第一回イベント前哨戦……の前哨戦3
「いやー、オウルちゃん。助かったわン」
ビートは微笑む。
一方のマサトミはほっとした様子で、私はというと苦笑していた。
「エネミー由来の兵器の実戦データなんて、中々得られないもン。良い話を持ってきてくれたわン」
「ほぼ始めから受けるつもりだったくせに」
私が毒づくと、ビートは「あらー」と笑う。
「気付いてたのねン」
「まあね」
そりゃあ気付きもするだろう。
「来た時から飛ばしてたからね」
だって、顔を合わせた時から上機嫌だったんだから。
「そう?」
とビートは首をかしげる。
「そりゃあマサトミに『シミュレーション仮説』の話してたからね。普段だったら適当に誤魔化すのに」
「よく見てるのねンオウルちゃん。私、嬉しいわン」
「そう?」
そう言われると、少しは嬉しかったり。
「そうだったのか?」
マサトミはビートに尋ねる。
「そうよン。気付いてなかったのン?」
「ああ。何と言うべきか。その……、だな。ビートの口調に意識を持っていかれていて、な」
「あらー」
ビートは苦笑する。
「何でこんな『下手に作ったオカマみたいな話し方』なのか、気になっていたのねン?」
「あ、ああ。はっきり言うのだな……」
「ええ。そりゃあねン」
ビートは幸せそうに笑う。
「私、昔は男だったからねン。口調はその時の名残よン」
「……ということは、性転換手術を受けたのか?」
「いーえ。違うわン」
ビートはマサトミの質問を否定する。
「この体はねン。私が一から『造った』のン。あなた達『キャスタニカ』の技術を使って、ねン?」
ビートは語る。
「私ねン。男の体がどーしてもっ! 嫌でねン。なんとか女になれないか、研究してたのン」
「それは性転換手術では駄目だったのか?」
「駄目ねン。だって、性転換手術じゃあ、ちゃんとした子宮と卵巣を作れないものン。私は、『私の子供』を、『女としての』私の子供を、どーしてもっ! 生みたかったの!」
「そうなのか」
マサトミはよく分かっていない声で返事をする。
「確かにねン? 闇市場に売ってあった女性器を買って付ければ、子供は作れたわン。でもねぇ、それで生まれてくる子供は、『女としての私の』子供ではないのン
だから、必死に研究を続けたのよン」
ポン、とビートは、私とマサトミの肩に手を置く。
「そうして出来たのが、人工生命体『キャスタニカ』よン。あなた達のボディは、私の執念で出来たのよねン」
あんぐりと口を開けるマサトミ。
(分かるよ、その気持ち)
私もこの話を初めて聞いた時は、そんな反応したなあ、としみじみと思う。
「出来上がったキャスタニカのボディ、私の今の体のことねン。には、私を移す予定だったから、ちゃーんと魂のない空っぽのボディを作れたのよねン。
そして、ちゃーんと移れたのだけどン。試験用に造ったボディに、いつの間にか魂が入ってたのン。話を聞いてみたら、別の世界のヒトが、フルダイブしてやって来た、って言うじゃなーい?」
ビートは私達の肩から手を下ろし、ため息を吐いた。
「当時は、地球がエネミーから襲われて、劣勢も劣勢だったのン。だから、私と、私の『キャスタニカ』は軍に持っていかれてねン。そして、あなた達は『ゲーム』として私達を助けてくれる代わりに、私達はあなた達の『ゲーム』に協力することになったのン」
ビートは一瞬、悲痛な表情を浮かべるも、すぐ普段の微笑に戻った。
「ま、こんなことがあったのよねン」
何か言おうとしてやめるマサトミの言葉を待つ。
結局、彼が言ったのは、無難な言葉だった。
「だから、この世界がゲームの世界だと、作られた世界だと、ビートは思うのだな?」
「ま、これは理由のひとつねン」
「そうか」
なにやら悩んでいる様子のマサトミに、私もビートも声をかけない。彼自身で、悩んで、答えを出すことが大事だからだ。
「……とりあえず、情報過多過ぎて頭が混乱している。『ビートがキャスタニカを発明した』という情報だけ、攻略サイトに上げようと思うのだが。オウルはどう思う?」
「私? ……そうだね、それくらいならいいんじゃない?」
「そうか。では悪いが、ログアウトする。今日は、なんというか……。疲れた」
「おつー」
「お疲れさまぁ」
マサトミの体から力が抜け。目が青く光ると、無言でエネミー研究部本部の建物から出ていった。ログアウト後の自動モードに入ったのだろう。
「ところでオウルちゃん?」
「どったのビート?」
「攻略サイト、って、あなた達の世界から見た、私達の世界をまとめたもののことかしらン?」
「だねえ」
「それって、私が見ることは出来るかしらン?」
「どうなんだろ?」
私は腕を組んで考える。
「この世界にいる間は、私の世界のネットは見れないからー。たぶん無理、かなあ?」
「そうなのねン」
「あっ」
私は、自分の思い付きに手をポンと叩く。
「でも、キャスタニカの『掲示板』なら見れるかも?」
「掲示板? ああ、ネット掲示板みたいなもののことねン。キャスタニカはそんなモノを使えるのン?」
「だねえ」
「ふむン……」
ビートはうなり、腕時計型デバイスの空中投影器を開いて何やらメモを取る。
「キャスタニカが『謎の通信』をしていることは、知っていたのだけれどぉ。そのひとつが掲示板なのねン。だとすると、通信プロトコルはー……」
空中投影器を止めて、ビートは言う。
「そのうち、掲示板に書き込みするわン。出来るようになったら連絡するからー、オススメの板教えてねン?」
「いいよー」
「じゃ、マサトミの船『駆逐艦アサギリ』だっけぇ? に、どういうふうに、シールド発生装置を乗せるか。一緒に考えましょうン?」
「おけおけ。でも、私あと一時間しかこの世界にいられないから、そこはよろしく」
「分かったわン」




