表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/15

息子2

翌日の日曜日はマリンファイターの放送日。柿崎はできれば昼頃まで寝ていたいところだが、頑張って早起きして優太と一緒にオンエアを観るようにしている。最も身近なマーケティングの対象でもあるし、優太の反応が仕事へ向き合う動機付けともなっている。

その日はストーリーの本筋からは少し離れたエピソードで、スパイとしてマリンファイター側に潜入していた敵の話であった。柿崎と森田が指向した、敵にも事情や想いが恐らくある、という事に繋がるエピソードとなる。

そういった構成の為か、もともと優太は少し敵に同情している節があった。それは柿崎達の狙い通りであり、初代ウルトラマンの世代が実相寺監督の話数を強烈に記憶しているように、マリンファイターを観る子供たちがずっと心に留める番組になるはずだという基本的な制作方針でもあった。

その日は、敵のスパイ活動が発覚しマリンファイターたちに取り囲まれ詰問されるシーンで優太の反応があった。

「この人は悪くないのに皆に怒られてるの?」

そのスパイは、マリンファイターたちの組織に入り込むうちに仲良くなり彼らが戦う意味も理解するようになるが、同時に自らのミッションの重要性も認識している。敵は敵で地球を制圧し自分たちに適した環境に作り変え生き延びようとしているのだ。スパイは、彼らと過ごした地球での生活は楽しかったと語るが、自分たちも種族を守りたいと吐露する。共存は出来ないのかとマリンファイターは問うが、それが原理的に不可能とスパイは答え、それはその通りのようだと地球人科学者も補足する。

優太の質問に対し「地球の人たちにとっては悪い人なんだよ。だって自分たちが地球に住むために人間をやっつけて、海を台無しにしようとしているんだから。」と柿崎が答えると、優太は困惑した。

「じゃあどうすればいいの?」

「それを皆で考えて欲しいと思ってお父さん達はマリンファイターを作っているんだよ。」

柿崎はそう答えたが、何か逃げているような気がして落ち着かなかった。問題提起だけでも充分に意義があることだと随分と話し合ってストーリーを作ってきたし、それで良いと思っていたが、昨日の幼稚園での出来事や帰り道での優太の表情を思い出すと、単純に無責任であるように感じてしまったのだ。

優太は難しい顔をして再びテレビに視線を戻したが、まだ何かを考えているようだった。もしかしたら幼稚園の事と重ね合わせて観ているのかもしれない。

物語は進み、スパイは敵の陣営に戻り、改めて部隊を率いてマリンファイターに戦いを挑む。自分たちの手の内を知り尽くした相手にマリンファイターは大苦戦を強いられるが、そこは同じように相手の事をよく知るマリンファイターが隙を突き大逆転で勝利を収め、スパイはついに力尽きる。戦いの後マリンファイター達は、地球での生活の中でスパイの大好物になったコーヒーを飲むと彼の事を思い出し、メンバーそれぞれが複雑な思いに囚われる、というところでこの回は終了した。

CMを挟んで、賑やかで勇ましいヒーロー番組らしいエンディングテーマが流れ始める。今回のような少しシリアスな内容とはそぐわない曲調ではあるが、テレビ番組の性でもある。イントロが終わり、いつもの通り一緒に歌おうと優太の方を見ると、まだ神妙な顔つきで画面から目を離さない。「どうした?」と柿崎が聞くと少し遅れて普段よりも小さな声で歌い始めた。柿崎の方に目をやり微笑みながら歌う優太は大人に気を遣う子供の表情だった。

 マリンファイターの放送が終わると、他局のヒーロー番組をはしごするのが日曜日午前中の流れだ。ヒッチハイクと呼ばれる番組終了後のCMを確認した後にチャンネルを切り替えようとすると優太が「お父さん、今日は映画が観たい。」と言い始めた。「え?珍しいな。何が観たいの?」と尋ねると、どうやら「ザ・エージェント」の事を言っているらしい。「え?またそれ観るの?」と柿崎は苦笑する。

「ザ・エージェント」は二人の大のお気に入り映画だ。キャメロン・クロウ監督によるスポーツエージェントを題材にしたヒューマンドラマの佳作で、主演はトム・クルーズ。デビュー間もないレニー・ゼルウィガーがヒロインに抜擢されていて、キューバ・グッディングJrはこの映画でオスカー助演男優賞を受賞している。優太とはもう10回以上この映画を一緒に観ている。二人のお気に入りのシーンは、トム・クルーズが「Show me the money!」とグッディングJrに何度も叫ばされる場面だ。

ブルーレイを棚から取り出しデッキに入れ再生する。優太は柿崎の胡坐をかいた足の中に飛び込むように座り楽しそうにしている。優太が生まれたときに、こんな風に映画を観たいと思っていたし、それがこの映画で柿崎はとても嬉しい。最近はあまりパッとしないが、キャメロン・クロウは若くして「セイ・エニシング」「シングルス」という優れた青春映画を世に送り出し、この映画でアメリカ映画の将来を担う若手監督として嘱望されるようになった。彼がビリー・ワイルダーとの対話をまとめた「ワイルダーならどうする」も柿崎の愛読書だ。なぜここ数年クロウが不調なのかは分からないがとても残念に思っている。「ザ・エージェント」は、青春恋愛映画だがお仕事の映画として出色の出来栄えで、たまに気分が沈んだときに柿崎が観る映画の内の1本だった。

 映画の冒頭、スポーツエージェントとしての会社の在り方、自分の仕事の在り方に突然疑問を持ったトム・クルーズ扮するジェリー・マグワイアは、会社改革のレポートを全社に配るが、その結果、会社にいられなくなり独立を宣言する。自分がマネジメントしていたスター選手を会社と取り合うが、ことごとく奪われる。最後に一人残るのがグッディングJrのアメフト選手だ。映画の中で、彼がマグワイアに電話口で「Show me the money!」と叫ぶことを要求し始める。会社中が見守る中、マグワイアが恥をかなぐり捨て叫び始めると、柿崎と優太も一緒に叫ぶ。「Show me the money!」「Show me the money!」「Show me the money!」

 洗濯物を干し終わった雅代がそのタイミングでリビングに戻ってきて、その風景を見ながら呆れている。

「もう、またこれ観てるの?よく飽きないわね。」

柿崎と優太は意に介さない。このシーンでの最後の叫びと一緒にひときわ大きな声で叫び、笑い合う二人。その様子を見ながら雅代も笑ってしまう。

「まあ、よく意味の分からないポルノとか観られるよりはずっといいけどね。」

いつもの雅代の皮肉は聞き流しながら、柿崎は「Show me the money」という台詞に思いを馳せる。直訳すれば「金を俺に見せろ」だが、この短い言葉には、プロとしての矜持が込められている。一瞬真顔に戻った柿崎を見て優太は立ち上がり、雅代におやつをねだりに駆け出した。もう映画はいいのか、と呟きながら柿崎はブルーレイの再生を停止した。やれやれ、と柿崎もゆっくり立ち上がりながら、なぜか少しホッとしていた。魔法の4文字のお陰でいつもの穏やかな休日が始まっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ