早矢とちり
世界観・キャラクター原案:鳥尾圭
動物と心を通わせる能力を隠して生活する少年少女
いったい何のための能力なのか
この能力を持つ者の末路とは――
鳥羽泰時:無口。一匹狼。
乾緋弦 :姫瑠の姉。かっこいい。
乾姫瑠 :緋弦の妹。可愛い。
宇佐美葵:緋弦のことを尊敬している。
根来羅衣:姫瑠のことが好き。
謎の男 :能力を狙う謎の人物。
以上のような設定をもとに書いた鳥羽っちりの続きです。
動物と心を通わせる能力。
古くは知られていたこの特別な力も今では知る者の方が少なく、しかし、かつての文献を読み漁り特殊な能力者の存在を認知した輩は、その力を望み、欲し、貪欲なまでに彼らを血眼になって捜すのだ。
そんな後を絶たない不穏な輩から身を隠すように、同盟を結びながら生活を続ける、年の頃17、8歳の少年少女がいた。
犬と心を通わせることができる乾緋弦、姫瑠姉妹を中心に、ウサギと心を通わせることができ緋弦を尊敬してやまない宇佐美葵、猫と心を通わせることができ姫瑠に一方的な好意を寄せる根来羅衣、さらに鳥と心を通わせることができる鳥羽泰時、以上五名が同盟のメンバーだ。
「なぁなぁ、俺コードネーム考えてみたんだけど使えねぇか?」
唐突に変な話題を繰り出した根来の声に、その場にいた緋弦と宇佐美が顔を上げた。
「はぁ? くだらな」
「ホント何考えてるんです?」
「いいから見てくれよ」
嬉々として差し出された紙には虫が這ったような字でそれぞれのコードネームとやらが書かれている。
『熱血、姉御、半笑い、天使、鳥』
「これ、誰がどれなの?」
「いや分かんだろ」
「何か悪意ありません?」
「お、葵お前自分がどれだか分かんだな」
「天使――ですかね」
「おい」
「……俺はいいと思うぞ」
テーブルに置かれた紙に目をやった鳥羽は賛同の声を上げる。
「だったら普通に動物の名前でよくない?」
「それはダメだ」
「なんでよ」
「犬が被る」
ワイワイ話しているところにティーセットを持った姫瑠が合流する。お菓子をテーブルに広げながら微笑んだ。
「楽しそうだね。今パンも焼けるから待っててね」
最近の姫瑠はパン作りにハマっている。特にハードパンの生地にナッツやドライフルーツを練り込み、それにクリームチーズを包んで焼くのがお気に入りだ。
そのために全粒粉入りのミックス粉をよく手作りしている。そして、他にも色んなミックス粉を作っている姫瑠が混乱しないように、根来が勝手にそれぞれに名前を書いている。
「……鳥?」
焼きたてのパンを運んできた姫瑠が紙に気づいて手を止める。
「ああ、今みんなのあだ名考えてんだ」
「あだ名だったの?」
「考えてないですよ」
着席した姫瑠はさらさらと整った文字を書き連ねていく。
「こんな感じかな」
『子猫、大型犬、子ウサギ、子犬、小鳥』
「さすが姫瑠ちゃん!」
「まあ、着眼点はあたしと変わらないけどね」
「何だよ、じゃお前らも考えてみろよ」
問答無用でくしゃくしゃの紙を配る根来。
「これでどう?」
『一般兵、団長、親衛隊、姫、鳥』
「その設定気に入ってんのな」
「ボクはいつでも緋弦さんの親衛隊ですよ~」
そういう宇佐美の手元の紙には、
『バカ、女神、君主、お花畑、鳥』
「悪意しかねぇな」
「そうですか?」
「鳥羽、お前は何書いたんだ?」
「――待て」
『人間、鳥』
「うわ、おい! ここに趣旨わかってねぇヤツいんぞ!」
「くっ、やめろ」
根来の行動を止めようと立ち上がった鳥羽の耳に鳥たちのざわめきが届く。
「ん――?」
いつもより騒がしい鳥たちに誘われるように窓を開くと、
「お、なんだ? 話題のすり替えか?」
真剣な表情で鳥語を解読し始めた。
「追手か?」
「いや。実はここんとこ家族のように接していた鳥がいるんだが、最近急に不動産情報を持ってくるようになったんだ」
「不動産情報?」
およそ鳥から得られそうにない情報に首を傾げる面々。
「まさか、鳥の住処の話じゃないでしょうね」
猫の会議に参加しては大騒ぎする根来を揶揄するように一瞥する緋弦。
「それが、話を聞く限り人間の物件情報のようなんだ。間取りの情報などよく話してくれる」
「私たちの事情を察してくれてるのかな?」
「だとしたら、どのみち移動する羽目になる訳だし、乗ってみるのもアリだな。どうする?」
「あたしは別に構わないよ」
「ボクは緋弦さんについていきます」
「だが、罠の可能性も――」
「信用できる家族、なんだろ?」
「ああ」
「んじゃ、とりあえず向かってみようぜ。追手が来てから逃げるよりずっといい」
なぜか仕切る根来の下、一行は身支度を整えて鳥が頻りにお勧めする物件へと向かった。
場所は変わって警察署。
同盟を結んで生活する彼らのように、能力の存在を認知し使用できる状況下にある面々とは裏腹に、自らに動物の声が聞こえると知らずに生活している者も少なくない。
ここに代々神の信託が聞こえる一族だと伝え聞き、その力を武器に警部にまで上り詰めた一人の男がいた。
彼の名は鳥尾圭。
部下の日野と共に各地を飛び回り好き勝手動いているが、今日はなぜか任された新人教育に少し機嫌が悪そうにしている。
「本日付で配属になりました早矢逸嘉です! いつか一課に行くのが目標です!!」
早矢は、やる気、元気、勇気を地で行くような人物だった。キラキラした無垢な眼差しに居心地の悪さを覚える。
「鳥尾警部は出世頭なんですよね。ぜひ見習いたいです!」
「ああ、そんなことより現場向かうぞ」
「はい! 現場はどこですか? 事件ですか? 殺人ですか?」
「行くぞ。日野」
「はい。残念ですが今日の現場は空き巣被害などが中心ですね。不法侵入、器物損壊、そんなところです」
「そうですか……」
心なしか本当に残念そうにしている。
現場は閑静な住宅街で、主に高級住宅が立ち並ぶ別荘地だ。今回被害にあった住宅は、庭付き一戸建てプール付きの一際豪奢な住宅だった。
「日野、お前事情聴いとけ」
「はい」
日野は庭に集まり狼狽している住人の下へ向かう。
「こっちは現場検証だ」
「はい!!」
玄関に向かう途中まず目に入ったのは、庭に隣接する窓に足をかけたような痕跡だ。
「ここから侵入して鍵を開けたか」
事前に聞いた情報では紛失したものはないようだが、部屋中を土足で歩き回り荒らされた室内を見るに、不法侵入、器物損壊は確定のようだ。
特にリビングの状態は酷く、まるでおもちゃ箱をひっくり返したような惨状だった。
「なんだぁ? こりゃ……」
散乱した食器類に交じって落ちているのはパーティーなどでよく使う装飾品のように見える。
「ガキどもがたむ――」
「凶悪犯罪者が根城にしていたのでしょうか!?」
「あぁ!?」
それによく見るとお菓子やケーキの類も散らばっている。顔面ケーキをするにしても普通は本格的なデコレーションケーキは使わないだろうが、何を思ってこうなったのか、床には潰れたイチゴが転々と転がっている。
「これは!! 血痕!? 拷問の形跡でしょうか!?」
鳥尾は早矢の言動を訂正しようとしたが、面倒くさくなりそうなのでやめた。
「この住宅街に、まだ凶悪犯罪者が潜んでいるんでしょうか?」
「いや、もうこの辺にはいないだろう」
別の部屋も見て回ろうと歩き出す鳥尾についていく早矢。
その時、鳥尾の耳に神の信託が届いた。
(旦那、ヤツらを例の住宅に誘い込んでおきやしたぜ)
近頃署内では、繰り返される住宅被害に囮捜査が検討されていた。犯人が好みそうな物件を用意して誘い込む作戦だ。しかし会議中に、盗聴器を仕掛けて罪状を暴くという話も上がり、結局結論が出ないまま保留となっている。
「早矢、撤収だ。向かう場所ができた」
「? はい!!」
鳥尾は事件の進展を確信し、事情聴取中だった日野を回収して一度警視庁へと戻って行った。
どこかの地下にある薄暗い部屋。
「ついに見つけたぞ」
科学者然とした男の恍惚とした声がコンクリート打ち放しの部屋に反響する。
「太古に失われたと思われた能力の足掛かり。この能力を研究し我が力とするのだ」
ホワイトボードに書かれた常人にはおよそ理解できない暗号を眺めながら、科学者は自らの研究の進歩に高笑いをした。
一方、鳥からの情報を頼りに新たな物件に向かっていた鳥羽たちは、鳥が頻りにプレゼンを行っていた住居に到着していた。
「ホントにここなの?」
「何か怪しくないですか?」
訝しむ緋弦と宇佐美。
そこは山間にひっそりと佇む洋館で、成長しすぎた木々に囲まれて完全に孤立しているような場所だった。人の気配もなく身を隠すにはうってつけと言える。
だが何か異様な空気を感じる場所でもあった。
「ここのようだ」
「ちょっと怖いけど、洋館みたいで素敵だね! 入ってみようよ」
「あ、姫瑠ちゃん危ないって!」
各々が罠の可能性を危惧する中、警戒心ゼロの姫瑠が玄関の重たい扉を開けた。使われなくなって久しいのか、盛大な音を立てて開かれた扉に思わず周囲を見渡してしまう。
中に入ると冷たい壁に反響して靴音が響く。
何も起こらないとわかると、鳥情報をもとに一通りの間取り確認を行った。
「ここにはどれくらいいられるのかな」
お城のような内装をいたく気に入った姫瑠が煌びやかなシャンデリアを見上げながらポツリと呟いた。
警察署に戻った鳥尾は信託を信じて部下たちに声をかける。
「おい、囮物件ってどこだ」
「え? あの作戦まだ検討段階ですよね」
「もう決行したんですか?」
「それどこ情報です?」
「あー、いや、いい」
覚えのない問いに首を傾げる部下たちを後目に、鳥尾自身も信託の意味に首を傾げていた。予言という可能性も視野に考えてみるがやはり結論は出なかった。
「ちょっと出てくる」
やがて信託を当てにしようと念じながら外に向かう鳥尾。その後を、とっさに盗聴器発見機を掴んだ早矢が追い、少し遅れて日野が続いた。
外に出た鳥尾は、両手を天高く掲げ上空を仰ぎながらこう叫ぶのだ。
「信託よ、来い!!」
これにはさすがの早矢も面食らって目を瞬かせている。
「なんですか? あれ……」
「事件解決の儀式です」
ほどなくして、鳥尾の耳に神の声が届いた。
(旦那、こっちですぜ)
どうやら先ほど、盗聴器付き物件に犯人を誘い込んだと報告してくれたのと同じ神のお告げが届いたようだ。
またしても手柄を上げてしまう予感に小さく拳を握り締める。
「行くぞ」
鳥尾は、日野、早矢、両名を伴って目的地に急いだ。
地図も何も確認せずにまっすぐ歩いていく鳥尾を見つめる早矢。
信託の信憑性を疑う中、複雑な道も迷わず進み、人気のない山道に差し掛かっても、まるで犯人の位置を知っているかのように足取りは軽い。通りから外れ獣道に入り、草木をかき分け辿り着いた先は、鬱蒼と茂る木々に囲まれた洋館だった。
「おいおい、どこの家だこりゃ」
迷いなく進んだ先の家には見覚えがないのか、鳥尾は薄気味悪ささえ漂う洋館を見上げて眉根を寄せる。
「勘弁してくれよ。これじゃ、こっちが不法侵入だ」
身をかがめ音を立てないよう偵察に向かう鳥尾を見送って、木々に身を隠した早矢は盗聴器発見機を取り出した。周波数を合わせ傍受を試みると、ブツブツと途切れた音声の中に人の声が混じり始める。
「部屋の中から声が聞こえます。誰かいるみたいです」
早矢の呼びかけに、音声に耳を傾ける日野。
「誰かと話しているみたいですね。それと、これは……鳥のさえ――」
「通信音でしょうか!?」
「え?」
「上からの指示を仰ぐ気か!? 逃げられる前に急いだほうがよさそうですね!!」
「え、ああ……」
日野は早合点する早矢に何か言いかけるが、面倒になってやめた。
窓際で鳥の声を聴いていた鳥羽は、既に怪しい人物がうろついていることを知り愕然とした。
「なんでこの場所がもう嗅ぎ付けられているんだ……!」
目ざとく聞きつけた緋弦が聞き返す。
「あんた、信用できる家族の紹介って言ったわよね」
「そうだ。だが、どういうことだ……俺たちの味方じゃなかったのか……?」
鳥の真意が理解できず混乱する鳥羽を嘲るように、一羽の鳥が木の枝にとまった。
ピャーッ! ピピョッ!
(ヒャハハッ、まさかまんまと盗聴器付きの住宅に案内されてくれるとはな!)
「なんだと?」
ピチチッ! ピピッ!
(お前が家族だと思っていた渡り鳥はとうに旅立っていったぜ! 鳥違いに気づかないとはとんだ鳥使いだな!)
「そんな。少し声色と口調が変わったとは思っていたが、まさか他鳥だったなんて」
ピチッ!
(鳥を見る目がなかった己を恨むんだな!)
「俺に……鳥を見る目が……?」
ピャッ!
(じゃあな!)
バッサーッ!
「ま、待て。俺たちを、裏切るのか」
失意の鳥羽はすっかり項垂れてしまう。
「おい、今のお前、鳥違いしてたってことか?」
「そんなことあります?」
「どういうことなの?」
「俺たちは、この物件に誘い込まれたようだ……」
「そんな……」
盗聴器発見機からは、人の声と、早矢の言う通信音の様な音が断続的に聞こえている。というかむしろ、言い争う声はもはや何か機械を通さなくても直に聞こえてくるほどだった。
「仲間割れしてる今がチャンスですね!」
「何と話してたんでしょうね」
「だから!! 上に指示を仰いでいたんですよ!!」
「早矢くん、声、声」
日野は口元に手をやり大声になりがちな早矢をたしなめる。
「すみませ――ん? この音……」
落ち着て耳を澄ましてみると、ふとそれまで気にしていなかった音に気づく。気配を消して近づいてみると、木陰で信託を仰ぐ鳥尾を発見した。
ピッ! ピピッ!
(旦那ぁ、ヤツら慌てふためいていやしたぜ)
「この通信音、犯人と同じ? 鳥尾警部がヤツらと通じている?」
鳥尾の様子を伺いながら一人ショックを受ける早矢。だが、真実を目撃してしまった手前黙認するわけにもいかず迷わず応援を要請した。
「鳥尾警部!! まさか、あなたが手引きしていたとは!!」
「何? どういうことだ?」
鳥尾は草木をかき分け突然飛び出してきた早矢に驚いている。その驚き様に、やはりやましいことがあったんだとますます確信する早矢。
「鳥尾警部、僕はあなたを尊敬していました。でもまさか、これまで上げた手柄も全部自作自演だったなんて……残念です」
「何言ってんだ」
「しらばっくれても無駄です!! もうネタは上がっているんですよ!! その通信機を使って、ヤツらに指示を送っていたってことも!!」
「……通信機だと?」
「もう連絡は取らせませんよ!!」
「おい」
「言い訳しても無駄です!! 話は署で聞きますよ」
鳥尾はにじり寄る早矢の圧に押されて一歩後ずさった。
室内で身を潜めていた鳥羽たちは、大声が聞こえたかと思ったら近づいてくるサイレンにざわつき始める。
根来は外の様子を伺い、緋弦は不安そうな顔をする姫瑠に寄り添っている。鳥羽は鳥の声を聴こうとするが、鳥たちも突然の騒ぎに混乱しているようで特に情報は得られなかった。
「まさか鳥羽が俺たちのこと裏切っていたとはな」
「いざとなったら、この人囮にして逃げましょう」
「騙されたのは……すまなかった」
警察車両と思しきサイレンの音が間近で止まると、屋外の人物に通報されたのかとか、よく聞こえなかったがさっきの大声はこちらを説得していたのかとか、不安から様々な憶測が飛び交った。
「人が増えてきたな……」
「万事休すですか? あははっ」
「おい葵、笑い事じゃねぇって」
外からは、内容までは聞き取れないが何やら深刻そうに会話する声が聞こえてくる。隙間から窺った根来が見たのは帰っていく人々の後ろ姿だった。
「おい、引き返していくぞ」
やがて遠ざかっていくサイレンの音に一行は胸をなでおろすのだった。
「一体何だったの? あたしたちとは無関係だったってこと?」
「命拾いしましたね。緋弦さん」
人騒がせな事件だと溜息をつく緋弦に笑いかける宇佐美。
「今のうちにここを離れたほうがいいか」
「ああ、あっちの窓から逃げようぜ」
根来が間取り確認の際から目をつけていた窓に先導し、軽い身のこなしで外に飛び降りると、みんなもそれに続いた。
途中、若干多めの荷物を運んでいる姫瑠のカバンが窓枠に引っかかるが、根来が手を貸し無事脱出に成功する。カバンの中身の一部が廊下に落ちたことにも気づかずその場を後にした。
「全く。ようやく静かになったか」
古い洋館の地下にある研究施設から出てきた科学者は頭上で行われていた大捕物に憤慨していた。
長年研究を続けてやっと掴んだ能力の足掛かり。情報の鮮度が良いうちに行動に移そうかと思った矢先、何者かが表で騒ぎ始めたのだ。
「よりにもよって今日こんな騒ぎが起こるとは」
辺りはすっかり暗くなり、騒動によって外出する機会を逸してしまった科学者が再び地下に潜ろうとすると、窓際に散乱する何かに目が留まった。
「何だ……?」
早矢は犯人は現場に戻ると意気込んで再び不気味な洋館に足を運んでいた。
主犯格と思われる鳥尾は確保したが、その協力者と思われる人物を取り逃がしてしまっている。
手持ちのライトを照らしながら現場確認のため建物を一周して回ると、開いている窓の枠に見覚えのある足跡を発見する。
犯人の痕跡に興奮しながら窓を覗き込むと、廊下にしゃがみこんでいる人物と目が合った。
「あ」
「え?」
床に散乱したものをかき集める手元にライトを向けると、落ちていたのはいくつかの袋と、おそらくそれが破けばら撒かれたであろう粉だった。
袋には手書きなのか虫が這ったような文字で何かが書かれている。
その文字の意味を知ったとたん早矢の目が大きく見開かれた。
「貴様さてはテロ組織の一員だな!!」
早矢は不審人物をその場で取り押さえ現行犯逮捕した。
翌朝日野は、誇らしげに自らの活躍を話す早矢から不審人物確保の一報を受けていた。
「昨日深夜、現場でうろつく不審人物を発見し取り押さえました!!」
「何? 単独行動しちゃったの?」
「はい!! 怪しい薬品を所持していたため現行犯で逮捕しました!! 怪しい粉を袋詰めにし、表にはパンデミックの文字がありましたので、テロ組織の一員である可能性が高いです!!」
「テロ組織の一員……」
「あるいはマッドサイエンティストの可能性も」
「それはあやしいね」
「はい!! あやしいです!!」
事情を聴いた日野は不審人物の取り調べを行っていた。
事務机とイスだけの狭く殺風景な部屋には指で机を叩く音が響いている。
「なるほど。いたいけな少年少女を捕まえて非人道的な研究をしていた、と」
「違う!! それはこれから、これから研究するんだ!!」
自称科学者の男はこのような言動を繰り返しており、挙句の果てに生き物と心を通わせる能力などとちょっと的を得ない話をし始めたので、いよいよ頭を抱えた日野は警察お得意の精神鑑定の提案をして取調室を後にした。
ただ、人様の住宅を転々としながら逃げている人物との接点が見つかったことにより、鳥尾は釈放される運びとなった。
「鳥尾警部、釈放です」
「おせぇよ」
腕を組みながら佇む鳥尾は、予想より長く拘留されていたことにより険しい表情をしていた。
「早矢のお手柄ですよ」
日野は鳥尾を開放しながら話を続ける。
「捕まった自称科学者の男は変な言動を繰り返していて、叩けば埃が出そうです。早矢が怪しい薬と言って回収してきた粉の成分はおおむね小麦粉だったようなので、罪状は的外れでしたけど」
「そうか」
「変な言動と言えば、鳥尾警部も精神鑑定の話出てたみたいですね」
「何?」
「やはりあの件ですか?」
日野は天井を仰ぐ。
「信託よ――」
「やめろ」
信託と言えば、と鳥尾は考える。
今回の信託は妙に軽い口調だったが、まるで人と会話を交わしたようなことを言っていたな、と。
しかしすぐさまその考えを否定する。
「行くぞ、日野」
「はい」
鳥尾と日野は警察署の長い廊下を歩いて行った。
ここまで読んでいただきありがとうございました。