いつもの火曜日 その1
火曜日の俺の朝は遅い。10時45分からの講義に間に合えば良いので朝はのんびり出きる。他の曜日も1限目の講義はとってないので基本的に朝は家族よりも遅めの起床、準備となる。そもそも1限目の講義自体少ない。教授たちも朝一で講義するのはしんどいのかもしれない。講義は2~4限目に集中している。教授たちにとってそうした方が楽だからだろう。そして、講義を受講する学生たちにとってもゆったりと大学生活が送れる時間帯である。夜のアルバイトに余裕で行けるし、朝は自分と同様にのんびりと過ごせる。教授陣、学生両者にとって大変都合が良いのである。そう俺は解釈していた。
さて、今日の講義と卒論とレポート制作に必要なコピーした史料やノートなどを鞄に入れた。
俺の鞄は入学祝いに親に買ってもらった黒いショルダーバッグだ。中々気に入っている。
今日の講義は覚えているが一応スマホで時間割を見る。今はスマホから大学のホームページを見て時間割を確認できるのだ。講義は東洋思想と外国史の2つだ。昼食を挟んで3時間である。1日の講義の時間が少ないのは大学ならではである。大学生が講義の合間や早めに終わった時の過ごし方は人それぞれだ。提出物の作成や勉強をする人もいれば、友人と無駄話に興じる人もいる。今日の俺の場合は勉強である。
準備が終わった俺は家から最後に出ていった。他の家族はもう仕事に行ってしまっていた。自転車に跨がった俺はのんびりと駅に向かって漕ぎ始めた。外の気温がだいぶ高くなっていた初夏の日光は眩しかった。でも、この程よい暑さが心地よくずっとこの天気だったらいいのにと思わずにはいられなかった。時折すれ違う人はこの過ごしやすい日中に気分が良さそうである。大通りを自転車で移動していると車の往来が多いと感じる。バスが通過する。バスが大勢の人を乗せているのが見えた。若い人が多いようなのでたぶん大学生だろう。他にもスーツの人や学生服を着ている人もいる。学生服ということは高校生だろう。こんな時間だと学校には完全に遅刻だと思う。何をしているんだろうと不思議に思えた。まぁ、遊ぶんだろうとそのぐらいに思った。大通りの桜並木は花びらは散り、緑色の草が繁っている。いつもの光景である。暖かい日光と空気、涼しい風の中で俺は駐輪場に着いた。この駅には複数の駐輪場がある。大抵は有料であるが、俺は定期を買って毎日利用料を払うより安く利用している。自転車を駐輪した俺は駅へと向かった。
俺の最寄りの駅はまた別にあるが利便性を考えるとこの大規模な駅に来る。最寄りの駅からだと乗り換えなくてはいけない。その点、いつも使うこの大きな駅からなら乗り換えなしで電車一本で行ける。駐輪場の代金を含めても大規模なこの駅の方が安上がりなのである。駅に到着した俺は駅構内の売店で昼めしを買った。大学にも売店や食堂、コンビニがあるが、昼時に行くと目茶苦茶混んでいる。並んだり混んだりしているところにいると落ち着かない俺はそれを避けるためにいつも駅の売店で昼食を買うのだ。今日はパン二個とお茶のペットボトルを買った。
ふと、駅構内を俺は見渡した。何となくである。見ているともうほとんどスーツの人はいない。いるのは若い私服を着たたぶん大学生と思われる人たちと育児休暇中だろうか子連れの主婦がほとんどである。みんな思い思いに過ごしているのだろう。
片手に昼食を入れたビニール袋を持ち、大きなあくびをしながら俺は駅のホームへと行った。さっき買ったお茶を飲みながら電車を待つ。ほどなく電車が入ってきた。毎日通学しているうちに俺は家を大体何時何分出ればちょうどよく電車に乗れるか分かるようになった。同じ時間に乗るにしても待つ時間があるのと待たないで乗れるのでは気分が大きく違うのである。待たないで乗れる方が気分が良い。いいことがありそうな気がするくらいである。気分よく電車に乗ると席が空いていた。この時間は朝の通勤ラッシュが終わった後なので比較的に空いている。たまに混んでいる時もあるが、今日は空いていた。席に座った俺は鞄から本を出した。読む本は新書で清末の歴史についてまとめられたものである。李鴻章何かに興味を抱いている俺には面白すぎる代物である。末期の清は伝統と革新の間で場当たり的な政治判断が多かったように思える。中国にとってつらく苦しい歴史だろうが、そうした中でいかに生き抜くかを模索した清の人々に面白さを感じるのだ。
電車に揺られること15分。動物園のある駅に止まった。外を見ると同じ色の帽子を被った園児たちが二人一組になって整然と並んで改札口の方へと歩いていった。小さい子を見るとほんわかした気持ちになる。育てるのは大変だろうが、見ている分には可愛らしくて癒される。電車の中を見ると残るは大学生ぐらいのようである。スマホをいじったり雑談をしたりしている。いつもの何でもない風景だ。すっかり見慣れた光景である。もう卒業まで一年ちょっとを切っているのが信じられない気持ちである。
3年生の後半になり、就職活動へと重点を移しつつ、卒論の準備を進めている。テーマは絞ってきているが、まだ、確定はしていない。満州族の歴史について研究してみようかと考えている。特に満州族の前身の女真族の前身の靺鞨族についてやろうかなと考えている。何か情報がないかと国会図書館に調べに行ったが、あまり文献資料がない。あっても渤海のことである。考古学なら書籍化されてるものもあり、そちらを中心に調べることになりそうである。後は大学の図書館にある正史や册府元龜、資治通鑑、文献通考、通典、高麗史、三国史記に当たるしかない。それらの中の情報量は決して豊富とは言い難い。必要な情報をかき集めて何とかまとめるしかない。ちゃんと形になるかどうか不安になりながらテーマ決めをしているところである。
卒論について考えていると電車は最寄りの駅へと到着した。駅の周りは家やアパートが何軒かと大学生向けだろうかチェーンのお食事処があるだけである。電車から降りると他にも同じ大学の学生だろうか、十人ほどの若者が降車していた。うちの大学に通う学生のほとんどはバスで来る。電車で通学している人は少ないとは言えないが、学生全体の割合からすると少ない。電車は例え混んでいても前の駅で降りる人が大半である。その駅はまた別の二つの大学の最寄りの駅で大勢の人が電車を利用しているようである。
駅から出て他の学生と自然と隊列を組むように整然と歩いていった。東口を出たところの信号を渡る。走る車はこの辺の人口密度からすると多いように思える。何か理由があるのだろうかと思うがさっぱり分からない。というよりも深くは考えない。どうでも良いことであるからだ。目の前に問題として現れない限り、気にしないという人は多いのではないだろうか。でも、学者肌の人は何でもないものに何故と考える人もいるだろう。しかし、大半の人は実感しないと興味を抱かないのではないだろうか。俺もその一人だろう。
大手牛丼チェーンの店の横を過ぎ、坂を登った。大手牛丼チェーンの店にはトラックが駐車されており、店内にはいかにも肉体労働してますという人や学生と思われる人がいた。男しかいなかった。女性はあまりこういう店には来ないのかなと思いながら歩いていった。
坂を登るとちょうど山の上にあるようにうちの大学は聳えたっていた。いくつかの高い建物で構成されている我が大学は全国屈指のマンモス校である。文系も理系も豊富に学科があり、様々な学生が通っている。俺の所属している学科は史学科である。歴史を専門的に学ぶ学科である。
校内に入った俺はまだちょっと2限目までには時間があったので、図書館に寄ることにした。今読んでいる本がもう時期読み終わるので新しく本を借りようとおもったのである。うちの大学の図書館は独立した建物の中にあり、古いものから新しいものまで、そして、様々な分野の本が置かれている。俺は本棚には行かずカウンターに向かった。ここの図書館はネットで貸し出しの予約が出来るのだ。今日、俺が借りたのは西遊記と封神演義である。中国文学の古典を読んでみたいと思ったからである。西遊記は昔、テレビでドラマをやっていた。ものによって話が変り、本当の話はどんなものか気になり借りてみた。封神演義も漫画が以前有名雑誌で連載されており、それも原作と話が違うらしいということを知り、本来のストーリーを知りたいと思ったのである。
図書館での用事は終わったので、俺はまだ少し早いが講義室へと向かった。歩きながらスマホで暇な友人はいないか調べてみたが、みんな講義中であった。駅の売店で買ったお茶を飲みながら食堂の横を通り目的の建物に入った。校内は学生たちが思い思いに過ごしている。ギターを背負う軽音サークルかな人もいれば人目を憚らずイチャイチャしているカップルもいる。自分のやりたいように生きれるのが、大学生というものである。それを彼らは実践しているように思える。俺にとっても大学というのは自由に生きれる空間だと思う。暇な時は友人と無駄話し、時には図書館で勉強する。自分の好きなことだけ勉強してれば良い。そんなこの大学という空間にいれることは幸せなことに思う。
2限目の東洋思想の講義が行われる建物に入った。講義室は5階である。階段で登るのはきついのでエレベーターで行くことにした。休み時間だとエレベーターは次の講義室へと向かう学生で溢れるが、今は講義中なので乗る人はほとんどいない。それでも二人組の男子学生と同じになった。二人組は真面目そうなでも洗練された髪型と服装をしていた。男子学生の二人組は3階で降りていった。一人となった俺は5階に到着した。トイレを済まして自分の受講している講義室に向かった。ちらりと隣の講義室を見ると講義していた。確か日本文化の講義だったかなと思い出した。そして、俺は東洋思想の講義が行われる講義室へと入った。




