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柿崎の提案2

加山監督に促され、柿崎は窓に広がる夕景から蛍光灯に照らされる会議室に視線を戻した。

「我々の仕事は本質的なところで世の中には必要ないかもしれません。エネルギーや穀物のようにそれがないと死者が出るような事業ではありませんから。あ、放送局はちょっと違う性質がありますが。」

「うちの場合は社会インフラのニュアンスは低めですけど。」

川中の自虐ネタはいつものことなので柿崎は受け流す。

「そういった産業だからこそ覚悟を持って臨むことが常に求められているように思います。」

その通り、と渡会が違う角度から同意する。

「代理店は代理店の覚悟ってものがあるんです。」

加山監督が「混ぜっ返さないでよ。」と注意する。柿崎は軽く礼を述べて続ける。

「カッコいいとはこういう事だと提示したいのです。あえて言えば善悪ではなく、我々が信じるカッコよさ。恐らくそれは、関与する立場によってニュアンスや角度は違うのだと思いますが、それぞれのプロの立場からしっかりと向き合い、出来れば概ね同じ方向に思いが収斂しそれが反映されている番組を観てもらいたいと思いました。」 

柿崎が少し強めのトーンで語り終わると皆が何かを言いたげだったが、やはりいち早く口を開いたのは渡会だった。

「いや、だからそのプロの立場からあり得ないと言っているんです。子供番組がどういったスキームで出来上がっているかは柿崎さんも良くご存じのはずだ。川中さん、放送局の立場からはどうですか。」

いつも通り1人だけスーツ姿の川中はいきなり話を振られて少し慌てたようだったが、ネクタイをいじりながらゆっくりと話し始めた。

「先ほどは弊社が社会インフラではないかもと言いましたが、それでも放送局として国から免許をいただき電波を使用しているわけですので、あらゆる人達の利益に資する必要があります。その観点から言えば、コスギさんのテコ入れの方針が視聴者に不利益を与えるとは思えません。でも…柿崎さんの提案をコスギさん含めスポンサーさん達が了承し、より劇的な番組を送り出せるならその方が良いとも思います。」

プロデューサー陣の中では若干年齢が下の川中は常に放送局の立場を絶妙に守りながら控えめに立ち回っていたが、ほんの少しいつもより踏み込んだ意見を述べた。自分に同調してくれるはずと思っていた渡会は慌てたようだ。

「またそんな煮え切らないこと言って。コスギさんがこの商品の為にどれほどのコストを負担するのかはさっき自分でも言っていたじゃないですか。ここに営業局のご担当がいたらひっくり返りますよ。」

渡会の反応は川中もある程度予測していたようで間を置かずに言葉を返す。

「勿論理解していますよ。ただ、プロジェクト全体の事業としての利益や会社として営業的側面も大変重要ですが、我々放送局には視聴率や視聴者の満足度のような尺度もこれまた大事だったりします。放送局の性とも言えます。」

川中に今更な当たり前のことを言われ渡会はうんざりし始めていた。

「代理店も放送局からその枠をお預かりしているわけですので事情は似ていますが、それでもこれは無理があります。ありすぎます。戸川さん、どうなんですか。」

渡会がしびれを切らしてついに戸川に話を振った。が、戸川は渡会の方に顔を向けただけで何も言葉を発さなかった。まるで何も聞いていなかったかのような無表情。代わりに柿崎が口を開く。

「切り口を変えてお話しします。少し想像してみてください。隊長と共に華々しく散るビッグオーシャンの絵を。このシーンで北森さんがどんな映像を作るのか想像するとワクワクしませんか。」

これには加山監督が反応する。「この回の本編監督はだれでしたっけ?」すかさず柿崎が「長池監督です。今日は残念ながらご欠席ですが。」と答える。

「そうですか。この熱量のドラマを長池演出で観たあとに北森特撮か…。これは観てみたいね。」と加山が微笑みながら演出家らしい感想を述べると、渡会が噛みつく。

「何を言っているのですか。そもそも検討すべきではないのです、こんな事。そもそもこういった犠牲を伴う凄惨な話は避けるべきでもあるんです。」

すると今度は川中が渡会の指摘に乗っかりながら「確かに、子供番組においてヒーローを殺すことは子供達のトラウマになってしまうためタブーとされていますよね。」と冷静に新たな問題を提示する。渡会は我が意を得たりと畳みかける。

「そう、その通り。マリンファイターを好きで観てくれていた子供たちに暗い思い出を何年も抱えさせることになりかねませんよ。この柿崎さんのフラッシュアイデアはビジネスの側面、ドラマ作りの側面の2つの点でセオリーから完全に外れてしまっている。」

柿崎も当然ながら気にしているポイントだった。

「確かにかなり以前に他社作品でヒーローが死亡するお話を放送したところ視聴者から多くのクレームを受けてしまった例があったように思います。その番組の内容がどうであったかは論じません。ただ、我々が真正面から勇気や正義、何かを守り抜く決意を描き切ることができれば、反対にポジティブな記憶として子供達の心に強く残るのではないでしょうか。」

いつもは饒舌な森田はここまで黙って議論に耳を傾けていた。が、この柿崎の発言を受け反論しようとする渡会を手で制し話し始めた。

「渡会さん、ちょっと喋らせて。正直に言うと、柿崎さんが提示した方向のストーリーを考えないでもなかった。でも、ある程度映像産業に身を置いているとその世界の常識みたいなものが身に付くわけで、プランとして提案すること自体が憚られていた。まあ、ストーリーとしてもプロの脚本家としては余りに捻りがないというのもあるし。ただ、柿崎さんの話はちょっとヒントになった。それから加山監督には申し訳ないけど、本編監督が長池さんというのもある。この方向で書いてみたいと今は強く思っているよ。そんな怖い顔で見つめないでよ、渡会さん。」

「いやだから、まさに森田さんが言った、憚られるというのが重要なんだって。皆がそれぞれの立場から無理があると思っている事をどうして検討するのよ。ビッグオーシャンを派手に活躍させて救世主として描写し玩具を沢山売るのが何故嫌なのか意味が分からないよ。」

渡会の主張には一貫性がありシンプルで強いものだったが、柿崎は引き下がるつもりは全くなかった。

「ここで局面を一気にひっくり返す強大な力としてビッグオーシャンを登場させるよりも、大きなドラマを伴って派手に散らせるほうが視聴者の心には強く刻まれるし、結果として玩具も更に売れる可能性もあると思いますよ。もっと言えば、長池監督、北森特技監督、森田さんの脚本、それに隊長を演じる原田であれば、この1話だけで何十年も語られるエピソードを創り出してくれるはずです。私たちが抱えるスタッフにはそのポテンシャルがあるとは思いませんか。何年かに一つは何十年も語り継がれる番組があります。マリンファイターをそうしてみたいとか思いませんか。」柿崎は角度を少し変えて説得にかかるが渡会には響かない。

「柿崎さんも色々言うけど、そもそもそのストーリーは子供たちに観せるべきものかどうかというのもあると思うよ。だって結局は自己犠牲の話じゃないですか。そんな、誰かが犠牲にならなきゃいけないストーリーで本当に良いのかな。」

柿崎は先日の戸川との自己犠牲についての会話を思い出した。一瞬戸川の方に視線を送ったが、戸川は体を捻って斜め後ろの窓の外を見ていた。窓の外は日が暮れかかっていた。視線を会議室に戻すと、全員の眼が柿崎に向いていた。

「もちろん誰一人もそんな思いをする必要が無い世の中の方が良いに決まっています。そこに議論の余地はありません。しかし、どうにもならない事態に見舞われ打つ手も無い、それでも何とかしたいことがあった時に自分はどうするのかを突き詰めて考えてみたいと思いました。ですから、私たちのこの番組のストーリー上で、この隊長の選択が正解だと描写すべきではないとも思っています。」

加山監督が「それは問題提起を行いたい、ということか。」と問いかける。

「そうですね。自分ならどうするか、と視聴者が感じてくれれば番組としてある意味成功なのではないかと思います。つまり、これが正義だ、これが正解だ、大勝利で万歳、という話にはしたくないということでもあります。」

森田は少し楽しくなってきたようで「熱いね、そうでなきゃ。」と呟いた。渡会は興奮状態は収まったようだが、難しい表情は崩さず再度川中に「もう一回聞くけど、放送局プロデューサーとしてはどうなの。」と詰め寄る。川中は珍しく考え込んだ。優に10秒以上はネクタイの端をいじりながら目を伏せていたが、考えが整理できたようで徐に顔を上げた。

「様々な要素が絡み合う複雑な問題ですが、あえて単純化して考えたいです。で、僕としては先ほどお話ししたことが全てです。コスギさんが了承するなら良いけど、そこに少しでも疑念があるようですと進めることはできません。コスギさんが良いというならば、私が責任をもって局内を説得します。」

渡会が唸りながら背もたれに体を預け大きくのけ反り息を吐き「こういう時、局の営業は怖いんだけどな」と呟く。渡会の発する音だけが会議室を漂い数秒が経過する。皆の意識が戸川に集中するが、戸川は身じろぎもせず全く反応しない。柿崎は何も反応しない戸川を不思議に思ったが、その沈黙が会社員として責任を負いきれないといった類の逡巡とは違う事だけは感じ取っていた。それは他の人も同様であったようで誰も戸川を詰問することは無く、ここでは最年長の加山監督が場を繋いだ。

「どうやら戸川さん、今日は何も言わないと決めているみたいだね。」

その言葉に戸川が曖昧に微笑む。議論が始まって初めて表情が変化した。加山監督が続ける。

「なぜか監督の俺が一番客観的に状況を観ているような気がするのでご提案。森田、脚本を書いてみろよ。但しもう一つの方向性を検討してみるだけ。つまり、あくまで検討稿ということだ。具体的なものがないと皆さんも結論を出しにくいでしょう。」

渡会は問題先送りの気配に少し安堵した様子であったが、釘を刺すのは忘れない。

「でも、もうほとんど時間がないですよ。すぐに準備に入らないと本編も特撮もクランクインできない。そうですよね、柿崎さん。」

「はい、よく分かっています。遅くとも来週中には方向性を定めておく必要があります。森田さん、二通りの脚本をこの数日間で用意できますか。」

森田は腕を組んで少し考えた後、朗らかな顔を柿崎に向けた。

「元々の方はとてもシンプルなので悩みようがないし、ほとんど書きあがっている。2本とも上げるよ。」

前向きなムードの森田が気に入らない渡会が「無駄な作業だし、追加の1本はきっとノーギャラですよ。」と嫌味を言うと森田は苦笑いを浮かべた。苦笑いは彼の癖だが今日のはいつもと違い少し複雑だ。本気で苦そうな表情でありながらどこか楽しげでもあった。

加山監督が最後も「じゃあ、本日はここまでとしますか。」と会議を閉めると、すっかり日は暮れていた。窓から見えるビル群はまだまだ稼働中で煌々と光っている。柿崎が窓辺に立つと向かい側のビルの窓に同じように腰に手を当てて外を眺めているスース姿の男が見えた。かなり距離があるので人相風体までは分からない。彼はどんな心情でこちらを見ているのだろうとぼんやり考えていると、後片付けをしている中山に空のペットボトルを渡しながら森田が近づいてきた。

「柿崎さん、敢えて尋ねませんでしたが長池さんはなぜ欠席ですか。どういった意見をお持ちなのでしょう。感想を聞いてみると前に言っていたと思いますが。」

柿崎は不意を突かれて返答に窮した。実はこの顛末をまだ長池には全く伝えていなかった。元々、しっかり整理した状態でないと長池に話すことはできないと考えていたが、自分の中でタイミングが取れず本日に臨んでしまっていた。

「すみません。まだお話しできていないのです。森田さんの検討稿が上がったらそれを読んでもらったうえで時間を取って話し合ってみたいと思っています。」

森田はまるで予測していたように柿崎の話を受け止め、穏やかに「そうですか。分かりました。」と言い残し会議室を後にした。長池に対するスタンスは柿崎と森田は似ているところがあり、お互いニュアンスは掴みやすい。森田も相談のタイミングとしては同意したのであろう。

森田が去った後には、戸川だけが椅子に座ったまま残っていた。会議中は感情の種類が読み取りにくい穏やかな笑みを浮かべていたが、今はどこかの関節が痛そうな表情になっている。

「戸川さんもお疲れさまでした。すっかりこんな時間になってしまいました。飯でも行きますか?」

「いえ、今日は会社に戻って幾つか調べ物をしますよ。それにしても大変でしたね。このプロジェクトが始まって以来、最も面白いディスカッションでした。」

柿崎は戸川が考えている事を知りたい欲求に駆られたが、何か思惑がありそうな戸川の様子を見て控えることにした。会議室には片付けを終えた中山が残っていた。

「柿崎さん、なかなか凄いことになってきましたね。どうなるんだろう、これ。」

中山の軽さにいら立ちを一瞬覚えたが、このまま帰る気にならずこのお気楽な部下を誘う事にした。「ちょっと一杯行くか。」と柿崎が言うと仕事では見られない素早いリアクションで「了解っす。」と返答するやいなや身支度を整えるため自席にさっさと戻っていった。

柿崎も自分のフロアに戻る為会議室を出て長い廊下を歩いていると、今日は雅代と幼稚園の話をするつもりだったことを思い出した。一瞬迷ったが、こんな日は気楽な後輩と馬鹿話をしたい。雅代には申し訳ないが明日にしてもらおうとスマホを取り出し雅代に少し遅くなると連絡を入れると、「わかりました。」とすぐさま素っ気ない返答があった。柿崎は思わず立ち止まってしまった。雅代の不機嫌を想像すると気が重いし優太の事を考えると躊躇いもあるが、この興奮状態では上手く話せない気もする。「明日ちゃんと時間を取るよ。」と返事をするとスマホをポケットにしまい暗い廊下をもう一度歩き始めた。


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