とある転生者のスローライフ
「魚…釣れないなぁ…まぁのんびりするか…」
彼は川辺で、釣りをしていた。やる気の無い顔で、だらけている。歳は一五歳といったところだろう。そんな所に彼は現れる。
「こんにちは」
「こんにちは…」
キルは散歩をしていた。たまたま通り掛かっただけだ。挨拶だけして、キルは通り過ぎようとするが、彼は声を掛けてきた。
「ちょっと!待って!」
「はい?何でしょう?」
「どうやってここに…」
「普通に歩いてですけど…散歩中ですから…」
「そんな馬鹿な…」
彼は驚いた。それもそのはず、ここは彼だけが知っている、特別な場所だったからだ。魔法で転移したり、空を飛ばなきゃ来れないような渓谷の川だ。魔物も多いので、結界まで張ってある。なのに彼はやって来た。
「魔法も使わずに?結界もあるのに…」
「別に気になりませんよ?そうすれば良いだけだし」
「そうすればって…」
例によって、会話は理解しにくい。
「君だっているじゃないか。なら誰がいたって不思議じゃないよ」
「それは、そうかもしれないけど…」
「なら、君は何でここに?」
「俺は、ただのんびりしようと…」
「僕の心配をするような場所で?のんびり出来るの?」
「まぁ、俺は問題無く出来るから…」
「じゃあ僕もそうだよ。それじゃあね」
そしてキルは去っていった。だが彼は、キルが気になってしまった。自分の理解が追い付かない存在に…。
※※※
「何?気持ち悪いよ」
「気付いてたの?俺の事を…」
彼はこっそりと後を付けてきた。でもキルには簡単に気付かれる。
「完璧だと思ったのに…」
「自信過剰だね。その程度の実力でさ」
「これでもそれなりに、目的の為に努力はしてたんだけどな…」
「ふーん。目的って?」
「スローライフを送るためだ」
そこでキルの興味に少し引っ掛かる。彼は選択を誤ってしまった。
「君さ、まさか僕に勝てると思ってないよね。僕が殺そうと思えば、君は瞬殺されるんだよ?」
「どうだろうね…俺も負けるつもりは無いけど…」
「そもそもさ、生きる目的がスローライフなら、カッコ付けて無いで、家の近くで過ごせば良いじゃん」
「…家だと邪魔な人もいるからな…」
「それでも、ここの必要は無いよ。きっと、こんな所で落ち着ける俺ってカッコ良いって、自己陶酔してたんでしょ?ダサいなぁ」
「そんな訳無いだろ!」
少し彼は慌てる。思い当たる節でも、あるのかもしれない。
「その程度の奴は、実力を隠すのも好きだよね。でもちょいちょい実力の片鱗を見せて、良い気分になりたがるんだよ」
「なっ…」
「普段は、スローライフを過ごしたいと言っときながら、ピンチになったら俺が出ますよ、みたいな事も好きだろうね。領地がある奴は尚更だ。きっと領地も自分好みに改革したりして、調子に乗ってるよ。間違い無い」
「何だとっ!」
「何?図星なの?」
「ぐっ…」
図星な様だ。
「たまに見せる本気に、酔ってるんだろう?それがカッコ良いと思ってさ。それって凄くカッコ悪いよ。ナチュラルにやるならわかるけどさ、君みたいに意識してやられると目も当てられないよ。恥ずかしくてね」
「うるさっ…」
「もし、僕に攻撃してきたら…死ぬかもよ」
彼は動けない。自分を簡単に見通されて、戦闘の実力も全く読めない彼に、恐怖している。
「たいして実力も無いんだからさ、もう少し頑張れば?転生者のわりに頭も悪いしね」
「なっ何でそれを…」
「やってる事が、ヘタな転生者と同じなんだよ。どうせ我が儘な姉か妹がいて、獣人のメイドとかいるんでしょ?おっちょこちょいの幼なじみ?優しい両親?」
「どこまで…」
「本当にそうなの?なら駄目だね。君はダメダメだ。スローライフという言葉に憧れ過ぎてる。前の人生は働き過ぎて死んだの?だからといって、新しい人生で楽して良い理由にはならないよ?」
「……」
彼は驚き過ぎて、言葉も出にくくなっている。そして驚愕の言葉を聞く。
「君の周りにいる人を、誰か殺そうかな…」
「えっ…?」
「誰か死ねば、もっと頑張っておけば良かったって、思うでしょ。後悔をすれば、君はもう少しくらいは出来るかもしれない」
「なっ何を…」
「ちょっと待ってて…」
「うっ嘘だろ…?」
キルは一瞬で消え、一瞬で帰ってくる。そして、その手には一人の生首を持って帰ってきた…。彼の姉だ…。
「ねっ姉さん!」
「痛みは無かったと思うよ。楽に殺してあげたからね」
「きっ貴様!殺す!フレアバースト!」
彼は全力で攻撃魔法を仕掛ける。だが…。
「効かないよ。無駄無駄」
「クソッ!」
「後は…君の腕と足を、一本づつ貰おうか。折角だから、殺さないで上げるよ」
「えっ?…グッ…ギャァ…ひっヒール!」
彼はいきなり手足を片方失う。いきなりの痛みに驚いているが、すぐに回復魔法を掛けようとする。だが効果は無い。
「因みに回復魔法を掛けても、治らない様にしてあるから。傷は治してあるけど、二度と生えてはこないよ」
「どっどうして…!」
「そうしたからだよ。まぁそれでも普通に魔法は使えるから。不便な体と死んだ姉の為に、これからはもっと頑張って生きてね。それじゃあ、さよなら」
「ちょ、ちょっと待てっ!待ってくれ!」
そしてキルは呼び止める声も聞かず、その場を去っていく。彼はただただ呆然とする。いきなり姉を失い、手足も失った。まだ理解が追い付かないのだ。
「そっそうだ、ねっ姉さん!」
彼は生首になってしまった姉を、不自由な体で抱き締め、そして涙する。何故こんな事になったのか。何故あの時、彼を追ってしまったのだろうと後悔もしながら。自分がもっと強ければ、ここにいなければ、と様々な思考も巡る。だが答えは出ない。キルには全てが無駄だから。
※※※
「そういえば、名前も聞かなかったな…ま、関係無いか」
キルには全てが関係無い。今までも、これからも。