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拡大製作委員会1

会議室のドアに触れるのを躊躇った。

薄暗く蒸し暑い長い廊下のちょうど真ん中あたりに会議室入り口があり、その前で柿崎はほんの数秒立ちすくんだ。入社して随分経つが、初めての感覚だった。何度このドアノブに触れたか分からないが、内側に空気の塊を感じ、戸惑った。

「柿崎さん、どうしたんですか。入りましょうよ。」

後ろから付いてきていたキャラクターライセンスを担当する中山の軽い調子に苛立ちを覚える。意を決してドアノブを握り少し弾みをつけてドアを開き、会社で一番大きな会議室に足を踏み入れた。

 大きな公園とお堀端に面した大きな窓から真夏の午後の強い日差しが差し込んでいて、暗い廊下から入ったばかりの目が一瞬眩む。廊下と室内の温度が違いすぎて足が止まる。会議室を見渡すと、木目が美しいテーブルが楕円形に並び、ダークスーツに身を包んだお偉方とその取り巻きがいくつかのグループを作り40名程度が席を埋めている。ドアを開けた瞬間に、部屋から音が消えていた。今日は35度を超える酷暑とのことだが、この部屋は冷房が効きすぎている。数十人の視線を臍のあたりに感じながら真ん中の空席に向け早足で近づき、あえてゆっくりと椅子に座る。革張りの椅子の軋む音が妙に響く。少し息を整え、会議資料をテーブルに殊更丁寧に広げた。柿崎は静かに深呼吸し、顔を上げ、いつもより大きな声で会議の開始を宣言する。

「お忙しい中ご参集いただきましてありがとうございます。番組プロデューサーの柿崎でございます。定刻となりましたので、銀河船団マリンファイターの第7回拡大製作委員会を始めさせていただきます。」

 さあ、正念場だ。


 柿崎秀夫が映画会社の東阪に入って15年が経つ。入社以来ずっと制作畑を歩んできたが、柿崎自身は周囲に比べると特段映画に対する強い情熱や執着があるとは思っていなかった。同期入社は12名で、映画が無いと死んでしまうのではないかと思う人物も沢山いた。その知識と情熱に圧倒されることもしばしばあったが、それでもやはり柿崎もシネフィルといえるくらいのマニアではあったのだと思う。

高校生になったころから古い日本映画に惹かれ、特にふた昔前のロマンポルノの猥雑さの虜になりレンタルビデオを中心に貪るように観た。大学に入学したら当然のように映画研究会に入ったが、新歓コンパに一回出ただけで退部した。理由は単純、単に柿崎の映画の趣味が特殊だったからだ。東京にミニシアターがいくつか開館したのもこの頃で、日本の巨匠に影響を受けた海外の監督の作品を観るのは楽しかったが、難解で洒落たヨーロッパ映画をいかに語るかを競い合う集団にはどうしても馴染めなかった。欧州貴族文化の退廃と美を描く映画について子汚い高田馬場の居酒屋で語る先輩が鬱陶しくなり、日本人に理解できるわけがないと食って掛かった結果、居づらくなった柿崎はシーズンスポーツ同好会にあっさりと鞍替えし、要領の良さと社交性でもってそれなりに怠惰で楽しい大学生活を送った。ただ、その環境下において柿崎が観たい映画たちは当然理解されるはずもなく、そういった映画は隠れるように観た。

柿崎を魅了した映画は、自分とそうは変わらない年代の映画作家たちによるものだった。濡れ場の頻度のみの制約の中で様々な角度から人間の業をフィルムに捉えようとした作業はとても魅力的なものに映った。そして、当時の若者らしく適当に楽しく時間を浪費する傍らで、誰とも共有せず一人で観続けたそれらの映画達が自分の精神の一部を形成しつつあるのを日々感じていた。よって大学4年生になる頃、将来の仕事として映画関連を考えることは柿崎にとって自然なことになっていたが、柿崎の隠れた趣味を知らない友人たちは驚いたようだ。シーズンスポーツを女子大のお嬢様方と楽しむ柿崎はそれなりにこざっぱりしていて、当時は斜陽と言われマスコミとも一線を画した映画産業には結び付かなかったらしい。

なお、柿崎が就職する時に、それら名作ポルノを生み出した会社は健在であったが、結果的に別の映画会社を選択した。日本が世界に誇る巨匠や名画を擁した東阪株式会社は全国の都市に優良不動産を多く所有し経営基盤が盤石で就職先としては魅力的であり、家族の理解も得られやすく、何よりもシネフィルの自分自身も充分に納得できる選択だった。斜陽産業とはいえ就職試験は難関でかなりの高倍率だったはずだが、過剰過ぎない映画愛と持ち前の合理性で突破できたのだと思う。

 入社後は、同期12人の中では最も早くプロデューサーの任に就いた。周囲からは羨望されたり激励されたりしたが、自分の企画が実現することはほとんど無く、出来合いの企画を公開に向けてプロジェクトを動かすだけの年月であった。しかしながら、映画制作の最前線での仕事はちょっとした業界人気分も味わえることもあり、それなりに満足していたのだが、三年ほど前に突然、特撮ヒーロー番組のプロデューサーを拝命し仰天した。

 特撮ヒーロー番組は、日本で産まれた男の子の大半が通過するコンテンツで、競合他社である東影株式会社の金城湯池だ。三十年以上にわたりヒーロー達を世に送り出し続けている。この領域に東阪が参入したのが五年前。柿崎は映画の製作部門所属のプロデューサーだったが、これを機にテレビ部門へ異動を命じられ、シリーズ途中から番組プロデューサーの任に就いていた。

いま製作、放送が進行している「銀河船団マリンファイター」は柿崎にとっては二作目、シリーズでは五作目にあたる。子供向けテレビ番組は特撮物に限らずアニメを中心にいくつも存在しているが、その多くは土日の午前中に放送されており、番組から派生する商品化によるライセンス収入がビジネスの柱である事は共通している。つまり、登場するキャラクターをあしらった玩具やアパレル商品などを広く流通させるために作られるテレビ番組とも言える。


東阪の大会議室。

その「マリンファイター」の会議がまさに始まったところだった。

「それでは早速議題に入らせていただきます。まずは、私の方から制作状況についてご報告です。」

柿崎が番組プロデューサーとして製作委員会の議長を務めている。通り一遍のご挨拶を終え、制作状況の説明を開始しようとしていた。会議アジェンダはごく一般的なもので、脚本の進捗や撮影の進行度合いなどの制作状況報告、視聴率の分析、商品化事業の包括的な報告、各社プロモーション状況等が主な議事となる。

「番組制作も皆様のご協力により順調に進行しておりまして、全五十二話の半分以上を既に撮り終えています。改めてご協力に感謝いたします。」

柿崎が会社員として大きな山場と捉える会議はいつも通り静かにスタートした。


通常、こういった番組は1月に放送を開始し12月末までの4クール、つまりまる一年間継続する。年明け早々に華々しく番組を立ち上げお年玉の奪い合いから戦いがスタートし、春の新入学、ゴールデンウィーク、夏休み、そして最大の商戦期であるクリスマスで雌雄を決する。玩具を中心とした企業がスポンサーとして番組を提供し、玩具メーカーなら玩具、文具メーカーなら文具といったカテゴリーにおいて独占的に商品化のライセンスを受ける。放送局はその提供料から製作費を製作委員会に対し捻出し、製作委員会はそれだけでは番組製作費が賄えないため、商品化のライセンス料や映像配信、海外セールス等でショート分を埋め合わせ、更に利益の創出を狙う。これが基本的な子供向け番組のビジネススキームだ。プロデューサーの仕事は、監督や脚本家などのメインスタッフを定め、彼らと共に番組企画をまとめ上げ、撮影、照明、録音、美術などの制作現場スタッフを編成し、俳優をキャスティングするなどの実制作をコントロールし動かしていく総責任者であるのは勿論、製作委員会を組成しスポンサーライセンシーを束ね、広告代理店と一緒に放送局と向き合うといったビジネススキームを構築する事も非常に重要な仕事になる。

なお、特撮番組の制作現場は、俳優が芝居をするドラマパートの本編班と主に着ぐるみとミニチュアに加えCGを使用する特撮班に分かれており、それぞれに監督、助監督、撮影、照明、録音などのスタッフが存在し、大体並行して現場は動いている。つまり、プロデューサーにとっては通常のドラマ制作の倍の手間がかかるという事でもある。プロデューサーは、総勢100名を超える制作スタッフを抱え動かしつつ、複雑に利害が絡み合ったビジネス面もコントロールする必要があるが、そのビジネス方面では相当な数の会議があり、その中でも最も重要なものが製作委員会である。

製作委員会は、文字通り番組の製作を行う企業の集団を指し、基本的には出資者の集まりだ。「銀河船団マリンファイター」の場合は、製作の中心となる幹事社としての東阪、放送局のテレビ関東、広告代理店として放送枠を支える朝陽広告社で構成されている。そして、夏真っ盛りの今日行われているのは拡大製作委員会といい、それら3社に加え主なスポンサー企業も参加するプロジェクト最大の会議体である。特に玩具を担当するコスギ社は、商品化事業の柱であり、更に特別協賛金という製作費ショート分を補填する資金を委員会に提供しており番組自体を支えているとも言え、当然ながら非常に強い発言力を持っている。この第七回拡大製作委員会の出席社は、製作者の三社と玩具のコスギ、文具のタイショウ、アパレルの三友商事、音楽のビートラック、食品の昭和で、全八社。各社四、五名で参加しているので、丁度この大会議室に収まる頭数になっている。


「以上、現在までの制作状況のご説明でした。ここまでで何かご質問等ありますでしょうか。」

柿崎が、全52話中40話まで進行している制作現場の状況報告を行った。若干の遅延はあるものの順調に制作は進行している。ここでは何も出ないはず、と思っていたところで柿崎のほぼ真正面、予期せぬ場所から声が上がった。テレビ関東の澤木制作局長だ。制作局長とは、テレビ局の制作部門のトップでかなりの権力者だ。大きな体に明るいベージュの麻のスーツ姿でテレビ局員というより何かのブローカーに見えるが、柿崎と共に番組プロデューサーとして名を連ねている局プロの川島の遥か上の上司に当たる。澤木局長の隣で川島が一瞬だけ顔をしかめた。

「あのー、聞いたところによると、特撮の現場で巨匠が大暴れしているそうだけど、カネは大丈夫?」

往年のテレビマンらしい独特な軽薄さを漂わせながらゴルフ焼けした精悍な顔から意外なくらい芯を食った言葉が出てきた。

柿崎は虚をつかれたが、この議論をなるべく深化させない種類の返しを2秒位の間で捻り出す。

「えー、北森特技監督の事かと思いますが、大暴れというよりも培ったノウハウを余すところなくこの番組にぶつけてくれているという感じです。」

澤木局長に見えないように川島がなぜか小さく右手を挙げて見せた。恐らく、すまん、という事なのだろう。

北森特技監督は、長年に亘り東阪の特撮映画を担ってきた功労者であり、世界的にも熱狂的なファンを抱えるスタークリエイターでもある。元々は東阪の社員で柿崎の会社の大先輩にあたる。定年退職後もフリーの立場で活躍しているが、頑迷とも言える職人気質によりコントロールが難しいのはこの世界ではよくある話だ。

柿崎は、会議の発言としては無難なファーストリアクションを何とか選択し、その後は喋りながら考える。

「映画に引けを取らないスケールとクオリティをもつ特撮パートであるのは皆さんもご承知かと思いますが、その分時間がかかっているのは確かです。しかしながら、今のところではありますが、予算に影響が出る程ではありませんので、ご安心ください。」

「まあ、カネに影響が無いならいいんだけどね。」

澤木局長は少し満足気に胸を反らせ、周囲に視線を送った。 現場の内情をよく知らないスポンサー達は少し不思議そうに顔を見合わせ、東阪と朝陽広告社は少し不自然に笑い合った。


拡大製作委員会前日のテレビ関東。

昼食後、マリンファイターの放送局プロデューサー、いわゆる局Pの川島が自分のデスクでコーヒーを飲みながら次期シリーズの企画書をパラパラめくっていると、澤木局長に喫煙所に誘われた。制作局と同じフロアの隅にあるガラス張りの喫煙所の小部屋は普段より空いていて、先客は2人だけだ。知らない顔なので社外の人間かもしれない。押し出しの強い澤木に気圧されている風情で、何故か少し小声になっている。澤木局長は、電子タバコのスイッチを乱暴に押すと、いつもの台詞を吐いた。

「最近はタバコを呑む奴が減ってつまらんよ。テレビ屋は酒、タバコ、女だろう。」

ここに連れて来られる度に聞かされる枕言葉だが、川島もやや同意している事でもある。何となく曖昧に頷いていると、

「ところでさあ。マリンファイターの特撮、ヤバい事になっていると聞いたぞ。」

電子タバコの煙をせわしなく吐き出しながら澤木局長が小声で囁く。ポーズだけかもしれないが、周囲を気にしているようだ。

「ヤバいって何がでしょう。」

「いや、派手な絵作りはいいんだけど、使っちゃいかん物をしこたま使っているらしいと、東阪の撮影所で噂になっている。この間、他の映画で久々に行ったら顔見知りの街場の美術監督に非難めいた口調で言われたよ。」

「使っちゃいかん物って何ですか。」

「他の組の物だよ。ほら、ビルとか山とかのミニチュア。」

「あぁ、そんな事は不可能ですよ。各組とも、それぞれがスタジオで厳重に管理していますし、当たり前ですが東阪撮影所もしっかりと見張っていますから。」

「‥‥ならいいけど。」

先客の2人が退室した。澤木局長の声のボリュームが急に上がる。

「ただ、あれだけテレビスケールを超えた特撮シーンが連続すると、放送局としては有り難いけど、製作者の1人としては予算も心配なんだよなあ。そこら辺どうなの。」

「私も気になって、柿崎さんには都度確認していますが、大丈夫だと言ってます。」

「ふうん。なんか釈然としないが、まあいいや。お前に任せた。」

澤木局長は吸い終わった電子タバコのタバコを抜き取り灰皿に放り捨て、川島に軽く手を挙げ喫煙所のドアから出て行った。川島も吸い終わっていたが、少し迷ってからもう一本タバコに火を付けた。

澤木局長はこの番組をとても気にしている。予算のかかる特撮番組に出資しているので当然ではあるが、五十代後半のテレビマンにありがちの映画に対する憧憬も影響しているようにも思える。製作幹事が日本映画界の雄である東阪で、そのせいかメインスタッフも映画の一流どころが揃っている。それが理由なのかは分からないが、彼の立場からすると何十とあるプロジェクトの内の一つでしかないはずのマリンファイターに、何かと首を突っ込みたがる。明日の拡大製作委員会にも出席すると張り切っているが、他ではあまり見られない風景だ。確かに巨大プロジェクトなので成功に導ければ役員への道が拓けるのかもしれないが。それにしても、明日妙な事を言いださないか心配だ。柿崎に連絡しておいた方が良いと考え、新たな喫煙者が入室していない事を確認してからスマホを取り出し柿崎に電話をかける。

「おはよう。いま大丈夫?」

「大丈夫だけど、いま明日の会議の準備中。ほら、例の件が持ち出された時のシミュレーションも。どうした?何かあった?」

「いや、うちの局長がね、北森さんのセットの事を聞きつけたらしい。とりあえず適当にごまかしておいたけど、一応耳に入れておくよ。」

「そうか。了解。まぁあれだけ派手にやっていたらいずれバレるよ。これはこれで手を打たないとね。」

「ところで、明日の会議の打ち合わせはしなくて大丈夫か。」

「もうやれる事は全てやったよ。明日はよろしく。」

柿崎はそう言って慌ただしく電話を切った。

実は澤木局長が聞きつけた噂は本当である。マリンファイター特撮班が継続的に使用する東阪撮影所10番ステージの隣にVFX大作映画「首都決戦 大怪獣ガルーダ」の特撮班が入る7番ステージがある。「ガルーダ」の特技監督は北森組の元演出助手で弟子筋にあたり、北森がかなり無理を言って建物などのミニチュアを大量に借りているのだ。たまたま柿崎達プロデューサーチームが、北森組スタッフが深夜にビルのミニチュアを運び込んでいる現場に遭遇した。北森に問いただしたところ、「向こうとは話がついているから大丈夫だ。お前らは心配するな。」と言い放った。だが、先輩が後輩に一方的に通告し勝手に持ち出している事に変わりはない。つまり、澤木局長の指摘は部分的に正鵠を射ている。他のプロジェクトがかなりのお金を使って制作した物を無断かつ無償で使用しているという誹りからは逃れられないだろう。しかもそれだけでは無かった。東阪が過去の映画制作で残してきた宇宙船や艦船、惑星などの造作物がスタジオ内の倉庫に保管してあるのだが、それらの物も旧知の東阪社員を使ってこっそり拝借しているようだ。柿崎の先輩社員にあたるスタジオスタッフからは、くれぐれも現状復帰で頼む、と言われているが、借り物の宇宙船に火薬を付け派手に爆発させている現場を見て青くなったこともある。マリンファイターはテレビシリーズらしからぬ本格的な特撮シーンが高く評価されているが、そういったカラクリが裏に潜んでいるのだ。勿論、北森特技監督の特別な美意識が作り上げている事も否定は出来ないが。ただ、本来ならば相応のレンタルフィーを負担すべきであるし、東阪社内の事でもあるので、柿崎は上司の藤木取締役に相談している。藤木取締役は「北森のおっさんも相変わらずだな。」とだけ言ってその後のコメントは会議前日まで無かった。


東阪本社大会議室。

「いま柿崎からもありましたが、北森大先生は我が社のOBですので、何かありましたら私の責任で解決します。局長のご心配も分かりますがご安心ください。」

柿崎の隣席で東阪の藤木取締役が柿崎の発言に続いた。普段、会議ではほとんど話すことがないし、この件についても興味が無さそうだった藤木取締役だが、何か意図があるのだろうか。良く分からないが、これも澤木局長と同じく胸を反らせてご満悦の表情だ。テーブルの中央、向かい合う形で座る六十絡みの二人が同じ様にのけ反って周囲を睥睨しているのがちょっと可笑しい。 澤木局長の微妙な牽制球を藤木取締役がスマートに捌いたという図式ではある。

とりあえず、期待していなかった藤木取締役の助け船らしきものでその場は何とかなりそうだ。「それでは、続いて番組プロモーションの状況について‥」と、柿崎が議事を進行させようとすると、テーブルの右端、大きな窓を背負う位置にいるコスギ社からの発言があった。会議室での予期しない発言は空気を切り裂くように感じる。

「あの、すみません。コスギの久保ですが、お話が番組制作についての流れですので、ここで少しよろしいでしょうか。」

久保氏は、ゲームを中心とした巨大エンタメ企業コスギの中で玩具を担当する部門のトップだ。コスギはカンパニー制を採用している会社なので、久保氏は玩具カンパニープレジデントという肩書きになる。まだ四十代半ばと若い久保氏は業界でも切れ者として名が通っている。痩身長躯に濃紺のスーツが似合っていてモデルのようだ。いつも言葉に躊躇が無いが、棘もない。シャープな顔立ちに短めのオールバックで見た目にも全く隙がないが、非常に物腰が柔らかく年長者にも嫌な思いをさせない。あの巨大企業でこれだけ出世する理由もその辺りにありそうだ。

「久保プレジデント、本日はご出席ありがとうございます。番組制作状況に関し何かございますか?商品化などについてはまた後ほど触れますが。」

柿崎は緊張を精一杯隠している。

「いや、たいした事では無いかもしれませんが、最終決戦のアタマ、つまり第43話以降の脚本に変更が検討されているとの話を耳にしましたもので。いや、この世界ではありがちな単なるデマかとは思いますが、念のため確認させていただければ。」

柿崎は久保氏が「43話」と言った瞬間に思わず息を飲んでしまった。恐らくその柿崎の反応に気づいたのは、テレビ関東の川島、朝陽広告の渡会のプロデューサー陣、それとコスギの担当部長である長野の3人だけだったはずだ。他の三十数名は久保氏の少々唐突な投げかけに不思議に思いながら柿崎の反応を待っている。

その柿崎の耳には久保氏の言葉は途中から入っていなかった。つい先ほどまで何度も繰り返し確認したシミュレーションを頭の中でなぞっていた。

‥‥ついに来たか。

柿崎は生唾を何度も飲み込んだ。


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