2−4
ドアがあるほうに、俺は目をむける。
屋上に入るためのドアはそこのみ。ということは、逃げ道はそこだけということになる。
「…まじかよ」
ボソッと呟いた理由は、目の前に明らかに喧嘩慣れしてそうな集団がいたからだ。
ぱっと見、20人近くだろう。
「俺は漫画の主人公じゃないんだぜ…」
そして、明らかにこいつ等は、覆面野郎の手下だった。多分、ここへ俺を呼んだのもこれから行われる“リンチ”のためだろう。
しかし、そこに救世主ならぬ、犠牲者が増えることになる。
「おっ、風紀こんなところに…」
ガチャっと開かれたドアに目をむけると、そこには亮平が立っていた。
「お邪魔でしたかね…?」
亮平はあははと笑いながら、ドアを再び閉めようとする。しかし、そんなことはこの集団が許しはしない。
「面倒だよぉ」
亮平は両手を上げながら、俺のそばまで寄ってきた。
「で、どうだった?」
俺は亮平に聞くと、ウィンクで返された。
キモイなんて言っちゃ駄目なんだろうな。
「口に出すなって」
「あれ、口に出てたか」
二人で笑いながら話しているところに、金属バットが振りかかってきた。
「おっと」
俺は一歩だけ下がり、その金属バットをよける。
亮平は俺のほうを見て、呆れたように鼻で笑った。そんな俺も、亮平を見て鼻で笑う。
「久しぶりに」
「行きますか」
俺と亮平は集団に突っ込んでいった。
金属バットが再び俺を襲ってくる。今度はしっかりと避け、俺は一発でしとめられるように、顎をめがけて拳を振った。
クリーンヒット。
目の前の男は、目を上にむけ倒れていく。
後ろから殴りかかってきた男には回し蹴り。
今度は俺の横から二人の男が殴りかかってきた。
一人の男の拳を、片手でキャッチし、もう一歩は避ける。
体勢がくずれた、二人の腹に俺の高速パンチを浴びさせた。
そして、一人、二人とダウンしていく。
我等は西京中、喧嘩西京コンビ。
香坂風紀と清水亮平。
そこらの強いといわれている不良には絶対負けない。
西京ならぬ、最強なのだ。
その死闘は、15分にも及んだ。
死闘の後の屋上には、そこらへんに悶絶した不良君ばかり。
「ハァハァハァハァ・・・」
軽く5発ぐらい入っただけか。
「お前何発くらった?」
亮平に聞くと、亮平は指で7を示していた。
「俺は5。俺の勝ちだな」
ヘヘヘヘと笑う俺達。
しかし、一人大物を殴っていないことに気付いた。
覆面の男。
「ヤベ!」
俺はあたりを見渡すと、その男の姿はもう何処にも無かった。
バラされるぞこりゃ。
「どうすんだよ、風紀」
息が荒い亮平。
「まず、あいつを止めなきゃ」
俺は屋上を飛び出した。
「明日香!」
学校中を、走り回って明日香を探す。
もし、あいつが不良共をあそこに呼んだ理由が、足止めだとしたら。
「明日香が危ない」
ストーカー。
その言葉が頭をよぎる。明日香の可愛さは異常とまで言ってもいい。
どっかの誰かが、よどんだ愛情を抱いているのかもしれない。
「明日香!」
どうやら、学校にはいないみたいだ。
下駄箱場で行くと、そこには亮平が立っていた。
「明日香の下駄箱を見たけど、上履きしかなかった。もう帰ったみたいだ」
俺は学校を飛び出して、家へと向かった。
お願い、明日香無事で居てくれ!
心の中で何度も叫びながら、いつも歩いて登下校する道を駆け抜ける。
自宅のアパートが見えると、4階までいっきに駆け上った。
「明日香!」
ドンッと勢いよくドアを開け、明日香の部屋を叩く。
「あ…すか?」
ベッドの上で倒れこんでいる明日香を俺は目にした。
「ス〜ス〜ス〜」
「い、居るなら返事ぐらいしろよ…」
安心したら、いっきに体の力が抜けた。すると、そこに俺の携帯が存在を示すかのように鳴る。
亮平からだ。
『明日香は?』
「寝てる」
『は?』
いや、は? って聞かれても寝ているものは、寝ているんだ。仕方ないことだろ。
『じゃあ、とりあえず安心だな』
亮平はまたな、と言うと電話を切った。
俺は靴を脱いでいないことに気付き、その場で靴を脱ぎ捨てて明日香の元へ近寄った。
「心配させんなよ…」
可愛い寝顔に、俺は一言かける。
その場に座って、俺は再び明日香の寝顔を見ると、自然に手が伸びた。
そして、髪の毛を撫でる。
一年ぶりぐらいに明日香に触った。拒絶反応は今はない。
本当に自然と触れた証拠だ。
「明日香…」
俺は明日香のベッドに頭を預けると、そっと目を閉じた。
目が覚めると、そこは明日香の部屋だった。
その場に立とうとすると、背中に掛かっていたであろう毛布が落ちる。
ベッドに明日香はいない。
明日香が掛けてくれたものだろう。
俺は思い足取りで、リビングへと向かった。
「明日香ぁ?」
目を擦りながらそういうが、返事が無い。
灯りは点いているが、明日香の姿は見当たらなかった。
「明日香ぁ? 明日香!?」
その瞬間、家のドアがガチャと開いた。
「風紀ぃ! おっはぁ〜!」
私服の明日香が帰ってきた。
「お、おっはぁ。何処行ってたんだよ?」
「え? 買い物ぉ〜。ちょっとケチャップ切らしててさぁ。それにしても風紀! ちゃんと靴は玄関で脱がなきゃ駄目でしょ?」
「お、おう」
「もう…」と溜息をつきながら、俺の横を通って台所へと向かう。
その光景は自然で、心の底から安心感が湧き出てきた。
これから起きる、二人の壮絶な物語を知るというのに。