新しいお友達
3
四時間目終了を告げるチャイムが鳴ると、廊下は徐々に賑やかになっていった。反省文を書き終えて担任の先生を待つ私は、外の様子が気になった。うちのクラスは授業が終わったのか、耳を澄まして知っている声を探すがよく分からない。
そのうちに先生がやって来た。彼は呆れた顔で、もうするなよと言い、反省文を受け取ると呆気なく生徒指導室を後にした。それと入れ違う形で、千家寺明と柳瀬馨が弁当を持って迎えに来てくれた。明は先生の方を見ながら今にも吹き出しそうな顔をしていて、彼が遠くに行った事を確認すると堪えていたものを吐き出して、嬉しそうに話し始めた。
「日下部〜やるなぁ!あいつハゲネタに反応し過ぎでウザかったもん。この前なんてハーゲンダッツ食べてただけで怒られたし。ほとんど言い掛かりだよ。」
「響が担任に連れて行かれた後、代わりに来た先生にみんなでこれまでの苦情を言ったの。それで担任に注意がいったみたいで、大分しおらしくなってたでしょ?響は流石に直球過ぎたから弁護しきれなかったけど、みんな響に感謝してたよ。」
「そうそう。もう毛はない!って私でも言えなかったのに、日下部は凄いな。流石クラス委員だよ。」
「あ、違うの。あれは別に先生に言ったわけじゃ…。」
「分かってるよ。日下部がそう言うやつじゃ無いって。」
「それで響、一体誰にそんな事言ったの?」
「…。」
「もしかしてなんだけど、西野さんなんじゃない?」
「えっ?!」
「そんなに驚く?響の事見てれば分かるよ。最近西野さんと何か話してるでしょ?」
「まじかっ!気が付かなかった!」
「アホは黙ってて。それで?響は西野さんとどんな話をしているの?」
「それは…。」
「人に言えないような事話してるの?響、私ね響が西野さんに何か良からぬ事を吹き込まれているんじゃないかって心配してるの。響最近様子がおかしかったから。例えば何か弱みを握られて脅されてたりはしない?」
「弱み…はあるけど、馨が心配するような事はないよ。」
「そっか。」
「それに西野さんは人の弱みを握って脅すような人間じゃないし。凄く優しくて良い人なんだよ。」
「…じゃあ、お昼誘っても良い?」
「は?」
「私も一度西野さんと話してみたかったの。」
「おっいいね!ちょっと西野呼んで来るわ。」
「ちょっと!」
「いいよね響?西野さんって優しくて良い人なんでしょ?」
「…うん。」
暫くすると、明が西野さんを連れて生徒指導室までやって来た。西野さんは連れて来られた事をどう思っているか分からない表情を見せている。ただ、明と並ぶと小柄な彼女は明の妹のようで非常に愛らしかった。
「西野っていつもチキン持ってきてるよなー。チキン好きなの?それともアレ?ダイエット中?」
「明、あんたよくそんなデリカシーのない事言えるわね。西野さん、答えなくていいから。」
「…健康の為。」
「健康?体重減らしたい感じ?」
「違う、増や…。」
「うわぁっ!き、筋肉!タンパク質って身体の基本で、筋肉や髪の毛、爪なんかもタンパク質で出来ていているの。だからタンパク質の積極的な摂取が、健康な身体づくりにはかかせないって事だよねっ。」
西野さんはコクっと頷いた。
「へぇ〜知らなかった〜。西野はちゃんと考えてて偉いんだな。私なんか適当に食べてるよ。」
「明は考え無さ過ぎ。そんなに食べてよく太らないわね。」
「柳瀬はそんなちっさい弁当でよくその身体キープ出来るよな〜。エコカー体質?」
「ばっ、ほんっとに失礼ね!」
私は二人の変わらないやりとりにようやく笑う事が出来た。西野さんは不思議そうにそれらを眺めていて、私と目が合うと少し目を見開いた。
「そういや日下部と西野って仲良いんだな。何かあったのか?」
明が急に西野さんに話しかけた。彼女は何か考えていたのか少し間を置いてから、明の方を向いた。
「…あった。けど、この場で話すような事ではない。」
「ふーん。何か西野って謎だな。」
「おいっ。せめてミステリアスと言え。」
「何かいつも席に座ってるよな。ずっと座っててお尻痛くなりそうだし、ボーっとしててつまんなくない?」
「大丈夫。昔からそう。」
「昔っていつ頃?」
「小学生の頃から。」
「マジか。ずっと友達いねーの?」
「そう。」
「寂しくねーの?私なら暇で耐えられないな。」
「大丈夫。一人で考え事をするから。」
「考え事?」
「私が何故生きているのか考えているの。」
「おおっ何か小難しい話になって来たぞっ。」
「こら明、茶化さないの。ごめんね西野さん、続けて。」
「私の代わりはいくらでもいて、私が私である必然が無いように感じる。私が誰かに影響を与える事は少ないし、日下部さんや千家寺さん、柳瀬さんのようにもなれない。私は何の為に存在しているのか分からない。」
「それは全ての人に言えるんじゃない?私だって仮に明日学校に来なくなっても困る人なんて担任位よ。」
「そんな事ないだろ〜。柳瀬が来なかったら私も日下部も寂しいよ。なぁ?」
「そうよ、馨。馨が学校に来なくて困る人は、馨が思っている以上にいるわ。」
「…ありがとう、二人とも。」
「でも、私にはいない。仲間がいないから。」
「西野さん…。」
「てか私達って友達じゃねーの?だって一緒に昼飯食ってるだろ?」
「え?」
「うん。少なくとも私は西野さんと友達だと思っているよ。」
「ありがとう。お昼を供にすると誰でも仲間だと理解した。」
「それは人によるけど…まあいいわ。」
「柳瀬は固いな。みんな友達でいいじゃんか。」
「少なくともここにいる三人は、私の為に困ってくれるのね。」
「そういう事だ。だから、自分の代わりはいくらでもいるなんて悲しい事、もう言うなよ。」
「わかった、もう言わない。千家寺さんは優しい人ね。」
「そうだろ〜。」
「アホだけどね。」
「…そういえば、食後のデザートがあるんだけど。」
西野さんはそう言うと、紙袋から串に刺さった小さなお団子を取り出し、私達三人に手渡した。
「え〜?なになに〜?」
「ん?何これ?」
「きびだんご。」