転生者令嬢シリルの問い
「やっと出来ました。これがショートケーキです」
「やりましたね、お嬢様!これも美味しいです!」
「ありがとう。サリー」
彼女は子爵の娘シリル。歳は十八歳。彼女の父が治めるこの領地は、彼女が産まれてからかなりの発展を遂げた。それは彼女の知謀のおかげだ。彼女の案を、形にし実行に移すと必ず成功する。今では国も彼女と、この街に注目し、かなりの影響を与えている。天才発明家や天才軍師として、認められているのだ。
「それで…お嬢様、少し気になる事が…」
「サリー、何かあったの?」
「最近この街に来た男なんですが…この街を凄くつまらないと言っている様で…」
「えっ?どういう事?」
「それが良くわからないんですけど、噂では…この程度か…等と言っていた様です…」
シリルに衝撃が走る。何故そんな意見が出るのか、全く理解が出来ない。それはこの街を、発展させた自信があるからだ。この国には無い、新しい物を作り続けてきた自負もある。
「その人に会ってみたいわ。どこにいるの?」
「話では昼間はふらついて食事したり、本を読んだりしている様です。夜はお酒の美味しい店に行って、色んな人と世間話をしているそうです。それでその話が出たようで、皆が驚いたと…」
「それじゃあ、夜探してみましょう」
そして二人は男に会いに行く。シリルは、彼の真意が知りたい。何故そう思ったのか、もしかしたら私を引きずり出す、作戦なのかもしれない。ならそれに乗るし、そうでなくても理由を聞きたいからだ。それがどんな結果になるかも知らずに…。
※※※
男は案外簡単に見付かった。酒場で飲んでいたのだ。そして見付けた酒場から出てくるのを見計らい、二人は話し掛ける。
「あなたが、私達の街をつまらないと言った男ですか?」
「うん?君は?」
「私は子爵の娘シリルです。あなたの噂を聞いて、話をしに来ました。後ろにいるのは、護衛兼侍女のサリーです」
「僕は…皆が「キル」って呼ぶよ」
「キルさん、本名じゃないの?」
「まぁそれは良いじゃないか。それで要件は?」
そしてシリルは本題に入る。
「噂で、あなたがこの街を…つまらないと言ったと聞いて」
「ああ、言ったかもね。ニュアンスは、ちょっと違うかもだけど」
「どういう事ですか?」
「この街と言うよりは、この街を作った人がつまらないと言ったんだよ」
「えっ」
まさか自分がつまらないと言われるなんて、微塵も思っていなかったのだろう。一瞬時が止まる。
「お嬢様が作った街を…侮辱したな!」
「さっサリー、黙って!」
「しかし、お嬢様…」
「良いの…話を聞きましょう…」
サリーが激怒する。当然だ。自分の主が侮辱されたのだから。それに一番近くで、彼女の功績を見ていたのだから。
「もしかして、君がこの街を作ったの?だったら失礼したね」
「いいえ、構いません…しかし何故そんな風に…」
「うーん、一言で言ったら、オリジナリティが無いかな」
「嘘でしょ…」
「別に、君が頑張って無いとは言わないよ。君の案を実行した人々も、努力しただろうしね。勿論、後ろの護衛の方も」
この街にある物は、全て世界初の物ばかりだ。それをオリジナリティが無いなんて、彼女は言われる覚えがない。
「良かったね。この世界に、向こうの世界の特許が無くて」
「えっ…まさか…」
その言葉でシリルは気付く。彼は私が転生者だと知っている。この世界で、その事を知っているのは自分と、真実を伝えたサリーだけ。なのに彼は知っている。もしかしたら、彼も同じ様な存在なのかと疑い始める。
「あっ、因みに僕は君と同じ様な人ではないから」
「お嬢様の秘密を何故知っている…」
「あっ、君も知ってるんだ…ふーん…僕が知っている理由は、知っているからだよ」
「だから何故…」
「だから、知っているんだよ。それだけ。それ以上でも無く、それ以下でも無い」
二人に彼の言っている事は、わからない。当然だ。
「要するにさ、君の作った物は…水車、洋服、スイーツ、リバーシ、馬車、農具とかでしょ。改革でも農地や税収、戦争の仕方とかさ」
「それの何が悪いの?」
「全部さ、二番煎じで捻りが無い。他の転生者でも、もう少し考えて進化させてるんじゃない?見てて面白く無いんだよね」
「きっ貴様!お嬢様を…!」
「もし君が暗器を取り出したり、攻撃してきたら殺すね」
サリーはその言葉に震える。気付いているとは、思っていなかったのだろう。それにシリルも震えている。ここまで発展させてるのに、ボロクソに言われる筋合いは無いと、考えているのだろう。
「まぁ、それは良いとしても、君に会って更に良くわかったよ。この街のつまらない理由がね」
「何を…」
「誇ってるでしょ。自分のしてきた事をさ。人の発明を、自分の発明にして情けなく無いの?得意気に、さも自分が発明したかの様に振る舞って、自慢する。最低じゃん」
「ぐっ…」
「良かったね。この世界で。向こうの世界だったら逮捕だよ。それにさ、二つの人生を合わせて、五十歳を越えてるでしょ?それで若く振る舞って、考え方も幼稚、やっている事もクズ。それじゃ、見てらんないよ。でもこの街や、国の住人には期待しているよ。これから自分達で、君から与えられた知識をどう活かすのかさ。本来なら、それを君がやるべきなんだろうけど、無理だろうしね」
「私だって…!」
「君にそれは出来ない。今までも、してこなかったんだろう?人の案に乗っかって真似るだけの人。それじゃあ、つまらないよ。という意味で、僕はそう言ってたんだよ。理解出来た?頭の悪い君にも、わかりやすく説明したつもりだけど」
「きっ貴様っ!どこまでお嬢様を馬鹿にすれば!」
結局、痺れを切らしたサリーが殴り掛かる。そしてサリーは…。
「えっ?」
「だから言ったでしょ。攻撃してきたら殺すって」
気が付いたら、サリーの頭と胴は離れていた。サリーは悲鳴や呻き声も上げることもなく、この世を去った。そして倒れ、血が舞う。
「さっサリー!?」
「もう死んでるよ。言っておくけど、一応正当防衛だからね」
「なっ何で…こんな事に…」
「君のせいじゃないか。君が自尊心を満足させる為だけの、改革を行ってきた。その結果、どこかで不満を言った僕が気になり、声を掛けてきた。そして僕の意見が気に入らず、襲い掛かってきたんだよ。君も話を聞くと、言っていたのにね。結果、君の指示すら聞かない。そんな無能を雇っているのは君だろ?どっちも頭が悪過ぎる。過程も行動も結果も、全てが駄目だ」
「そこまで、私は悪い事をしたの…?」
「いや別に?ただ誰でも出来る、中途半端な改革をしただけさ。君の作った物は、いつだって完成してる。そりゃそうだよね、完成形を知ってるんだから。逆に言えば、それしか知らないんだよ。僕は完成形が想像出来ない、素晴らしい物に出会いたかったよ。君には知識チートが、あったのかもしれない。でもそれは他の人が、苦労して作り出した至高の数々なんだ。君が創造した物は一つも無い。その創造性の無さは罪かもね。そしてその創造性の無い者は、知識が尽きたらもう用無しさ。君もいつかわかるよ」
「……」
「じゃあ僕は帰るよ。精々頑張ってね。さよなら」
キルは帰っていく。元々シリルに興味は無いから、ここにいてもしょうがない。そしてシリルは、サリーの死骸に目を向け涙する。自分がキルに話し掛けさえしなければ、サリーは死ななかったし、自分の自尊心を守る事も出来たからだ。この様な事態にならなかったのだ。
※※※
「次、この街に訪れたらどうなってるかな」
キルはまた来るのだろう。でもその時にシリルはもういない。今、シリルはこの国で天才扱いだ。でも、それは元からの才能では無い。前世で知っていただけなんだ。この先、街も国も新たな発展を遂げるだろう。でもその時は、彼女の力は必要無い。というより、活躍出来ない。本来の実力と創造力が皆無だからだ。
「次世代に期待だな」
今後は真の天才達が、彼女が作った物や事を、応用して作り上げていくのだ。そして彼女は、いつまでも過去の栄光にすがる。いつしか役に立たない厄介者として扱われ、失意のまま死んでいくのだ。きっとこれは、キルに会わなくても、同じだったのでは無いだろうか。その程度の転生者だったのだ。