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現代恋愛もの

送り狼の本心は

作者:

両片想いを拗らせた幼馴染み男女がメイン。

設定上、よく考えなくてもはた迷惑な二人です。色んな意味で。


 ──だんっ!

 ジョッキをテーブルに叩きつけた音と不釣り合いな、よく通るメゾソプラノの声が居酒屋に響く。


「うわぁぁぁん! また、また振られたぁぁぁっ!」

「うん、まあ、そりゃあねえ……愛莉(あいり)だし」

「だよね……結果はもう見えてたもんね」


 カウンターに座り、ほろ酔い──そんな可愛らしい状態かどうかは異論が出そうだが、とにかく酔いに任せてくだを巻く愛莉の両隣で、親友二人がフォローの余地もない様子でうなずき合った。


 店内に他の客の姿はなく、愛莉の騒ぎっぷりが営業妨害になっていると誤解されかねないが、ここは彼女の叔父が道楽で経営している場所であり、可愛い姪とその友人たちに甘い彼は、気軽に店を貸し切り状態にしてくれるのだった。そう、特に季節に一度の割合で、愛莉が恋人に振られてしまった時などには。


 最早おざなりの同情さえ示してくれない親友たちを、愛莉はきっ! と潤んだ目で睨み抗議する。


「遥も菜月も酷い! 親友が振られて落ち込んでるんだから、少しくらいは慰めてよー!」

「別に私たちが慰めなくたって、あんたには専属の慰め役がいるでしょうが。……て言うかむしろ、その慰め役のせいで自分が振られてるってことくらい、いい加減に自覚したらどう?」

「そうそう。いくら愛莉にとっては幼馴染みのお兄さんだからって、彼氏にとっては立派に恋敵(ライバル)になり得る男なんだから。それでなくとも、美形で切れ者でエリートの、家族でもない男が恋人の身近にいるなんて、彼氏としては物凄くプライドが揺らぐ状況でしょ?」

「そ、れは……でも私なんか、女としては(かなめ)兄さんの眼中にないし。お互いに男女の仲になんかなりようがないからって、これまでの彼氏にはちゃんと説明してきたんだよ? なのに……」


 歴代の恋人たちに説明を信じてもらえなかった悲しみと、幼馴染みにして初恋の相手の恋愛対象になり得ないことへの辛さ。愛莉が一体どちらに対してより落ち込んでいるのか、長い付き合いの親友たちはあえて突っ込んで聞くことはない。特に遥の方は、愛莉とは小学校入学以来の仲なのだから、今更改めて確認するまでもなかった。


 ──全く。何を考えてるんだか、あの愚兄は。


 三人いる兄のうち、五歳年上である末の兄の無駄に端整な顔を思い浮かべ、遥は内心で盛大に舌打ちをする。


 女としては眼中にない? 男女の仲になんかなりようがない?

 そんなわけがあるか。だったら何故、あの多忙の兄がこうも毎回──


 がらっ


「いたいた。愛莉、また荒れてるのか?」

「か、要兄さんっ……!」

「もう、毎度ながら遅いわよ、要(にい)。どうせ来るなら、愛莉にアルコールが回る前に来なさいよね」


 渋々ながら兄を呼び出した張本人であるところの遥が、酒のせいだけでなく赤面する愛莉の横から半眼で言い放った。


 可能なら遥本人が愛莉を送っていきたいところだが、もう一人の親友である神堂グループ次期総帥夫人、旧姓瑞原あやめの専属護衛などをしている立場では、簡単に愛莉の家に泊まり込むことはできない。今回のような飲み会程度の時間なら融通は効くが、さすがに一晩を留守にするとなると、せめて数日前に分かっていなければ不可能なのだ。いくら多方面に情報網をもつ遥でも、愛莉がいつ恋人に振られるかなんて、予想はしていても正確な日時など分かるはずもない。

 当のあやめは大丈夫だと言ってはくれるが、彼女は現在妊娠中の上、神堂家や瑞原家の敵の多さを熟知する身としては、軽々しく甘えてもいられないのだ。


 そうでなければ、愛莉のことで兄を頼るようなことは絶対にしたくないのに。──恋人と別れた日は決まって潰れるまで飲む愛莉を、一人暮らしの家まで送り届けた夜は毎回、翌朝まで連絡が取れなくなるような、実の兄ながら非常に下衆な男になど。

 愛莉は飲み過ぎると記憶を飛ばすので、具体的に何があったかは知り得ないが、要という人物を知った上で何も想像できないのならただの間抜けだ。


 ──愛莉本人が何だかんだと惚れ込んでさえいなければ、絶対に要兄を近づけたりなんかしないのになあ……


 とは言うものの、要のみならず兄たちは全員、何であれ近づきたいと思えば、妹の妨害などものともせずにやり遂げてしまうのだけれど。

 いっそ歯ぎしりしたくなるほど忌々しい事実に、遥は先ほどの愛莉と同様、ぐいっとジョッキを空にした。


「遥? どうしたのよ?」

「別に」


 菜月の問いに投げやりに答えつつ、恒例の愛莉と兄のやりとりを見やる。

 アルコールですっかりタガが外れた愛莉は、甘えモード発動で要に泣きついている。──遥としては、変に遠慮せずに普段からそうしろと言いたいくらいだが。


「聞いてよ要兄さん! 私、また彼氏に振られちゃったの! まだ一ヶ月ちょっとしか付き合ってないのに! もうこれで、今年になって三人目だよ!?」

「うん、そうだな。今回の奴は特にだが、愛莉の恋人はみんな向こうから告白してくる割に、根性や堪え性ってものがない」

「……後方彼氏面しつつ、裏では率先してその根性やら堪え性やらを刈り取ってる奴が、よくも言うわよ全く。ねえ菜月?」

「ノーコメント」


 既に完全な飲みモードに入った遥と菜月をよそに、例によって愛莉を膝の上に横座りさせた要は、よしよしと彼女の髪と背中を撫でてやる。


 その優しさと温かさに刺激されたのか、愛莉はこてんと要の肩に頭を乗せ、くすんと涙に鼻を鳴らした。


「うう、どうして私は、恋人付き合いが長続きしないのかな……やっぱり、要兄さんへの初恋を引きずってるのが駄目なのかも。ねえ兄さん、責任を取って私と付き合ってくれない?」

「ああ、喜んで。ようやく愛莉の方から言ってくれたか」

「……へ?」


 あまりにもあっさりとうなずかれ、愛莉の口がぽかんと開く。

 そして、何やらむっと顔をしかめた。


「……まさか冗談だと思ってる、要兄さん? 酔ってるけど私は本気なんだからね」

「俺だって本気だよ。でなきゃ、会食の予定を直前キャンセルしてまで、酔った愛莉を迎えに来たりしない」

「ええ!? ま、待ってよ、会食をキャンセルって……!」

「まあ、相手が神堂グループ御曹司っていう融通の効く相手だったから、悪影響はほとんどないけど。今の愛莉の申し出は録音してるし、覚えてなくとも撤回は応じないから覚悟しろよ?──これまでは一晩中抱いても、その度ごとに綺麗に忘れられてて、結構きつかったんだからな。元はと言えば、最初の夜に朝まで一緒にいられなかったのが悪かったんだろうが」

「う、え、あのっ……ひ、一晩中って……」


 間違っても酒のせいではなく、指先まで真っ赤になった愛莉を抱き上げ、要はそのままお姫様抱っこで入り口へと向かう。

 そして、兄のあからさまな発言にごほごほむせている遥を振り返り、にやりと笑ってこう宣言した。


「というわけで、きっちり責任を取れるようになったから、もう心配や小言は必要ないぞ。いずれ別の予定が持ち上がるだろうし、その時は母さんともどもよろしく頼む」

「ごほっ……わ、分かったわよ! もう、さっさと愛莉をお持ち帰りしてよね! ただし酷使のしすぎは駄目よ!?」

「善処はするが、今日は金曜だからなあ」

「……要兄?」

「はいはい、分かったからそんなに殺気を込めて睨むな」

「全くもう……ねえ愛莉、前から聞きたかったんだけど、こんな(やつ)の一体どこがいいの?」

「は、遥。目が据わってるよ……?」

「やれやれ、今度は遥が微妙に切れちゃったわね。とりあえず要さん、遥は私が引き受けるので、愛莉をよろしくお願いします」

「ありがとう、菜月ちゃん。まずないだろうけど、もし遥が潰れた時は──」

「分かってます。神堂家の第三警備隊長さんに連絡、ですよね? あやめ経由で携帯ナンバーは聞いてますから大丈夫です。最悪、理事長に助けを要請する手もありますし」


 瑞原財閥の嫡男にしてあやめの実兄、かつ母校の学園理事長である男性の個人秘書を勤める菜月は、さらりと要の頼みに応じる。


「ああ、そうか。菜月ちゃんは瑞原先輩の恋人だったっけ」


 一学年上の超優秀な男を思い浮かべて納得した要の耳に、何故かかちりとスイッチが切り替わるような音が届いたような気がした。


「恋人ではありません。確かにパーティー等にエスコートはされますが、あくまでも秘書としての業務上のことなので。そういった多大なる誤認は、是非とも即座に訂正願います」


 完全なる秘書モードでの要請に、名状しがたい圧を感じた要には、素直にうなずく以外の選択肢はなかった。腕の中の愛莉もまた、気圧されたせいか若干青ざめた様子である。


「……分かった。とにかく、申し訳ないけど妹のことはお願いするよ。おやすみ」

「はい、おやすみなさい。愛莉もおやすみ」

「おやすみ、愛莉。正直複雑で仕方がないけど、初恋が叶ったことにはおめでとうと言っておくわ」

「うん。ありがとう」


 恥じらいつつも嬉しそうに微笑む愛莉は、この日もまた一晩中、要に抱き潰されることになるのを知らない。

 そして、やはり翌朝に記憶を飛ばして目覚め、それはもういい笑顔の要に交際申し込みのセリフを、前後も合わせてエンドレスリピート再生で聞かされることになるのも。

 遥の予想通り、手回しよく休みをもぎ取ってきた要に、長年の想いを日曜の朝までたっぷりと心身に思い知らされることも、一切の予想の外だった。




 遥のもとに、要と愛莉の結婚話が、めでたくも無事に(?)持ち込まれるのは、その日からちょうど一年後のこととなる。






 おわり

お読みいただきありがとうございました。

前作同様、さらっと読める話になっていればいいなと思います。


以下、キャラ紹介。


*藤宮愛莉(24)

本編中に姓は出ていないが、本名はこれ。近いうちに旦那の姓に変わる予定。

アジア有数の企業である神堂グループ本社の受付嬢。全般的に社員への要求が恐ろしく高い会社なので、受付嬢にもトライリンガル以上の語学力が必須。そのため、実は愛莉もかなりの才女なのだが、プライベートでは全くそうは見えない。

容姿は、肩までのソバージュヘアの可愛い系美人。

なお、元彼たちとは誰かさんのせいで、ほとんどが深い関係になる前に破局したため、交際人数の割には経験は少ない。要が三人目くらいで最後。


*桐生遥(24)

前作から引き続き登場。170cmの長身を誇る中性的美女。育ちのせいか、姿勢や歩き方がとにかく颯爽としているので、モデルにスカウトされたことも数知れず。

仕事は本編にある通り。第三警備隊長とは、端から見れば「友達以上恋人未満」、遥の意識では「職場の先輩兼セフレ」。数年後くらいに、業を煮やした相手に力ずくで囲い込まれると思われる。


*高梨菜月(24)

後頭部でまとめた艶やかなロングヘアと伊達眼鏡が似合う、そこはかとない色気を漂わせた知的美人。

仕事で気を遣いまくる分、プライベートでは割と面倒くさがりの事なかれ主義。間違ってもずぼらではないけど。

作中で酒に一番強く、ザルを通り越してワク。「酔ったところを見てみたいな」と悪戯心を起こした理事長はじめ、数々の男性たちを軒並み潰してきた猛者。

将来的には理事長夫人……になる予定だが、相手が誰であれ口説き落とされる図が思い浮かばない難儀な女性である。理事長も作中最高レベルにやり手のはずなんですがね……


*桐生要(29)

遥の兄で桐生家三男。次兄(32)と共同で警備会社を興し、その副社長の地位にある(次兄が社長)。ちなみに父(64)は元警視総監、長兄(34)はキャリア組で警視庁の警視という、バリバリの警察一家でもある。

一見したところは細身の端整な美形だが、まあ家族がこんななので昔から徹底的に鍛えられており、脱いだら凄いタイプ。当然、体力や持久力も桁外れ。愛莉は頑張れ。

稽古と運動を兼ねて、次兄と手合わせするのが平日の日課。たまに遥や長兄も加わる。兄弟間での実力は、体格差等は抜きで、次兄>長兄≧要>遥。フィジカル面を加味すれば、遥と兄たちの差はもっと広がる。

遥「事実だけど酷くない?」

第三警備隊長「ちなみに俺は、長兄さんと同レベルくらいらしい。……次兄さんはどんな強者?」

遥「まあ、要兄以外の実戦担当の社員(黒帯レベル)全員と一本勝負して、汗もかかずに圧勝するレベルだからね……これで一応、社長ができるくらいの頭も持ってるから腹が立つわ。実務能力は要兄が上だから、割と任せっきりなんだけど」



*神堂龍哉(24)

*神堂あやめ(24)

前作メインキャラ。神堂グループ次期総帥である御曹司とその妻。

あやめも愛莉たちの親友ではあるが、旦那がとにかく過保護で妊娠中ということもあり、なかなか外出させてもらえない。

あやめ「遥ばかりずるいと思うのよ」

遥「いいからしばらく大人しくしてなさい。お酒の匂いでつわり症状が出るくらいなんだから、居酒屋とか飲食パーティーは無理でしょ」


ちなみに、理事長を含めた全員が同じ学園出身です。

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