「指導」
と、いうわけでやって来ました、生徒指導室。
新入生歓迎会の時に、生徒指導部の先生から説明があり、「問題を起こした生徒はここで指導を受ける」ということも知っていた。
でもまさか、入学から二週間ほどで自分がお世話になるなんて想像もしていなかった。あの時も、どうせ僕には縁のない部屋だと軽く聞き流してたくらいだ。
僕と打山くんはパイプ椅子に並んで座り、あとの三人はその後ろに立っていた。そして僕らは、テーブルを挟んで目の前の二つの空席をじっと見つめる。この時間が、もうすでに地獄の始まりのように感じられた。
はあ……と、自然に溜息が漏れる。中学までは、これといって特に指導を受けた経験はなかったから、高校でも平穏に過ごせると考えていたのに。ついていない。
それにしても、重音部の先輩達はこうなることがわかっててライブをやらせたのだろうか。それとも、ただ単に詰めが甘かっただけだろうか。
とりあえず、なんで打山くん達に指示を出した人達が指導の対象外になっていて、僕らだけが呼ばれているのか教えてほしい。
「生徒指導部長の先生ってさ、丹山っていうんだけど、いっつも不機嫌そうな顔してるから、生徒間ではオニヤマって呼ばれてるらしいぞ」
打山くんが耳元でそう囁いてきた。
すごくベタな渾名だな、と思ったけど、ここは黙って頷くだけにしておく。噂をすればなんとかっていうし、今その先生が部屋に入ってきたら色々とまずい。
「ごめんな」
「えっ?」
突然、打山くんに謝られた。僕は咄嗟に、顔を彼の方に向ける。
「お前、ほんとは重音部じゃないのにさ。なんか、巻き込む形になっちゃったな。悪い」
申し訳なさそうな顔で言われると、こちらも申し訳なくなる。そんなつもりじゃなかったんだけど……。
確かに、僕は仮入部すらしてないから、重音部とは全く持って無関係なのだ。いや、でも今はそんなこともないか。僕だってもう、十分関わってるんだから。
「うん、まあ確かに僕は重音部じゃないけど、協力しちゃったんだから共犯者だとも思う」
「おお、潔いな。じゃあ今日の放課後、俺と一緒に部室まで来てくれないか? お前も入れてくれるよう、部長に取り計らってやるから」
「イヤだよ」
「即答かよ! そこはフリでもいいから、ちょっとは悩んでほしかったんだけどなぁ」
むしろ、なんでそうなるのか簡潔な説明が欲しい。僕はただライブに参加したってだけで、入るとは言っていないのだし。
時に、打山くん達はもう本入部が決まってるのかな? ライブは失敗したのに。あれ、入部審査のライブじゃなかったの? 後ろの三人は黙ってるけど……。
そんな会話をしているうちに、ドアが開いて二人の先生が指導室に入ってくる。一人は生徒指導の丹山先生、そしてもう一人が……。
無言で僕らの前に腰かけたのは、丹山先生と我らが担任、柊木先生だった。
え? この人、生徒指導部だったの? 少し……というか、かなり気まずい。
「えー……初めに訊きたいんだが。お前達、許可はとったのか?」
最初に丹山先生が切り出し、僕らの顔を順に見ながら尋ねた。
「いえ、勝手にやりました」
即座に答える打山くん。それこそ、潔いなと感心してしまう。
丹山先生は続けて、
「中庭であんなバカ騒ぎを起こせば、一部を除いて他の生徒や職員の人達に迷惑がかかること、わかるよな?」
と、眉間に皺を寄せながら問いかける。ごもっともな意見だ。
打山くんの言ったように、すごく怒っているように見える。入学式の時も怖そうな人だなという印象を受けたけど、間近で見ると尚更そのイメージが濃くなる。
みんなもその表情に怖気づいたのか、「はい」と声を揃えて言う。ここで口答えでもすれば、忽ち怒声が飛んできそうだ。
「今回の一件は、重音部顧問の先生を通して聞いている。去年、発足したばかりの部活だから仕方ない部分はあるかもしれないが、今後またこんなことがないよう、その先生にもよく言って聞かせるように話してある。差し当たって、反省文を今日の放課後までに各自、生徒指導部まで提出すること」
丹山先生は最後にそう言って立ち上がり、粛然とした足取りで部屋を出ていった。
次いで、柊木先生も何も言わずに出ていった。結局、柊木先生は指導の間、一言も口を開かなかった。しかし、これからホームルームで嫌でも顔を合わせることになる。
うーん、気まずいな。まあ、悪いのはこっちだから仕方ないけど。
指導室を出て、教室に戻る途中、打山くんは隣でこんなことを呟いた。
「あ〜。放課後、また指導か〜。身から出た錆とはいえ、気が重いぜ」
重音部は放課後、顧問の先生からも指導があるらしい。僕は仮入部もしてないし、関係なくも……ないか。
「僕も行った方がいいのかな……?」
「いや、お前は来なくていいよ。今日は悪かったな、まじで」
「でも、一応、僕も関係者なんだよね?」
「だって、もう暁は入部しないんだろ? だったら、来てもデメリットしかないぜ? まぁ、俺としては、入ってほしかったんだけどな」
「あ、いたいた!」
「お〜い!」
教室が見えてくるやいなや、女の子が二人、そう声を上げながら中から出てきた。
確か、同じクラスの……葉山さんと矢倉さんだ。
僕ら二人の前に駆け寄ってきて足を止めると、彼女たちはやや興奮したように話した。
「聞いたよ! 中庭でライブしたんだって?」
と、葉山さん。
「そうそう。クラス中の噂になってるよ? なんでも、仮設ステージまで作ったとか!」
矢倉さんもそう言って、上目遣いに興味津々な目線を向けてくる。
もうそんなに広まっちゃってるんだ。この学校のネットワーク、恐るべし。
……いや、うちのクラスが特殊なだけかもしれないけど。
っていうか、あれは仮設ステージにもなってなかったんじゃないかな。アンプが置かれてたこと以外はただダンボールを積んだだけだったし。
でもまあ、よく考えれば話題になるのも納得できる。あれだけの騒音を流せば、噂にもなるのだろう。
「まあな。もっと集客数があればよかったんだけどな!」
打山くん、なんでそんなに得意そうなんだよ。さも成功したかのような口振りで話す彼に、きっと僕は冷めたような視線を送っていることだろう。
葉山さんたちは「じゃあね」と言い、再び教室に戻っていった。あれだけ伝えるためにわざわざここまで足を運んだのだとしたら、すごくどうでもいいことに労力を割いてる気がする。
教室の中はもうほとんどの人が登校しているのか、すでに騒がしかった。あと数分で始業時間だから仕方がないけど、それが僕にとってマイナスに働いたのは言うまでもない。
足を踏み入れた途端、教室のいたるところから視線を感じた。もちろん、よくない意味で。矢倉さんの言っていたことは本当だったみたいだ。
打山くんは注目されてなんぼといった様子で、主に女の子たちに向けて手を振っている。さっきもちょっと思ったことだけど、どうして彼は平然としていられるのかな。ライブが失敗に終わっただけでなく、指導まで受けたのに。プレイボーイだから?
席に着くと、ホームルームが始まるのを僕は視線を伏せたまま待つことになった。そうならざるを得なかった。
なんでこんなことになってしまったのだろう。そんなことを考えても、もはや後の祭りなのはわかってるけど、やはり後悔しかない。
ふと、誰かが僕の真横を通った。咄嗟にそちらに視線を投げると、四十谷さんだった。彼女は僕と目を合わせず、前の席に腰を下ろした。
長い髪を、今日もポニーテールにしている。その時、不意にこんな疑問が脳裏を掠めた。
――彼女は、どんな気持ちで僕たちのライブを見ていたのだろうか?
そして何故、見たいと思ったのだろうか。
訊きたいけど訊けない。僕は、彼女とはあまり話したことがないのだ。入学式の日のことが軽くトラウマになってるから、反応が怖くて話しかけられないだけかもしれないけれど。
それでも、四十谷さんと話がしたい。何故だかそう思った。
思いきって、声をかけてみようかな? でも、やっぱり、いきなりかけたら驚くかな?
そのように話しかけるタイミングをつかめずにいる僕の耳に、朝のホームルームを知らせるチャイムの音が高らかに響いた。