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三ヶ月前

三ヶ月ほど前の5月半ば。

ゴールデンウィーク商戦を終えたマリンファイターは大善戦中であった。ヒーロー達を海の生物に模した企画は当初キワモノと業界では受け止められ苦戦が予想されていたので、好スタートには少なからず驚きの声が上がっていた。

他社のヒーローは概ねレッド主役がセオリーで、視聴者もごく当たり前の事として受け入れる段階まで来ている。これは実は凄いことだと柿崎は思う。一つのテレビ番組が、リーダーの色は赤と世の中で定義付けを行うところまでやってしまったわけであり、競合他社の作業ながら感服せざるを得ない。昨年、プロデューサーに着任する時点では、このジャンルにさほどの思い入れが無かったので、前期シリーズ「忍者機構ニンファイター」では特段の疑問もなく赤を主役に据えた。番組自体は前任者のテイストを受け継ぎつつ悪い言い方をすれば惰性の産物とも言える代物だったが、モチーフが忍者という鉄板であったためか、視聴率も商品の売れ行きも不調ではなかった。

が、何かの弾みでスイッチが入ると突き詰めて考える性質がある柿崎は、プロジェクトを動かすうちに様々な事に思い当たる。そのうちの一つが、主役が赤だと誰が決めた、であった。確かに色分けで言えばメジャー感があり強さを感じさせる赤は分かりやすい。しかし鍵となるべきは色だけでもないだろう。例えば形状であっても良いはず、と考えた柿崎はマリンファイターではモチーフを海の生物に求めた。色に拠らず、生き物が持つイメージに依拠してヒーロー達を造形したのだ。結果としてはこれが奏功した。つまり、少し面白がられた。メインターゲットの未就学男児にはサメやクジラは楽しくカッコよく感じられ、マニア層には新鮮なアプローチと受け入れられたのだ。この手の番組ではプロモーションの柱となる大手出版社の子供向けテレビ誌の編集部からも「いいね。良い感じで新しくて。」と高評価を得ていた。

また、柿崎も二期目に入り、ストーリーの方向性に関しても自分の色を出し始めていた。子供向けだからとシンプルな勧善懲悪ではなく、すこし複雑でも良質だと柿崎が信じるドラマを何種類も放り込もうとしていた。恋愛や友情は勿論、犠牲、献身、裏切りや家族愛、敵にとっての正義や事情なども大人の鑑賞に耐えられるレベルで織り込んでいくことを強く意識し始めていた。繊細な心理描写も混みいったストーリーも子供なりに理解し楽しむ事ができるという確信がその頃の柿崎には既にあった。


5月半ばの土曜日。その日は30話31話の脚本打ち合わせだった。30分のテレビシリーズは2話をセットにして現場を動かす。監督と脚本家も2話をワンセットにしてローテーションするのが一般的だ。監督も脚本もそれぞれメイン監督、メインライターがおり、プロデューサー陣と一緒に番組の大きな方向性を定める。監督チームもライターチームも5名程度で構成されているが、メインとなる人物が全体のトーンを維持する役割を負う。

柿崎はマリンファイターになってから、脚本打ち合わせに相当な時間を割くようになっていた。前期シリーズまでは、平日の午後に長くても3時間程度で2話分の打ち合わせは終了していたが、より複雑で濃密なストーリーを志向したため土日をフルに使い脚本作りを行っていた。当初は川島も渡会も「土日はやめようよ。」と不満を表明していたが、その結果上がってくる脚本を目の当たりするにつけ考え方も変わったようで、大人しく参加するようになってくれていた。

今日の30話と31話の監督は、長池監督の回である。長池監督は、ポルノ映画上がりの大ベテランで年齢も還暦間際だが、物作りにおけるエネルギーは健在だ。柿崎とは8年前に小さなサスペンス映画を長池監督に依頼して以来の付き合いになる。長池監督は、テレビというフィールドでは2時間サスペンスドラマの経験は多くあるものの、子供番組も特撮モノも全く縁がない監督だった。ところが柿崎がプロデューサーに就いた時に、自分も参加させてくれと長池から頼まれ驚いた。柿崎にとっては学生時代の憧れの映画作家の1人だ。学生の頃に名画座で観た「青い陰獣」はその鮮烈な暴力と哀しい濡れ場に衝撃を受けた。会社に入り仕事で一緒になるのが最も嬉しく、また緊張もした人だった。長池と酒を酌み交わす度に、この年代の映画人が備える教養に打ちのめされていた。ゆえに「監督には本篇をやって欲しいです。」と最初は断ったが、奇才と言われ、いまだに現場では殴る蹴るが当たり前で、扱いにくさナンバーワンの誉れ高い映画監督に活躍の場は今やほとんど無く、シンプルに生活の為だと泣きつかれると断りようもなかった。「現場では大人しくするから頼むよ。ちゃんと職人技だけ発揮してやるから。」という言葉を頼りに周囲を説得し、ローテーション3番目の監督として番組に加わってもらったという経緯だ。長池監督の加入に一番驚いたのは、メイン監督の加山監督だったと思う。以前、長池組の助監督を務めたことがあるからだ。「長池さん‥‥?柿崎さん、知らないよ、俺。」が加山監督の第一声で、その後は暫く考え込んでしまった。後で聞いたところによると、昔受けた酷い仕打ちを思い出し、この後起きるかもしれない惨状と自身に降りかかるであろう火の粉に思いを馳せていたらしい。このシリーズのメイン監督をずっと勤めている加山監督には安定して現場を回す責任もある。加山監督の困惑も理解できる。

長池監督は、ポルノを離れた後もカルト的な人気を持つ作品がいくつかあり、血糊と女性を美しく見せる手腕には一層の磨きがかかっていた。長池監督のシリーズ参加は驚きと期待を持って映画マニアに受け入れられたが、特撮ファンは北森特技監督とのマッチングなどに不安を感じたらしく、ネットは大いに荒れた。マリンファイター5話6話が長池監督初登板で、柿崎もかなり緊張して現場に臨んだが、あに図らんや、若いキャストに囲まれ好々爺然とした長池監督の様子に拍子抜けしたのを昨日の事の様に覚えている。撮影現場だけでなく、北森特技監督との演出受け渡しなどもプロらしいスムーズなものだったし、以前は揉め事が頻発した仕上げの場での態度も、物分かりの良い、しかし職人技が遺憾無く発揮されるものだった。合成を行うスタジオでも、いつ勉強したのか分からないが、最短距離で効果的な演出を指示し、合成スタッフを驚かせた。中でも柿崎含め関係者が一様に唸ったのは、女優の撮り方だ。なぜ同じ女優で同じ技術スタッフなのに演出家が違うだけで、これほどまでに違いが出るのか。タツノオトシゴのヒロインは、試写でスクリーンに映る自身の妖艶な姿に感激した。単に敵を追って川をさか上るだけのシーンなのに。ヒーロー達の母親的な役柄のベテラン女優は、何十年かぶりの可憐さを弾けさせていた。単に戦いから帰還したヒーロー達にカレーを振る舞っているだけなのに。長池初登板の5話6話の試写には珍しく全監督が顔を揃えた。あの長池が特撮ヒーロー番組を撮るとどうなるのか興味津々だったようだが、中には長池降板を進言するつもりの監督もいたらしい。結果、柿崎は驚き感激しただけだが、加山監督ら、他の監督達は強い衝撃を受けた様で、いつからか、長池監督起用について誰も何も言わなくなっていた。


その土曜日の30話31話の脚本打ち合わせは、撮影所のスタッフルームで行われる予定で、昼食後の午後1時に集合し、決定稿に持って行くまで終了させないつもりであった。参加者はプロデューサーの柿崎、川島、渡会に現場責任者のラインプロデューサー内田、それに監督の長池とメインライターの森田の6名。森田は30代後半でプロデューサー陣と同年代だが、かなり痩せていてずっと年上に見える。既に映画本編も何作か脚本作品があり、連続ドラマも手掛け始めている新進気鋭の脚本家で、その伸び放題の白髪交じりの頭や身に着けるものに頓着しない風体からは想像しがたいが、若い女性向け恋愛ドラマが評価されていた。が、もともと笠原和夫を心の師と仰ぐ森田は、商業的である事に悩むというありがちな壁に当たっている最中に柿崎に声をかけられ、これまでは書いてこなかったヒーロー番組のメインライターを引き受けていた。のちに柿崎に語ったことであるが、長池監督の存在が大きかったようだ。柿崎は、ドラマに対する基本的な姿勢とコマーシャルな脚本を両立させることが出来るはずだと考え森田にメインライターを依頼していた。内田は二十代後半とこの中では最も若いが、現場が長く街場で鍛えられているフリープロデューサーで、仕切りに長けている。その内田の進行で会議は進む。

撮影所内に建てられたプレハブのスタッフルームには梅雨入り前の穏やかな日差しがすりガラスの大きな窓から差し込み、埃が舞うと霞がかかる。

「こんな良い天気の土曜日に掘っ立て小屋におっさん集めてさあ、何なのよ。」

と渡会が嘆く中、シナリオ打合せが始まった。

手練れの森田の準備稿は流石に完成度が高く、30話は1時間ほどで終わり、31話も順調で予定よりも随分と早く解散できるムードが漂っていたが、最後の主役とヒロインの会話で躓いた。ホホジロザメとクリオネがモチーフのキャラクターには恋愛フラグが立っている。この男女のやり取りで、柿崎と脚本家森田の意見が対立した。

主役であるホホジロザメは敵に捕縛された女性キャラクターのタツノオトシゴを救出に向かおうとする。いつもは無闇に元気で乱暴なタツノオトシゴが弱り切っている様子に慌てるホホジロザメ。敵の計略なので来るなと言うタツノオトシゴだが聞く耳を持たない。無謀な突貫を制止しようとするクリオネだが、無理を悟り、せめて自分も加勢すると提案する。しかしホホジロザメはそれを拒否する。危険すぎるし、敵の総攻撃の予兆もある。お前は他のメンバーと一緒に敵からここを守ってくれ、というホホジロザメの台詞を受けてのクリオネのリアクションだ。現行の脚本では「いや。あなたが心配なの。あなたといたいの。」となっている。

「森田さん、二十歳位でお互いを意識しあっている男女の台詞としては言葉がストレートすぎませんか。キャラ設定からもこうじゃないと思う。」

「いや、物語も中盤を過ぎているからね。この二人の関係性もここらではっきりと前進させないと。」

「それにしても、クリオネの反応はもっと複雑なもののような気がしますよ。彼女は戦士としての責任やこの局面での役割を理解しているが、反面、気持ちを抑えるのに苦労している。同時に、ホホジロザメとタツノオトシゴの間に流れるムードもまた気になっている。」

森田は肩まで伸びている白髪混じりの髪を忙しなくかき上げながら聞いている。

「うーん、じゃあ柿崎さんなら何て言わせますか。」

「‥‥彼女から暫くは言葉が出ない。で、やっと絞り出した台詞は、タツノオトシゴの身を案じるものじゃないですかね。でも最後は無言でホホジロザメのジャケットの袖を思わず握ってしまうとか。」

「そうねえ、クリオネはそういう女の子だとは思うけど。だけど、分かりにくいよ、それは。」

森田は少し乱暴に言い放つと電子タバコをカバンから取り出したが、内田がそれを制する。

「だめですよ、森田さん。ここは禁煙ですから。」

「これ、煙も匂いもないよ。」

「だめなものはだめなんです。」

「なんだよ、世知辛いなあ。これたけ煮詰まってきたら一服くらい許してほしいよね。」

確かにこの台詞に差し掛かってから優に三十分以上が経過している。森田が言うように充分煮詰まっている。特にこの場面のように、一言の台詞が番組のトーンを左右するケースで意見が分かれ、双方にそれなりの理屈が備わっている場合は紛糾しがちだ。

森田がタバコを諦めカバンにしまうと、暫くの静寂がスタッフルームに訪れた。窓の外からは他の組のざわめきが聞こえてくる。

「もう、今日はやめとこう。」

長池監督が沈黙を破り、視線が集まる。

「いまこれ以上やっても良い議論にならないよ。九割がた終わっているし、今日のところはここまででいいんじゃないかな。内田、今日中に印刷に回さなきゃダメか?」

「いえ、まだ三、四日の余裕はありますよ。」

「よし、じゃあ日を改めますか。僕もじっくり考えてみますよ。」

とにかく早く帰りたい渡会が調子良く賛同する。「ほんとにちゃんと考えるんでしょうね。」と川島が茶々を入れる。

「では、来週月曜に加山組のオールスタッフがありますから、その後でやりましょう。長池監督には申し訳ないですが、またお越しいただけますか。」

「了解。」

内田の素早い仕切りでとりあえずその場が収まる。問題未解決ではあるが。

長池監督がいち早く身支度を整え柿崎に近づき小声で囁いた。

「柿崎、まだ5時だけど、ちょっと飲みに行こう。駅前の焼き鳥屋だったらもうやってるだろう。」


最寄り駅にほど近い焼き鳥屋は五時過ぎにもかかわらずほぼ満席だ。場所柄、映画のスタッフやキャストが多く訪れる店で、カウンター八席、テーブル二席の小さな店の壁はサイン色紙で埋め尽くされていた。換気にそれほど力を入れていない為か、狭い店内は煙に満ちている。カウンターの端に座った長池と柿崎は数本の焼き鳥を頼み生ビールで乾杯した。

「監督、お疲れ様でした。最後の議論、どう思います?」

まだ若干の興奮が残る柿崎は、世間話も挟まず切り出した。

「俺はどっちでもいいよ。いずれにしろバッチリいい画をとってやるから。」

「いや、そうじゃなくて。長い間、男女の心の襞を顕微鏡で覗くように映画を作ってきた長池監督に率直な感想を聞きたいんです。」

長池がジョッキ半分の生ビールを一気に流し込み、白ポッピーをオーダーする。

「お前が最近主張する、子供も恋愛の微妙なニュアンスを理解する、については同感だよ。」

「そうですよね。うちの五歳の息子と話していて気が付いたんです。彼らは上手く言葉として整理して表現できないだけなんです。きっと。」

「ただなあ。森田の主張もあれはあれで正しいよ。この手の番組が求められる分かりやすさという物が流石の俺にも理解できるし、それがストーリーを破壊しないのであれば強く反対はできんよ。」

「奇才と言われる長池監督の発言とは思えませんね。どうしちゃったんですか。」

長池は、運ばれてきた白ポッピーを楽しそうに焼酎に混ぜている。

「ドラマとしてはお前の提案の方がより深い事は皆んな分かっているんだ。」

「じゃあそれでいいじゃないですか。」

長池は、不満そうな柿崎を微笑みながら横目でチラと見、嬉しそうにポッピーを口に運ぶ。

「この番組に参加して驚いたよ。あれだけの大企業達が大金を持ち寄って、それぞれの立場で大騒ぎしながら一つの番組を作っているなんて余り想像していなかったからな。それに比べれば映画なんてシンプルなもんだ。」

「それは確かにそうですけど。」

「その中で、少しでも良いものをと強く思うのは当然悪いことではないんだけど、俺は心配なんだ。」

「何がですか。」

「お前の前のめり加減がだよ。」

「僕のいいところだと以前は言っていただけたような気がしますが。」

「そうだよ。でもそれは映画の時の話しだ。半年前は随分とクールだったのに、この数ヶ月でスタンスが文芸大作映画のホン作りだ。何があったのか知らんが、針が振れすぎだよ。丁度良い頃合いで針が止まっていれば良かったのに。」

柿崎には自覚があった。長池監督に指摘されるまでもなく、他のプロデューサー達からも同じような感想が寄せられていたし、何よりも自分が一番自覚していた。

「バランスを欠いていますか。」

柿崎の問い掛けにはすぐに答えず、ねぎまを串から丁寧に外しながら長池は暫く考え込んだ。

「そうだな。いい大人が映画何本分だかのお金を突っ込みながら、シックスポケットだのエイトポケットだのを奪い合う為の映像作りという観点からすると、一人だけおかしな場所に立っている様に見えるだろうな。」

シックスポケットとは、子供にお金を遣う大人の財布の数を指す。つまり、両親とそれぞれの祖父母で六つ。最近ではそれに叔父叔母が加わりエイトポケットだと言われている。

「自分でも理解しています。ただ‥‥お話を作る上での責任が僕らにはあると最近思うようになりました。」

長池はポッピーの氷を指で撫でている。少し会話が途切れると、他の客の会話が急に際立って耳に入ってくる。まだ時間が早いせいかサラリーマンの会話は無く、病気と町内会の話題ばかりだ。

「責任、ねえ。久しぶりに聞いたね、その言葉。」

長池はすでに余り楽しそうではなかった。

「しかしその文脈での責任は、あらゆる映画やドラマにおいて生じるものじゃないのか。」

「勿論そうです。でも、子供番組はやはり少し特殊で、より重いものだと最近感じるんですよね。」

長池は苦笑と溜息交じりに再度呟いた。

「責任‥‥か。」



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