表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/15

テコ入れ2

柿崎が行ったテコ入れに関するミーティングの中で難航を極めたのはメインライターである森田との話し合いであった。森田も様々なキャリアを積み重ねてきているので、こういった事態には慣れている。森田は、本格派の脚本家の多くがそうであるように、自らの腹にしっかりと落ちないと修正の作業には入らないというスタンスであり、落としどころを探りにくい脚本家である。

 あまり人目に付きたくない為、柿崎は撮影所のスタッフルームではなく東阪本社の応接室に森田を招いた。他にはいつもの3人、川島、渡会、戸川が参加していた。

 役員フロアにある応接室は落ち着いたトーンの調度品で構成されたいかにもな作りで、由緒ありそうなローテーブルを取り囲むように真っ黒な革張りのソファが配置してある。壁には世界の映画史にも残る名作の当時のポスターが掛けられている。収容人数の割にはぜいたくな空間が確保されており室温も低く感じられ少し落ち着かない場所だ。

「東阪さんの本社ってちょっと緊張するんだよね。何か、映画の本丸っていう感じがして。」

森田が隅の書架のガラスケースに少し雑に置いてある海外映画祭のトロフィーを眺めながら呟いた。東阪出身のある巨匠監督がベネチアで獲得した日本映画界の金字塔ともいえるものだ。邦画を深く愛する柿崎にとってこの部屋は少し特別で、正念場の打ち合わせでは選んで使うようになっていた。しかし柿崎は、今から話す内容の陳腐さとの対比を思うと気が重くなり、少しでも場が軽くなるようなセリフを探した。

「映像を使って物語を世の中に提示しているという点では、クロサワやオヅ、ミゾグチの作業も我らがマリンファイターも同じですよ。」

「そりゃそうだけど、100メートルの世界記録保持者も我々と同じ人間だというのと一緒ですよ、それ。」

森田が笑いながらソファの真ん中に座る。ペットボトルの水を配りながら柿崎が切り出す。

「早速ですが、今日は構成の話です。簡単に申し上げますとテコ入れです。」

森田はペットボトルをすぐに開け水を一口含みながら大げさに目を大きく見開き、渡会たちを見やる。森田と目が合った渡会が仕方ないという風情で口を開く。

「いや、ついに来たかという感じです。我々も少し驚きましたが番組の存続のためには致し方ないと思っています。」

「商品が少し不調だとは聞いていましたが、視聴率はそう悪くはないですよね、川島さん。」

「世帯も個人もギリギリ合格ラインですね。おかげさまで。」

応接室に沈黙が流れる。少しずつ視線がコスギの戸川に集まる。

「参ったな。私がすっかり悪役ですね。確かに我々が言い出しっぺではありますが、何も悪いことしようとしているわけではありませんので。」

出だしで早速苦境に陥る戸川に柿崎が助け舟を出す。

「渡会さんも言った通り、シリーズを継続させるための方策です。スポンサーを満足させつつ、内容の方もプロの技術を結集させ更に良いものにしたいというご相談です。」

「テコ入れってどういった内容なのでしょう。もっとバトルを派手に、とか?」

「確かに文脈としてはそういう事になりますね。終盤に差し掛かる所でこいつを投入します。」

柿崎がパソコンの画面を森田に向けビッグオーシャンのデザイン画を見せる。森田はしばらく眺めた後に首を捻った。

「何ですかこれ?見たことないけど。」

「そうですよね。来期シリーズの中心的な役割を担う合体ロボットとして開発されていたものですので初めてご覧いただいていると思います。」

「え、こんなのを終盤に突然登場させるの?ストーリーが破綻しちゃうよ、それは。」

「破綻しますか?」

「するよ。だって、敵が世界中の海洋を彼らが生息できるエネルギーで満たしてしまうという危機を創意工夫と団結力、犠牲や勇気で少しずつ逆転していく筋書きだったのを、この巨大ロボで一気に敵を殲滅する話にどうせしたいわけでしょ。これまでのドラマの蓄積や前振りが何の意味も無くなってしまう。」

さすがに手練れだけあって察しが良い。何としてもテコ入れを進めなければならない渡会が口をはさむ。

「そこを何とかするのがプロの仕事でしょう。監督チームは絵の派手さで押し切るしかないかと前向きですよ。」

「そんな乱暴な話がありますか。何かを守る、というのがどういった事かを我々なりに全国の子供たちに提示するという大きなテーマはどうするんですか、柿崎さん。突然出てきた圧倒的な力でなぎ倒して大団円なんて、ドラマ的には対極にありますよ。」

ドラマの根本的な部分の話はやはり柿崎に向けられる。

「森田さんの言い分は良く理解できます。なので、テーマを維持しながらビッグオーシャンを格好よく登場させ活躍させる道を一緒に探りませんか。」

「せめてもっと早いタイミングであれば、ビッグオーシャンに纏わるドラマも作れたでしょうし、やり方はあったかもしれませんが、ストーリーの5分の4が消化された段階ではどうにもならないでしょう。どんなに皆で考えても無理です。」

その後は1時間以上にわたり同じ議論が繰り返された。森田の主張は一貫していた。地球を征服しようとする敵との戦いに臨むマリンファイター達という子供番組としての基本的なフォーマットは守りつつ、組織内の対立やほのかな恋愛感情、敵側の事情や思惑なども丁寧かつ細やかに積み上げてきていた。それは番組企画が立ち上がった際に柿崎を中心にメインスタッフで何度となく確認しあった制作方針であり、その結果番組は一定の評価を得つつあった。口にはしないが、脚本家として行き詰っていた森田はマリンファイターがブレイクスルーをもたらす感触を得ていて、テコ入れへの抵抗感をより強いものにしているようでもあった。

柿崎が何度目かのテコ入れとテーマ性の維持の両立を提案すると、応接室が再び長い沈黙に包まれた。名画のポスターと並んでかけてある大きな古い壁掛け時計の秒針の音が響いている。その音を嫌うように森田が長髪の白髪を何度も書き上げながら

「柿崎さんの言い分は俺も大人なので理解はできるけど、もっと具体的な提案は無いの?良く自分でも言っているじゃない。具体の無い意見には意味がないって。」

柿崎は痛いところを森田に突かれていた。人が守るべきものはたくさんある。それは地球かもしれないし、友情だったり愛する人であったり様々だが、勇気をもって抗い、困難を乗り越え、また時には他の大事なものを諦めて何かを守るという行為は尊いはずだという事をいくつものエピソードを積み重ね描いてきたマリンファイターに、一気に局面を変える巨大な力はそもそも馴染むはずがない。最初に久保からテコ入れの話を聞いた時には漠然と何とかなるかと思っていたが、いざ具体的な構成の変更を考え始めると直ぐに行き詰った。何日間かずっと考え続けたが何も浮かばず、結局柿崎は何の代案もないまま打ち合わせに臨んでいた。中々言葉が出ない柿崎に業を煮やした森田が畳みかける。

「柿崎さんらしくないね。いっそのこと、とにかくこのデカい奴を出して一気に戦いを気持ちよく派手に終わらせてくれ、それが皆の為だ、って分かりやすく言ってくれた方がスッキリするんですけど。」

「それを言うのはまだ早いと思っています。森田さん達と少し足掻いてみたいのですがダメですか。」

「もちろんすぐには諦めませんよ。ところで、長池監督は何と言っています?」

「まだ長池さんにはお話ししていません。この手の話はあまりしたくなくて。」

森田は心酔する長池監督の感想を欲しがっているようだが、柿崎は長池との関係性においてディスカッションするテーマとしたくは無かった。この話をするのは長池監督が順番としては最後だと思っていた。

「そんなこと言ってる場合でもないでしょう。人間ドラマの部分で画期的なアイデアをいただけるかもしれないし、お願いしますよ。」

「わかりました。でもそのタイミングは私に預けてください。それとは別に森田さんにも43話でビッグオーシャンを出すに当たって少し前の話数から変更が必要な場所にさかのぼって構成を考えてみて欲しいです。もちろん私たちプロデューサーチームも一緒に考えますので。」

「仕事ですからね。もちろんやってみます。でも、そもそもプロデューサー達も少しはスポンサーに抵抗してほしかったな。戸川さんがいる前で申し訳ないですけど。」

長い時間、黙って議論を見守っていた戸川がゆっくりと口を開く。

「プロの皆さんに無邪気に無理難題を押し付けているようで申し訳ないと思います。しかしながら、大きな資金が動くビジネスですので理解していただく必要もあります。皆さんは映像のプロで信頼していますが、我々含むライセンシーたちもキャラクタービジネスのプロです。その企業達のビジネス上の強い要請ですので、皆さんにはその要請をプロらしく見事に捌いていただきたいと思っていますし、それが可能なチームだとも思っています。」

「分かってます。それが子供向け番組の構造であることも理解していますので、グチみたいなものだと思ってください。」

自分が語るべき内容を戸川に任せてしまった事を柿崎は少し後悔した。

「戸川さん、ありがとうございます。では森田さん、何か思いついたことがあったらすぐにメールしますし、細かい事でも相談しながら進めていきましょう。」

応接室に入ってから既に2時間が経過していた。結論が出るはずもない打ち合わせはその場の全員に嫌な疲労感を与えていた。いつも通り渡会がそそくさと帰り支度を整えている。それを見た森田が苦笑しながらソファから立ち上がり、名画のポスターにしばし目をとめたまま柿崎に語り掛ける。

「柿崎さん、クロサワだったらこういう時、どうすると思います?」

「いろいろな逸話は残っていますが…。我々はクロサワではないから、分かりませんね…。」

「さっきと話が違うじゃないですか。」

柿崎はしばらく意味を計りかねていたが、自分の冒頭の軽口に対する皮肉だと理解し吹き出した。

「そういえばそうですね。」

小さく、頑張ってみます、とつぶやいて森田は応接室の扉に向けて歩き出した。柿崎はその姿を見送りながらソファに深く座り直し、深く息を吸った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ