表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/15

柿崎の提案1

優太を幼稚園まで送り自宅に戻って出勤までの間に、今朝の会話の内容を雅代に伝えた。案の定、「どうしてそんな適当なことを。」という類の強い反応が返ってきた。柿崎の抱えるニュアンスを説明するには朝の短い時間では全く足らず「もう一度ちゃんと話すので大丈夫。」とその場は納めて慌てて自宅を出た。が、柿崎は雅代が望んでいるであろう方向で優太と話すことは無いと思っていた。よって、もう一度ちゃんと話すのは雅代の方になる。骨は折れそうだが、なぜかそれほど重たい気分にはならない。今日をしっかりとやり遂げて帰宅したら雅代との時間を取ろう、と考えながら自宅を出た。

柿崎はいつも通勤の電車ではスマホで仕事関連の漫画を読んでいるが、この日は改めてマリンファイターの設定資料を熱心に読み込んだ。

43話のクランクインを考慮するとタイムリミットが近づきつつあったが、マリンファイターの終盤の構成は全く方向性が定まっていなかった。「どうするんですか。」という各方面からの柿崎に対する問い合わせは日増しに頻度と強度を増していた。シリーズ構成でありメインライターの森田と柿崎のディスカッションも合間合間で継続的に行ってきたが完全に煮詰まっている状態での昨夜の宴席であった。

火曜日の今日が定例の脚本会議だ。いつもであれば撮影所のスタッフルームを使用するが、柿崎は皆を東阪の本社会議室に集めていた。会議の時間まではかなり時間があったので、柿崎は昨夜のフラッシュアイデアを出来るだけメモにまとめた。ようやく人に話せるレベルまで整理できたところで会議の時間となり、参加者を迎えるべくエレベーターホールに向かう。今日のメンバーは、メインディレクターの加山監督、構成の森田、いつものプロデューサー3人に加え今回もスポンサーの戸川を招集し、世話役として部下の中山も会議室にスタンバイさせている。

柿崎は気が急いていたようで3つほど違うエレベーターを見送り、4つ目のドアが開いたところで総勢6名がまとまって出てきた。「おはようございます。皆さん、本日もわざわざ本社まですみません。」と出来るだけ明るく柿崎は出迎えたが、何人かがモゾモゾと挨拶らしきものを口にしただけで一様に表情は冴えなかった。

初夏の東京はまだ梅雨の湿気が抜けきれておらず中途半端な気候だった。薄暗い長い廊下には配給作品のポスターが掲示してありいつもであれば何度か立ち止まりながらそれぞれの映画に関し世間話をするのだが、今日は珍しく皆が無言だった。廊下の突き当りから会議室エリアに入り20名ほどが収容できる殺風景な会議室に通された面々は口々に気候に関する恨み言を呟きつつ長机の端に固まって着席した。今日の会議室は東阪本社の12階にあり、大きな窓からは鈍く晴れた空が高層ビルの間に見えた。遠くの街並みは春のように霞がかかってぼんやりとしていた。特徴が何もないオフィスチェアを乱暴に引きながら森田が口を開く。

「戸川さん込みで東阪本社に集められるって、何だか穏やかじゃないですね。どうしたんですか、柿崎さん。」

昨夜の予告を覚えているはずの森田だがいつもながらの皮肉で会話がスタートする。柿崎は普段であれば軽くいなすが、今日は正面から受け止めてシリアスに「今日は皆さんに提案があります。」と戻した。努めて明るく切り出そうと思っていたが難しかった。皆、まだ座席で資料やPCを取り出す最中で落ち着がない風情であったが一気に張り詰めたムードが漂い始める。緊張感が苦手な渡会が「いやだなあ。変な事言わないで下さいよ。」と牽制球を放る。

「変な事ではないですよ。みんなで困ることになるかもしれませんが。」

「だからそれが嫌だと言っているんです。」

中山がペットボトルのお茶を配り終えたころに、加山監督が口を開く。

「当然、43話以降のシナリオのことだと思いますが、どんなご提案でしょう。楽しみだけど、ちょっと怖さの方が勝ってるかな。」

流石のメインディレクターで、皆の気分を適切に代弁していた。一番端に座っている戸川は最も冷静に見え、いつも通りの穏やかな目で柿崎を見つめていた。ざわついた空気がおさまったところで柿崎はクリアファイルから数枚の紙を取り出し皆に配り始めた。

「森田さんとも随分と話し合いましたし、皆さんもそれぞれの立場でお考えいただいたかと思いますが、私から具体的にご提案します。」

柿崎と並んで座る渡会と川中のプロデューサー陣は先を争って紙を受け取り急いで目を通し始め、向かい側の加山と森田はその様子を見て苦笑しながら手を伸ばした。柿崎の対角線上にいて最も遠い戸川は立ち上がって歩み寄りながら「一体何を配っているのですか。まさかコンドルのジョーですか?」と声をかけると、その間に素早く概要を把握した川中が声を上げる。「まじかよ。戸川さん正解ですよ。なんで分かったんですか。」

川中の言葉が終わる前に渡会が「柿崎さん。ないない、これは無いよ。」とかぶせてくる。

「まあまあ皆さん、説明しますのでまずはゆっくり読んでみてもらえますか。」

柿崎は二人を宥めると自分もメモに目を落とし改めて読み始める。柿崎が配ったメモはA4用紙に2枚の簡単なものだったが、『43話でやりたいこと』『クジラ隊長とビッグオーシャン』『44話以降について』と3つの段落に分けて簡潔に重い内容が記載してあった。

読み進めるにつれて加山監督の表情が硬くなり最後の方では目を見開いて頭を抱えていた。森田は口の端に笑みを浮かべながら読んでいたが、読み終わると目を閉じ腕を組んで俯き動かなくなっていた。中山も初めてメモに目を通していたが、いつもの軽薄な感じは失せ真剣な面持ちで何かをボールペンで書き込んでいた。そして戸川は、やはりいつも通りだった。

皆が一読したことを確認して柿崎が話し始める。

「ここに敢えて書いていませんが、何を視聴者に伝えたいかはお読みいただいたら皆さんにはお分かりかと思います。クジラ隊長とビッグオーシャンの犠牲により人類が危機を脱するというシンプルでストレートなお話を提案してみたいと思います。まず設定についてですが…」

柿崎は目線をメモに落としたまま一気に語ろうとしたが、渡会がそれを遮った。

「ちょっと待った、柿崎さん。これは議論する必要が無いよ。テコ入れで満を持して登場させるビッグオーシャンをたった1話で失うなんてあり得ない。」

普段はあまり熱い議論には加わらない川中も口を挟む。

「コスギさんもビッグオーシャンの玩具開発を突貫工事で行っていましたよね。僕にはすぐに分からないけど、金型や流通周り、宣伝費なんかも入れるとかなりの資金を投下されていると思うのですが。戸川さん、どうでしょうか。」

川中の問いかけに戸川は答えず、変わらずまっすぐ視線を柿崎に向けている。柿崎が皆に提示したプランはこうだった。

マリンファイター達は古の海底王国の末裔から選ばれた戦士。敵のベクロムは自在に姿を変えるアメーバ状の異星人で、地球の海洋環境を破壊し自分達に適応する惑星にしようと企む。戦いも佳境に差し掛かり、マリンファイターは敵の猛攻に追い詰められ劣勢となっていた。更にベクロムは、この戦いを終わらせるべく地球の海を一瞬で変質させる新兵器を開発。後のないマリンファイターはそれを破壊すべく総力戦を仕掛けるが、形勢逆転どころか強大な敵戦力に圧倒され、既存のロボット達は壊滅状態に。刀折れ矢尽きるマリンファイター。新兵器の発動を阻止できず、美しい海はベクロムが好む禍々しい色に変貌していく。なすすべもなく呆然と見守るマリンファイター。と、ここまでが前の話数である42話までのストーリーであった。元々準備していたこの後の43話以降の構成は、敵も含めこの物語に関わった様々な登場人物達とマリンファイター5人それぞれとの関係性、それは友情、愛情、尊敬や時には憎悪だったりもするが、それらが物理的な材料や行動のヒントに繋がり、マリンファイター各人が少しずつ劣勢を跳ね返し、最後はあらゆる想いを乗せた最終決戦になだれ込む、という流れであった。それに対し、コスギの久保によるテコ入れ提案は、ここでビッグオーシャンが完成、その圧倒的な火力でベクロム軍をなぎ倒し新兵器も破壊、その後、最終回まで獅子奮迅の活躍を見せ地球に平和をもたらすというものだった。大筋を書けばそうなるが、これはそれまで培ってきた番組のトーンを無視するものであるし、良質なドラマを生み出すのも実は難しかった。ある意味王道ではありシンプルな爽快感をもたらすかもしれないが、柿崎のみならず久保を除く皆が違和感を覚えていた。それに対し柿崎が提案したのはこの一話で大きなドラマを生み出す方向だった。

防衛軍は新たな合体ロボの開発を急いでいたがその開発途上で、ある事を行うと敵の新兵器の根幹をなす成分を打ち消す効果を生み出すことが判明し、隊長が知るところとなる。それはロボットの合体の為に新たに開発されたエネルギーと海底王国の末裔だけが持つ特殊な遺伝子が共鳴することで生み出される成分が中和させる効果を持つということだった。

隊長は自分だけが知る秘密を抱えてビッグオーシャンと共に敵の新兵器に突貫し敵基地ともども破壊。壮絶な隊長の最期に言葉を無くす防衛軍。しかし隊長の犠牲によりギリギリ地球は守られた。後は残る敵勢力、中でも強大な力を持つ首領であるベクトロンとの決戦に挑むだけ。

柿崎のメモには、子供番組を作る大人はカッコいい大人でありたい、と最後に太いフォントで書いてあった。

沈黙が漂い、近隣の小学校から下校する子どもたちの笑い声が聞こえてくる。口を開いたのは意外なことに加山監督だった。

「皆さん色々あるとは思うけど、まずは柿崎さんの説明を聞いてみましょうよ。」 

柿崎はペットボトルのお茶を一口含み会議室の面々の表情を確認し、一呼吸して窓を見やった。柿崎は窓に向く席に座っており、陽が長くなってきた初夏の夕景がよく見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ