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検討稿2

森田の検討稿が上がった日の翌日に、柿崎はプロデューサーチームと加山監督、森田に召集をかけ、午後に打ち合わせを設定した。昨日は興奮していきなり戸川を訪ねてしまったが、それ以降特段の連絡はない。戸川に電話をかける衝動に駆られるがそれは我慢し、メインスタッフを集め検討稿についてディスカッションを深めることにした。

打合せの場所はいつもの撮影所スタッフルーム。今日も凄まじい快晴で容赦なく陽が照りつける。夏の午後3時の太陽を間近に感じながら所内を歩いていると、背後から川中に声をかけられた。いつも通りの濃紺の仕立ての良いスーツ姿で、さすがに今日は見ているだけで暑くなる格好だが本人はいたって涼しげだ。

「柿崎さん、おはようございます。さあ、どうなりますかね。」  

「ずいぶん他人事みたいに言うじゃないですか。」

「一応僕も局Pですからね。この後の展開を想像すると他人事のように接しないと気持ちが持ちませんよ。」

2人で妙な高揚感に包まれながら戯れあっているうちにスタッフルームに着いた。スタジオの端に建てられた簡素なプレハブの簡素なドアを勢いよく開けると既に加山監督、森田、渡会の3人がこれまた簡素な長机に揃っていた。相変わらずスタッフルームは埃っぽい。ドアを開けた事で空気が動き、細かな塵が狭い室内で渦を巻く。「遅いよ、柿崎さん。」と渡会が声をかけると「いつも遅いあんたが言うなよ。」と加山監督からたしなめられた。その様子を笑いながら柿崎が森田を労う。

「森田さん、お疲れ様でした。ちゃんと寝てきましたか。」

「昨日は一日中寝てましたよ、お陰様で。」

柿崎は、何十年も使われて生活骨董的な価値すら持っていそうな古いパイプ椅子に座りながら「さて、始めますか。」と開始を宣言した。口火を切ったのは意外なことに川中だった。川中はシルバーのネクタイを肩に跳ね上げ前屈みになった。

「率直に言って熱量を感じるエピソードでした。でも前回の議論でも話題になった大きな問題が2つ。ヒーローを殺してしまうのはやはりセオリーから外れていること。もう一つは、満を持して登場し商品化もされる新型ロボットをたった一話で破壊すること。僕としては惹かれる脚本ですが、それらが解消されない限りは放送局として認めにくいです。」

森田が「どうしたんですか、川中さん。プロデューサーみたいですよ。」と茶化すが、誰も乗ってこない。渡会ですら沈黙してしまったせいで、早速スタッフルームの空気が澱み、古いエアコンの軋む音だけが聞こえている。川中が挙げたポイントは柿崎に限らず皆が念頭に置いてこの数日間考えていたはずの事柄であった。そして皆一様に結論が出ないままに集まっていた。柿崎は自分の中で堂々巡りになっているものをそのままさらけ出そうかと考えたが、森田に先を越された。

「俺は脚本家なので、1点目だけコメントしますよ。柿崎さんには言いましたが、2稿目からはもう少しまともなホンにします。ただ、エッセンスとしてはこの通りです。」 

加山監督が大きく頷きながら「大体分かるよ。これはいい脚本になるね。でもそのエッセンスとやらを頑張って言語化してみてよ。それがプロデューサーの言葉にきっとこの後なっていくから。」と柿崎たちが望む方向へいざなう。「そんな恥ずかしいことさせるの?」と苦笑しながらも森田は天井を見上げながら言葉を選び始めた。何があるわけでも無いただのプレハブの天井を睨んでいると思ったら急に柿崎達に向き直り早口で語り始めた。

「ヒーローをいたずらに死なせて安易なドラマ作りに走るのはそもそもプロとしていかがなものかと思いますし、子供達に不要なショックを与えかねないのも理解しています。ただマリンファイターにはこれまで丁寧に積み上げてきたものがあります。各キャラクターの深みのある設定だけでなくそれらが絡み合って形成される関係性の上で作られる流れですので、我々が提供するのは単なる刺激だけではないだろうというのは、前回、柿崎さんからも話がありました。書いてみた結果、私も全く同感です。確かに自己犠牲の話ではありますが、通り一遍のヒロイズムではなく様々な事情が折り重なった上での決意であり、その決意を目の当たりにした人たちにはその立場や役割によって受け止め方に違いが出るような重層的なドラマが提示できると思っています。」

珍しく真面目に長く語った森田は恥ずかしさを紛らわせるように不自然な咳払いをした。柿崎がその後を引き継ぐ。

「ヒーローの死は確かにショックかもしれませんが、忘れ去りたいトラウマではなく、戦うという事に子供達が思いを馳せるきっかけを与えるエピソードになるはずです。我々が信念を持って作ってきたマリンファイターならばそれが可能だと思います。」

大人しく話を聞いていた渡会が「その深いところまで中心的な視聴者であるお子様が理解できますか?」と尋ねる。反応したのは加山監督だった。

「子供の理解力を侮らないようにしようと、一番最初に確認して始めたじゃないですか。」

その後も議論は1時間以上続き、検討稿の細部にまで議論は及んだ。前回、あらゆる角度から猛反対であった渡会はシンプルな興奮を伝え、加山監督が経験に裏打ちされた援護射撃を行い、今や最も慎重論者となった川中も若干ほぐれてきた。議論の流れで、渡会の急な変節を川中がいじる一幕もあったが「カッコいいとはこういう事だって見せつけてやりましょうよ。」と渡会は柿崎の台詞をそのまま頂き、皆の笑いを誘ったりしていた。議論も一巡し煮詰まってきたところで川中が「最初に言った通り、僕もこれが観てみたいのが本音です。でもビジネス的タブーを犯している問題の解消はそれ以上に重要です。」と、もう一つのポイントを改めて提示してきた。

「そこなんだよなぁ…。」と渡会が嘆息する。ここのところファシリテーターのようになっている加山監督が柿崎に水を向ける。

「その話で言うと、肝心のコスギさんはどうなんだろう。我々以外では戸川さんが検討稿を読んでいる唯一の人だが、何かリアクションはありましたか。」

3人の目が一斉に柿崎に注がれる。実はまだ戸川からの反応は無い。一刻も早く戸川の感想が聞きたい柿崎だが、連絡するのを我慢していた。ここは焦るべきでは無いという直感からだったが、それを皆にどう話そうかと逡巡していると電話が鳴った。雅代からだった。一瞬、後に折り返そうかと思ったが、雅代が日中に電話してくることはほとんど無い。断りを入れスタッフルームから外に出て電話に出ると、かなり慌てた様子で雅代が捲し立てた。

「いま幼稚園から連絡があって、優太が暴れたらしいの。今から園に行ってくる。今日は早く帰ってきて欲しいのだけど大丈夫かしら。」

「わかった。」とだけ言い残し電話を切った柿崎は数十秒スマホを握りしめたまま茫然とした。前を通り過ぎる他の組の若い女性スタッフが不思議そうに柿崎を見ている。あの優太が暴れた?心配になるくらい穏やかな優太が暴れる姿がどうしてもイメージできない。性格は協調性があり、体も頑丈でほとんど病気らしい病気もしないので優太絡みで急な呼び出しなどこれまで無かった。こういった事態に不慣れな柿崎はしばし思考停止状態に陥ったが、この後の予定は全てキャンセルして家へ帰ることを決めた。最後の加山監督の質問に答えるべくスタッフルームに戻ると「どうしました?大丈夫ですか。」と渡会。「ちょっと家でトラブルがあったみたいで、今日は早めに帰ることにします。」と柿崎は返答しながらパイプ椅子に座り直した。その間、柿崎のトラブルに対するコメントは誰からも無かった。

「戸川さんですが、今のところ反応はありません。普通はせっつく場面かもしれませんが、戸川さんなので得策ではないと思っています。」

「確かに、適当に放ったらかしにするは人では絶対にないからなあ。」と渡会が戸川の人となりを語ると、何となく皆が納得した空気感となった。そのやり取りを最後に柿崎が退出しようとすると、今度は森田から声をかけられた。

「柿崎さん、長池監督には検討稿って渡っていますか?」

それを受けて「確かに長池さんの感想も伺いたいところだね。」と加山監督。柿崎は少しためらいながら「…いえ、まだです。皆さんとの議論を深めた後にしようかと思い直しましたので。」とスタッフルームのドアに手をかけたまま振り返り返答すると、森田が無言で頷いた。「今日の議論も含めて長池監督には検討稿のご相談を近日中に私から行います。少しお時間いただけますか。」と柿崎が続けると、もう一度森田が深く頷いた。

スタッフルームを出ると空が夏の夕方になっていた。かろうじて入道雲は残っていたがそろそろ霧散して夜の空に溶けだしそうな色合いになっている。長池と優太の顔が柿崎の頭の中で交互に現れ混乱した。高揚と陰鬱が複雑にまじりあって柿崎の気分は不思議な様相になっていた。気持ちを整理するために喫煙所に向かおうかと思ったが二三度首を振り、撮影所の出口に向かって歩き始めた。


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