猫獣人ミントの誇り
「猫印のパンはいらんかにゃ~!」
ここは街の露天。猫獣人のミントはパンを売り捌いている。そしてそこに彼はやってくる。
「一つ貰おうかな」
「ありがとうにゃ」
キルだ。彼はどこにでも表れる。
「美味しいね。猫印って何か秘密でもあるの?」
「私達の村で作る小麦が、質が高くて美味しくなるにゃ」
「へぇ~、そうなんだ。それは良い事を知った」
「嬉しいにゃ!また買って欲しいにゃ!」
キルは疑問があれば聞くし、聞かれれば答える。そして興味を持ったので、質問をしていく。
「ところでさ、何でそんな喋り方するの?」
「にゃ?」
「いやさ、わざと語尾に「にゃ」付けてるでしょ?」
「わざとじゃ無いにゃ!」
「だってさ、語尾までは普通に喋ってるじゃん。取って付けたように、突然「にゃ」を言ってるから」
ミントは、キルの質問に慌てだす。今までそんな事を、言われた事も無い。
「絶対に「にゃ」わ言わなくても、喋れるでしょ?口の作りだってさ、牙があるくらいで僕達と変わらないじゃん」
「にゃんで急に…」
「な行に、無理して付けてる感もあるよね。猫獣人は全員そういうしゃべり方?」
「ちっ違うにゃ…」
「猫獣人の間で、流行っているの?」
「そういう訳でも…」
キルはミントを、段々と追い詰めていく。ミントはどうして良いか、全く判断出来ない。
「さっきもさ、「ありがとうにゃ」って言ってたけど、「ありがとう」で止めて「にゃ」だけ言わなきゃ良いじゃん。「にゃ」の代わりに「ございます」を付ければ、もっと良いしね」
「にゃんでそんな事を…」
「また無理して、言ってるし…要するに、その方が接客業として良いでしょ。丁寧にした方がさ。それに君の、私可愛いでしょアピールを、嫌がる人も出てくるだろうし」
「私はそんなアピールしてないにゃ!」
「ほら、ボロが出てるよ。そこは「アピールしてにゃいにゃ」でしょ?君の可愛いアピールは、少しウザいよ。若い内はまだ良いかもしれないけどね、それじゃいつまでもやれないよ。そもそも可愛くないしね。無理して猫感出して、気持ち悪いし、恥ずかしいよ。僕だったら自殺するよ」
「そこまで言わなくても…」
「君が認め無いからでしょ。素直にさ、皆から可愛く認められたくて、猫語を創作し、無邪気さを演出し、媚を売り、パンを売り、誇りを捨てましたって言えば良いじゃない」
「……」
「わかった?じゃあ、もうその気持ち悪い喋り方は、止めてよね。虫酸が走るからさ」
もうミントは泣いている。何でそこまで言われなきゃいけないのか、自分はただパンを売っていただけなのに。悔しいけど、言い返せないそんな監事だ。
「そもそも猫はさ、媚を売らないんだよ。猫獣人は、その猫としての誇りを捨てて、人間に媚を売る種族なんだね。もしかしたら、そのうち滅ぶかもね。まぁ、社会もあるし、しょうがないね。他の獣人もそうなのかな?だとしたら、馬鹿な種族だよ」
「馬鹿にするな!」
「いやいや馬鹿でしょ。猫が猫じゃ無いなら、ただのすばしっこい人間だよ。頭は良くないんだから、付き合うまでもないよ。そのうち奴隷にされるか、隔離されるだろうね」
「そんな訳…」
「誇りを失うという事を、考えた方が良いよ。でも自分達の事も理解してないから、わからないのかもね。そして人間は、そういう生物だよ。他者を認めないし、種族や色んな事で差別するのさ」
キルの言う事も、最もだ。常に人間は差別し、格を付けて判断する。そして上に立つ者、頭の良い者が社会を操作しようとする。いつか淘汰されるかもしれない。
「もう「にゃ」も使って無いみたいだし、僕は行くね。まぁ、色々あるだろうけど、頑張ってね。それじゃ、さようなら」
そしてキルは去っていく。残されたミントは、どうして良いかわからない。だけど、もう「にゃ」は使わないのだろう。
※※※
「あの人は何なの…私達が滅ぶ?そんな訳無いじゃない…ただ猫語を作っただけじゃない…」
そしてこの数年後から、獣人はどんどん地位を下げていく。人間社会に染まり、獣としてのプライドも無くなり、ただの戦争の駒として扱われる。奴隷になる者も多くなる。そしてその全てが、人間の計画通りと知る事になる。そしてミントはその時に、キルの言っていた意味を本当に理解する。そして失意のまま、奴隷として酷く扱われ、死んでいく事になる。
「やっぱりパンは美味しいな。さて次はどの店にしようかな…」
そしてキルは気にしない。人間の社会も、獣人の未来も。彼には全てが関係無いのだろう。