第一回イベント前哨戦……の前哨戦2
「オウルちゃん、もう来たのねン」
マサトミとエネミー研究部本部に入ると、そこのロビーで、腰まである黒髪の似合った、とんでもない美女が待っていた。
「ビートさん、お久しぶりです」
「やだもうオウルちゃん。私と貴女の仲じゃなーい? もっと砕けていいわよン」
「それもそうだね。ごめんごめん」
「いいわよン」
私達だけで盛り上がるのも悪いので、早速左隣のマサトミを紹介する。
「こちら、例のコルベットを鹵獲した、マサトミです」
「マサトミだ。駆逐艦アサギリに乗船している。よろしく頼む」
「マサトミくん、ね……」
ビートは一瞬だけ視線を鋭くした後、普段の微笑に戻った。
「『リアルアバター』なのに中々のイケオジじゃなーい? 素敵ねン」
マサトミは硬直するも、気にせず私は話す。
「あやっぱりリアルアバターなんだ」
「表情筋の動き方から言って、確定ねン」
「ビートはそっちから判断したのね。私は毛穴の感じから判断した……」
「ちょっと待ってくれ」
再起動したマサトミが、なんとか、といった感じで私達を制止する。
「うン?」
「なぜ、私がリアルアバターだと? いや、その前に」
マサトミは、恐怖混じりの表情で言った。
「なぜNPCが、現実の存在を知っている?」
そんな怖いことじゃないのになあ、と苦笑する私を尻目に、ビートは説明する、
「なぜも何も。この『世界』が誰かに作られ、維持されていることが明らかだものン」
納得していない様子のマサトミに、ビートは決定的な証拠を口にする。
「例えば、船の燃料の『デューリウム』。あれ、どう考えてもこの世界に存在出来ないものン。
普段は普通の燃料として使えて。ジャンプの時は一瞬で消費される。そんな都合の良い物資があるわけないわン。
だから、『この世界』は貴女達によって、作られ、維持されていると判断したのだけれどン。オウルは『違う』って言うのよねン」
「まあねー」
私は苦笑混じりに言う。
「私、リアルだとフルダイブインフラ関係の仕事してるんだけど。あそこで使われる機械程度でフルダイブが出来る訳がないのよ。だから、『こっちの世界』も、誰かが作って維持してると思うんだけど」
「その話はもっと深掘りしたいけどねン。マサトミくんが置いてけぼりになってるわン。ここまでにしましょ?」
「だね」
この話はここまで、と区切り。
私は、本題に入る。
「ところで、マサトミが『鹵獲したコルベットの部品を使いたい』って言っているんだけど。エネミー研究部で拒否したらしいね。何でなの?」
「ああ、それねン」
ビートは頷いて答える。
「それはね、あのコルベットの部品を研究に使うからよン」
それは、納得出来る回答だった。
「エネミーを鹵獲するのは、とっても難しいことなののン。奇跡と言ってもいいわン。だから、鹵獲出来たものは、その部品のひとつひとつに至るまで、しゃぶりつくさないとねン」
「……だが、戦利品の所有権はそれを回収した者にあるはずだ」
マサトミが、船団の法律を持ち出すと。
「『船団の存続に関わる物資』は、船団に優先権があるわン」
とビートは憲法を持ち出す。
黙り込んだマサトミに、私は助け船を出すことにする。
「マサトミ、駄目だよその言い方じゃあ。頼み方が下手」
苦笑しつつ、ビートに尋ねる。
「ねえビート。そのコルベットに、シールド発生装置、って何台あった?」
「四台ねン」
「そのうちの一台をさ、実地研究してみない?」
私の言葉に、ビートは楽しそうな表情になる。
「流石オウルちゃんねン。話が分かっているわン。でも、念のためにその『案』を聞かせてン?」
さて、ここからが勝負だ。
「まず、シールド発生装置に限らず、エネミー由来の機械は耐用限界がよく分かっていない。それは確かよね?」
「だねン」
「そして、実際に船に乗せた時、どんな挙動をするかも、だいたいでしか分かっていない」
「そうねン」
「そこでマサトミの出番です」
左手でマサトミの右肩を叩きつつ、PRする。
「マサトミは熟練の駆逐艦乗りです。コルベット級エネミーを鹵獲出来る程の、ね。そんな彼の船に、とりあえず、複数あるシールド発生装置のひとつを乗せて、実地試験を行います。
そのデータは『セーブ』の際に船団にもたらされるので、確実にエネミー研究部は実地試験のデータを得られます」
「でもオウルちゃん。それだと、出先でマサトミくんの船が沈んだ時、データが得られないわン」
「その心配はありますが、少ないです」
自信満々に、私は言う。
「マサトミは駆逐艦六隻、コルベット八隻からなる『キスカ駆逐艦隊』のリーダーで、今はその艦隊で固まって行動しています。
なので、この艦隊のうち一隻でも船団に帰還出来れば、『セーブ』されます。
確実、とは言えませんが。少なくとも二、三回は実戦データをもたらしてくれるはずです」
「ふむン」
ビートはマサトミに値踏みするような視線を向ける。マサトミはそんな視線を真っ正直から迎え打つ。
沈黙を破ったのは、ビートだった。
「マサトミくん」
「はい」
「五回」
ビートは、右手を広げて示す。
「最低五回は、実戦データが欲しいわン」
「分かった」
「一回戦う毎に、シールド発生装置のオーバーホールを行うわン」
「大丈夫だ」
「それが満たせなかった時は、リアルの話を聞かせてねン」
「それでは!?」
「うン」
ビートは広げていた右手を差し出す。
「契約、成立ねン」
「ありがとうございます!」
マサトミは、ビートの手をとった。




