だ。さてどうしようか、と悩んでたら適任者が現れた訳だよ。しかも、そいつは困ってる娘の知り合いときたもんだ。これぞ、神仏の思し召しってやつだと思わないかい?」
お梅婆さんは煙を吐きながら、意味ありげな笑みを浮かべる。
(やっぱそう来るか)
それを聞いた藤兵衛は顔をしかめ、暫く考える。
「……ちょっと、保留でいいですか?」
そして、すぐには受けない事を伝える。
「ああん!?」
「あ、いや、あのその。だってほら、こっちに来たのは久しぶりで、町も大きく変わってましてね。色々と慣れてなくて、この前も結構大変だったんで......」
お梅婆さんの勢いに押され、ついつい言い訳めいた事を並べてしまう。
「……まぁ、いいや。保留って事は、受ける意思が多少はあると考えるよ。但し、それほど長くは待てないからね」
「というと?」
「大体察しはつくだろ? あの娘は考えるより、すぐ行動に出るタイプだからどこかで突っ走るかもしれない。そうなったら面倒だから、早いとこ決めとくれよ」
「…………」
今朝の事を思い返し、お梅婆さんの言う事が何となく理解出来てしまう藤兵衛であった。
◇
「くしゅん!」
先程まで話題にのぼっていた少女、凛は大きなくしゃみをする。髪型は変わっているが器量良しであり、気さくな人柄もあって客の間では人気があった。
今朝方の騒動で多少疲れてはいるものの常連さんや一見さんのお客にも愛想よく相手をし、合間には水汲み等もしたりとせっせと働いていた。
朝のかき入れ時が過ぎ、賑やかだった店内が落ち着いて従業員達も一息つける時間帯になってくる。
そんな中、店の横にある出入口から藤兵衛が出てきた。
「あ、藤兵衛さん。お梅さんとの話は終わったの?」
そこへ凛が話しかけてきたのだが、藤兵衛は一瞬目を見張ってしまう。
というのも、凛がかなり大きな樽を担いでいたからだ。主に酒蔵で使われている『四斗樽』と呼ばれるぐらいの大きさはあった。
「まぁ、一応…… って、それ重くないのか?」
「え? ああ、こんなのは全然平気」
樽を下ろすとどすん、とかなり重そうな音を立てる。音からして水が満杯に入っているのが察せられ、大人の男性二、三人でも持てるかどうかであろう。
「え~~と、なかなか力持ちなんですね……(汗)」
「そう? 毎日やってれば、これぐらい持てるようになりますよ。あ、そうだ。お礼は後で持っていくのでもうちょっとだけ待っててくださいね」
そう言うと、今度は樽を軽々と持ち上げて調理場の方へ持っていく。
(これぐらいって…… 普通、持てないだろう)
凛の後ろ姿を唖然として見ていると、客同士のひそひそ話が聞こえてきた。
「おい、すごいなあの娘」
「だろう? ここの名物娘なんだよ。この前なんか、尻触った奴がはたかれて吹っ飛んでいったって話だぞ」
それを聞いた藤兵衛は、
(あれなら、今朝だって自分で何とかなったんじゃ……)
と、思ってしまうのであった。
つづく




