弓神テレシアの恋
投稿3作目です。良ければご覧いただければ幸いです。
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レステームの地のブラント王国北部は、非常に過激な戦闘区域である。北にある山脈を越えて、毎年蛮族が食料を奪いに来るからだ。そのためブラント王国北部軍は常に戦闘の準備を怠らず、年に最低1度は実践も経験するため、他の軍よりも強力な軍事力を所有していた。
テレシアは当時、その軍の中でも女だてらに副将の地位を授かっていた。なぜ彼女がその地位に立てたのかというと、家柄良いわけでも金を積んだわけでもなく、ひとえにその弓の腕にあった。
その腕は、一度つがえれば百発百中、魔法も届かない距離でも確実に当てるほどで、またその威力も、撃たれた馬上の蛮族が吹き飛ぶほどであったという。それに加えて、いざ戦となれば、敵が離れていれば自慢の弓を、敵が近づけば細身の長剣を手に蛮族たちを手玉に取るという活躍ぶりであった。そのため、軍に所属するものは誰もが彼女が軍の上に立つことに非を唱えなかったのである。
「閣下、召集の命により参上いたしました。」
ある夜、テレシアは直属の上官であるリゴーレ将軍に呼び出され、王国北部軍が配置さ
れている砦の軍議室に呼ばれていた。
「就寝中にご苦労、座ってくれ。」
まるで地を鳴らし、包み込むような低音でリゴーレ将軍はテレシアに着席を促す。
「はっ、失礼します。」
部屋の中には、軍の高官と軍師が集まっており既に所定の席についていた。テレシアも自
分の所定の席である将軍の隣の席に座る。
「では全員集まったところで、軍議を始めよう。」
将軍のその一言で軍議が始まった。
軍議の内容は当然北方の蛮族への対応をどうするかであった。季節は秋、麦の収穫の時期だ。襲撃を掛けてくるなら今が絶好の時期なのである。
「この十年の襲撃のペースとしては、毎年三千人規模の襲撃が三回ほど行われるのが基本となっております。年によって回数に違いはあれど、敵の規模としては三千人ほどのケースが多いですな。」
「では、本年も例年通りで良いのではないか?」
「いや、今年は例年になく作物が豊作と聞く、少し防備を増やし方が良いのではないか?」
「いいや、この機に攻め手を増やして憎き蛮族どもを根絶やしにしてしまったほうが……」
各軍師各高官が口々にああでもないこうでもないと意見を上げ軍議は徐々に白熱していった。
そんな中、テレシアは軍議に静かに耳を傾けつつ、その視線はリゴーレ将軍に向かっていた。
(ここ最近の軍議を見るに、閣下は意見をまとめ上げる前に必ず私に意見を求められる。閣下もお年だ、そろそろ次を考えられているのだろう。しかし、私ではまだ皆をまとめ上げることは難しい。それに……)
あまり長く視線を送ってしまうと不自然になるので、正面を向き議論している他の者たちを見渡す。
(それにまだ閣下が戦場を掛ける姿を隣で見ていたい。私はまだ閣下の副官でありたい。)
この軍議の自分なりの落としどころを考えつつも、その心の中は将軍への気持ちが大部分を占めていた。
テレシアが将軍に想いを抱くようになったのは、小さな頃、蛮族に住んでいた村が襲われていたところを助けられたからである。助けられた後、家族を亡くしたテレシアはリゴーレの元を訪れ、家族もおらず彼の力になりたいから側においてほしいと涙ながらに説得した結果、同じ屋根の下生活をすることになったのである。彼との共同生活の中で、彼の強さ、不器用さ、やさしさなど様々なものに触れていくうちにどんどんと思慕の念を膨らせていったのであった。
そしてそれと同時に、彼と一緒に鍛錬を積むようになり、その才能を開花させていくのであった。そして15歳で北部軍入りして以降、その実力をメキメキと付け、13年と短い期間でアッという間に副官へと上り詰めたのである。
そんな戦いに身を置き続けた人生の中で一途に秘め続けた想いはまだリゴーレには伝えられずにいた。さすがに父と娘といっても良いほどの年齢差、伝えたところで玉砕するに違いないと自分で諦めてしまっていたのである。しかし、テレシアの態度が分かりやすすぎることもあり、周囲はおろかリゴーレ将軍にすらその想いは漏れ伝わってしまっているのであった。
軍議に話を戻すと、テレシアの予想通り、将軍はテレシアに軍の采配について意見をもとめてきた。
「今年は例年より作物収穫が多いです。そのため、軍の行動は慎重に行うべきだと思います。進軍してきた敵数より1~2割多い軍勢で攻めましょう。そして万一の時に備え、戦場となるこの平地の真南の山の稜線上にさらに伏兵を五千ほど忍ばせておき、そして戦場で非常事態が発生したときはすぐさま狼煙を上げ、敵を挟撃し撃破する。このような作戦でいかがでしょう?」
テレシアは自分の案を将軍に伝える。
「うむ、悪くない。他の者も異論はなさそうだしな、この案でいこう。」
こうして将軍の決定の元、テレシアの作戦にて今年の対蛮族戦の準備が始められた。
蛮族襲撃の報が北部軍に届いたのは、それから2週間ほど後のことであった。準備は万全、士気も上々、あとは蹴散らすのみとなっている砦の中、リゴーレ将軍は出陣の演説を始める。
「諸君、今年我が国の村々では例年になく多くの作物が取れたという、実に喜ばしいことだ。しかし、我々はそれを手放しでは喜べぬ、もちろん蛮族の存在だ。奴らは毎年我々を、我々が丹精込めて作った作物を武でもって奪いに来る、そして今年も来た。」
将軍の言葉に兵士一人ひとりの顔がどんどん引き締まった鋭い表情に変わっていく。
「諸君、この喜ばしい豊作の宴を血に染めぬためには諸君らの力が必要だ。この戦、必ず勝つぞ!勝って最高の宴と洒落こもうじゃないか!!」
将軍の最後の言葉に合わせ、大地が揺れるほどの大きな歓声が上がる。
(この戦い、必ず勝つ。そして閣下と宴を楽しむのだ。そして今年こそ……)
テレシアも演説の中に自分の思いを乗せる。自分の中でも士気がどんどん上がってくるのが分かる。
「では、出陣!!」
こうして北部軍は蛮族討伐のため出陣したのであった。
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「くそっ、何故だ、何故こんなことに……」
テレシアは心の中で何度も何度も自問自答する。何故、こんなことになってしまっているのかを。
「閣下、しばしのご辛抱を。今すぐ増援を呼んで戻って参りますので……」
蛮族たちを引き付けるため残ったリゴーレ将軍の安否を祈りつつ、懸命に馬を走らせる。ついてくる部下たちをも引き離さんかという勢いでテレシアは伏せていた兵たちの元へかけていくのであった。
どうしてこんなことになっているのか、それを知るには数刻時を遡る。
作戦通り五千の兵を、戦の場になるであろう平原の真南の山中に配置し、残り四千の兵は平原に向かって兵を向かわせていた。五千の兵は別の副将に任せ、リゴーレ将軍、テレシアともにこちらの先頭を切って馬を走らせていた。騎馬兵含めおよそ三千、事前の知らせで伝わっていた敵の数である。
そしてその数は接敵しても変化しているようには思わなかった。蛮族との戦争は儀礼も何もないので、弓を引き、撃てば戦いは始まりを告げる。
もちろん北部軍の最初の一射はテレシアである。全速で走っている馬上でも一切衰えることのない弓の腕は、見事に一射で先頭の蛮族の頭蓋を射抜く。こうして戦いの火ぶたは切って落とされた。
歩兵同士がぶつかり合い、魔導士が魔法を放ち、僧侶たちが傷ついた仲間たちを治癒する。そして騎馬兵がその機動力を持って駆け抜ける。例年と変わらぬ戦場だった。テレシアも接敵するまでは弓で何人もの蛮族を射抜いていたが、やがて両軍が激突するころには愛用の長剣を両手で握りしめ多くの敵を葬っていた。
このままなら勝てる。もうすぐ戦が終わる。北部軍の誰もがそう思ったとき、異変が起こった。
部隊の東側から地鳴りがするのだ。顔を向けたテレシアの目に映ったのは大量の騎馬に乗った蛮族たちであった。瞬間、テレシアは理解する。蛮族たちが挟撃を仕掛けてきたのだと。自分たちが同じ手段を取ろうとしていたからこそわかったことであった。そして狼煙を上げようとしたその時、
斧が飛んできた。そして上げようとしていた狼煙のことごとく吹き飛ばしてしまったのである。
確かに弓の射程圏内ではあった。しかし斧で、しかも狙いをつけて狼煙をあげるのを防がれるとは思いもしなかった。そしてテレシアのその一瞬のスキに乗じて正面で戦っていた蛮族たちも勢いを盛り返し襲い掛かってくる。
あっという間に北部軍は前方、右方、後方を蛮族に囲まれてしまった。
「閣下、いかがいたしましょう!?」
「このままでは我々は持ちません!」
みるみる北部軍は蛮族に攻め立てられ、その数を減らしてゆく。そんな中リゴーレ将軍はいたって冷静にテレシアに向かって告げる。
「テレシア、南部に伏せてある援軍、部下千引き連れてお前が連れてこい。」
今窮地に陥っているこの軍を分ける、そのことが何を指すのかわからないテレシアではない。
「ですが、そうすれば閣下が……」
それに対しリゴーレは素早く返す。
「俺のことは気にせずさっさと行け!! それに、この程度の死線、潜り抜けられぬと思っているのか?」
「しかし……いえ、ご武運を!」
それでも心配を募らせようとするテレシアであったが、周囲の兵の士気に影響を及ぼすと思い、手勢の部隊を南に向ける。敬愛する人であり、自分以上の実力を持った武人でもある将軍であれば、この苦境を乗り越えられるかもしれないという期待を抱いて。
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そして現在、手勢を半分に減らしつつも、蛮族の方位を突破し、まっすぐ真南へ進んでいる。
「もうあと少しだ! 気を抜くなよ!!」
周囲の兵達に檄を飛ばしつつ、限界速度で山を駆け上る。この先に本陣があるのだ。馬たちはすでに限界ギリギリ、兵たちの疲労もピークに達している。疲労に関してはテレシアも変わらない。そして———
「テレシア様!? テレシア様だ!」
やっとの思いで陣にたどり着いた。幸いこちらまでは襲撃されておらず無傷である。
「蛮族による挟撃あり、狼煙は失敗。現在将軍自ら囮となって援軍を待っている!急ぎ準備をしろ!すぐに反撃に出る!」
手短にかつ、いつになく荒々しく指示を飛ばす。その姿を見た陣の兵たちは尋常ではないことが起こっていると瞬時に判断し、素早く準備を進める。
「私についてきたものはここで一旦休め!ただし、回復し次第すぐに追ってくるように!私はこのまま閣下の元へ援軍を率いる!」
そういうが否や準備したばかりの援軍を率いて山を下って行った。そしてテレシアについてきた兵は誰一人その場に残ることなくテレシアの後を追うのであった。
(頼む、間に合ってくれ!!)
心の中で祈りを捧げつつ一心不乱に山を駆け降りる。伏兵という訳ではないのだ。砂煙など気にすることなく駆ける。そして通常は一刻かかる往復を半刻にて走った兵たちの目に映ったのは、蛮族たちの中今も奮戦している北部軍の姿であった。
「間に合ったぞ!後は蹴散らすだけだ、いくぞおおおお!!」
テレシアの渾身の叫びで、勢いよく蛮族たちの方位を食い破る援軍たち。そして蛮族たちの壁を越え、目に飛び込んできたのは、右腕を切り飛ばされ同を逆袈裟に斧で振りぬかれたリゴーレ将軍の姿であった。
「将軍!! 貴様ぁああああ!!」
冷静さを完全に失ってしまったテレシアは、長剣で将軍を切ったものの首を即座に跳ね飛ばす。そしてその勢いのまま周囲の蛮族を片っ端から切り裂いていった。周囲の兵も、テレシアの激昂に呼応して瞬く間に蛮族たちを蹴散らしていく。
形成不利と感じたか、しばらくすると蛮族たちは敵味方入り乱れていた軍勢を集め、いくつかの金目になりそうなものをかき集め、そのまま逃げかえっていった。そして押収されたものの中には、リゴーレ将軍愛用の長剣も含まれていた。
「閣下! ご無事でいらっしゃいますか!!」
蛮族が去ったのを確認し、テレシアはすぐさま将軍の元に駆け寄る。そしてその姿を目にし、思わず息をのんでしまう。
「あっ……あ……」
かろうじて馬上で座ってはいるものの、右腕は根元から断たれ、右脇腹から左肩にかけては斧による大きな切り傷があった。その他にも小さな切り傷や矢傷が至るところにあり、おびただしい量の地を流している。目も虚ろだ。一目でわかる、もう駄目だと。
「閣下!閣下!!」
涙を流しながら大声で叫ぶテレシア。
「……そう…大きい……声…を……出すな…テレシア……ゴフッ…」
血も滲みかすれた声でテレシアを窘めるリゴーレ。そして続ける。
「閣下……」
なおもテレシアの目から涙は止まらない。
「そう案ずるな……痛みはない。あとはお前たちに声を掛けるだけだ。」
テレシアにリゴーレは告げる。
「そんなこと、おっしゃらないでください、閣下…。私はまだあなたの隣にいとうございます。まだ、何も伝えることもできておりません……ですから…」
涙ながらに想いを告げられずにいたことを激しく後悔するテレシア
「聞かずともわかっておるわ、お前が何を伝えたかったのか……見ればわかる…」
「では…ぐすっ…どうして……」
「お前から言いたかったのだろう…?……それに、うれしかったぞ。」
一拍置き、さらに続ける。
「お前みたいな美人に思われ続けるというのは……」
そういったその目はどこか遠くを見ているようにも見えた。そして、
「これより先、誰も後追いをすることは禁ずる!!テレシア、軍は任せたぞ!次の将軍はお前だ!安心せよ。此度の戦は勝ち戦、お前には素質がある!他の者も、テレシアをよく支え、テレシアによくついてゆくのだぞ!!」
カッと目を見開き大きな声でそう叫び、
「騎馬軍として……馬の上で死ねる…なんと光栄なことか……しかし…あの剣がないのは…残念だな…」
そうポツリとこぼし馬上から崩れ落ちていく。
テレシアは崩れ落ちそうなリゴーレの体を支え、
「閣下ぁああああああ!うわぁああああああ!!」
長い長い、慟哭の叫びをあげた。
一つの戦いが終わり、一人の将軍が消え、一人の将軍が生まれた瞬間であった。
その後砦に戻ったテレシアは、戦の傷癒えぬまま王都へ向かい、作戦の成功とリゴーレ将軍の死、そして後任は自分が選出されたことを国に報告、ブラント王国も彼女の北部軍将軍への任命を了承した。事前にリゴーレ将軍より自分の後任にはテレシアを置くようにと伝えられていたからである。
かくして、無事蛮族も撃退され新しい将軍、それも王国史上初の女性将軍が生まれたこともあり、ブラント王国各地は大いに盛り上がった……戦地に赴いたもの達にのみ傷跡を残して。
烈火将軍テレシア、又は弓神テレシア。ブラント王国北部軍将軍に若干28歳で任命され、以降30年に渡り、蛮族との闘いではその二つ名にあるように烈火のような攻撃で蛮族を一切寄せ付けなかったという。また弓の腕でも一つの山を越えた先の敵将を射落とすという神業をなしたともいわれる女傑である。また、その生涯独身を貫いたという。
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