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不変

作者: 杉将

 池袋で北海道物産展をやっているというので、旦那と二人で出掛けた。旦那は久しぶりにゆっくりできると言い、穏やかな表情をしていた。これから出掛けるのだから、ゆっくりはできないかもしれない。私は何も言わなかった。

 私たち夫婦は車を持っていないので、電車を使った。電車は混んでいて、私たちは密接して立った。けれど、手は繋がなかった。

 電車を降りてからは、会話が弾んだ。電車に乗っている間は静かにしていたので、話したいことが溜まっていた。旦那も同じ気持ちだったみたいで、まだ十時半だということが嬉しい、と笑顔で言っている。確かに、まだ十時半だということは嬉しい。しばらく歩き続けたけれど、歩いていることは苦痛ではなく、苦痛じゃないのは天気がいいからだと思った。

「北海道が、来た。」と書かれた広告が、ビルの入り口に貼られていた。蟹が、いくらやメロンやスープカレーを引き連れていた。せっかく来たのに食べられてしまうのは、広告としてどうなのだろう。私がしばらく立ち止まっていると、行くよ、と旦那が言った。

 私たちがウニといくらとホタテの海鮮丼を見ていると、赤い髪をツインテールにしてニット帽を被ったおばさんが、海鮮丼の位置を変え始めた。その人は店員には見えなかったので、何をしているのか不思議だった。意識しなくても目につく。そして、その人が下の方にあった海鮮丼を手に取り、レジに持っていくのを私は見た。北海道が来ても、こういうことをする人間が一定数いるのだと私は思った。海鮮丼を下から取りたくなる気持ちは分からなくもないけれど、それで人生が好転するとは思えない。旦那が、もう少し他の店も見て回ろうか、と言うので、それに賛同した。

 ぐるりと見て周り、買ったものをその場で食べれるお店で、私たちは海鮮丼を食べることにした。

「最初に見た海鮮丼のお店で、商品を下の方から取ってる人、見た?」と私は旦那に聞いた。

「そんな人いたかなー?」

「うん、いたんだよ。赤い髪してた」

 旦那はもうこの会話に興味がないようだった。私たちは海鮮丼を食べることにした。蟹が入ってなくて、蟹が入ったのにすればよかったと思った。机の上にあった醤油は近所のスーパーにある物と同じ物で、ピューという音を立てながら容器から出てきた。

 もう十三時か、と旦那が言ったのは、私たちが海鮮丼を食べ終わったタイミングだった。正確には、私が海鮮丼を食べ終わったタイミングだった。旦那がスルメイカを買いたいというので、私たちは買いに向かうことにした。

 十三時二十二分、大きめのスルメイカを購入。時間は旦那が教えてくれた。私は海鮮丼を食べた時に水を二杯飲んでいたので、尿意を催した。ちょっとおトイレに行ってくるね、と旦那に言うと、旦那が私の荷物を持ってくれたので、小走りでトイレに向かった。トイレの前には女性が三人並んでいて、私はその列に並ばなければならなかった。

 私がトイレから出ると、二人の女性が並んでいた。一人とは入れ違いになった。スルメイカを売っていた店に向かって歩いていると、言い争うような声が聞こえてきた。それは聞き覚えのある声だった。もう少し近付き、声のする方を見ると、旦那が赤い髪をしたおばさんの髪を掴んでいた。円を作るように距離を保って、他の人達がそれを見ていた。その様子を見ながら、私は近付きたくないと思った。しかし、妻である以上、近付かないわけにはいかなかった。旦那の足元には私の荷物が落ちていた。

「古い時間から消費しないから、時間が失われてくんだ!」 旦那はそう叫んでいた。赤い髪のおばさんは、また下の方から商品を取っていたのだろう。私は一度その話をしたはずだった。旦那は少し疲れているのかもしれない。手を置いていた商品に貼られた賞味期限のシールを爪で剥がし、私は旦那に近付いた。


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