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12


最終話は11との2話構成となっています。

お気をつけください。






「話があるんだ」


そう言って明日香を呼び出した俺は、リビングにある椅子の上に座っていた。


明日香は不思議そうに部屋からでてきて、俺の目の前に用意されている席へと腰を下ろす。


「どうしたの?」


なんの疑いも無く、明日香はニコニコしていた。


「あのさ、考えたんだけど」


俺は一息おくと、明日香の目をしっかりと見て言った。


「女優になれ」


それは今までの俺とは違う。命令形を使った言葉遣い。


「い、いきなりどうしたの?」


いきなりのことに明日香は戸惑っているようだ。


「今日は、優華さんと社長さんを呼んでるから」


タイミングよく、部屋中にいきわたったのは、訪問のベル。


「え、え?」


俺はいまだに動揺している明日香を置いて、玄関へと向かった。


ガチャっとドアを開けると、そこには予想通り優華さんと社長さんがいた。


「もう話は始まってるのかしら」


社長さんは俺の空気を読んだのか、そう言って部屋へと上がりこむ。


俺は一番最後尾に付きながら、明日香の待つリビングへと足を戻した。


「明日香ちゃん」


優華さんは少し悲しそうな目で明日香の名前を呼んだ。


「ゆ、優華さん…」


明日香は、俺が言ったあの言葉を本気で捕らえたようだ。


俺は明日香の隣へ、優華さんと社長さんは対面になるように腰を下ろした。


「明日香ちゃん、風紀君から聞いているかも知れないけれど、貴方は女優になるべきだと思うの」


「じょ、女優…」


明日香は考え込むように視線を下げた。


「明日香、俺は前から思っていた。お前にとっての一番の方法を。やっぱり、この前の映画を見ていたって、お前はスクリーンに映し出される存在だと思う。だから、この二人に頼んだんだ」


俺の言葉に明日香は反応し、俺のほうを向いた。


「ふ、風紀は私が“皆のもの”になることが嫌じゃないの!?」


「…俺のことは心配しなくていい」


俺の本気の気持ちが伝わったのだろう。明日香は黙り込んでしまった。


「明日香ちゃん、私たちは貴方の味方。きっと輝けるわ」


社長さんは明日香をなだめるように優しい声で言い放つ。俺は心苦しかった。


…社長さんから出された、あの話しを思い出すたびに。










数日前、優華さんから電話がかかってきた。


俺は何事かと思って電話に出ると、そこからは社長さんの声が聞こえてきたのだ。


そこで言われたことは二つ。


今日、この日に俺の家に来ること。


そして、もう一つは…明日香と別れるという条件を、明日香には決してもらさないこと。


俺は絶句した。


どうせなら、俺の口から別れの言葉を言いたかった。


だけど、社長さんが言ったのは、無言で明日香の傍を離れること。


そんな条件が飲めるはずも無かった。だけど、ここまで来たら引き返せない。


俺はどんな条件だろうと了承した。


明日香のためだと思って。











「明日香が役を演じることが好きなのは、俺が一番知っているから。だから挑戦して来いよ…。な?」


「風紀…」


「どう? 明日香ちゃん」


社長さんのその言葉に明日香は悩んでいた。


「…わ、かりました」


明日香のその言葉を素直に喜んだのは、社長さんだけだった。俺は表面上喜び、優華さんはあきらかに悲しそうな顔をしていた。


「明日香、頑張れよ!」


俺のその言葉に、明日香はニッコリと笑うといつもの元気な声が俺の耳に届く。


「じゃあ、また連絡するから、ね?」


社長さんはそう言って、帰っていった。


残された俺と明日香。俺は頑張って笑みを作っている。これでも映画研究部だ。演技は3年間こなしてきた。それなりの演技力も付いたはず。


「よかったじゃん! お前の活躍する姿をテレビで見るのが楽しみだなぁ」


ニシシと笑ってやると、明日香は照れた様子でまだ早いよぉと答えた。


俺は、心から喜べなかった。


ただ、明日香と離れるんだという気持ちだけが、今俺の中に渦巻いている。


「…ちょっと出かけてくる。亮平と約束してたんだ」


俺はそう言って、家から飛び出した。


あれ以上、あの場所にいたら泣いてしまいそうで。


家を飛び出した俺が向かったのは亮平の家。


いきなり押しかけてきた俺を見て、亮平は慌てて家へと入れてくれる。


亮平の部屋に入ると、俺は前置き無しに口を開いた。


「ほ、んとうかよ」


亮平に全てを話すと、俺はニッコリ笑って「すごいだろ!?」と言ってやった。


「風紀…」


悲しそうな亮平の声。


「どうした? 喜ばないのか? あの明日香が女優だぜ?」


ニシシと笑ってやると、亮平はぽろっと涙をこぼした。


「お、おい…どうして亮平が泣くんだよ」


「風紀はなんで泣かないんだ?」


泣いていいはずが無い。これは俺が決めたことなのだから。


「…笑って送り出してやりたいからさ。まだ日にちは決まってないけど、そう遠くないと思う。しかも、これは喜ぶことであって、泣く事ではないだろ?」


亮平は涙を拭いて、小さく返事をした。


それから1時間ほど、もっと細かい話しをすると、俺は自宅へと帰った。そこには晩御飯を用意してくれている明日香の姿が目に入る。


「明日香、今日は何?」


俺のその言葉に、明日香は笑って俺の大好物の料理名を言った。

















―――――3月の10日


今日は、明日香を送り出す日となった。


ホームで、俺と明日香は東京へと向かう電車を待つ。


残り、10分。


これが俺と明日香の残された時間。


そのことを明日香は知らない。


ワクワクした様子で明日香は電車を待っていた。


「ねぇねぇ、東京で過ごすって何か緊張するね!」


「お前は子供かっ! 一人暮らしするんだから、ちょっとはしっかりしろよ?」


「エヘヘ。風紀も頑張らなきゃいけないんだよ? 私、そう何度も帰って来れないんだから、ちゃんと掃除しておいてよね?」


明日香のその言葉に俺は体が固まる。


「お、おう…」


俺は俯いて何も言えなくなった。


「どうしたの? 私が東京行っちゃうから寂しいとか?」


ニシシと俺を元気付けるように笑ってくれた明日香の顔を見て、俺は涙が出そうになった。


こんなにも純粋な子を俺は騙しているのかと。


心が苦しい。


「一人で大丈夫だよ」


俺はニッコリ笑って言うと、明日香は安心したように軽く笑った。


それから数分間、無言の時間が続いた。明日香の隣にいること、それが今の俺の幸せ。


その幸せを感じていると、駅内に放送が流れる。


『まもなく1番ホームに電車が参ります…』


明日香は放送がなると、俺のほうを見て「この電車だよね?」と再度確認してきた。


そう、この電車だ。


俺はそう言い、ベンチから腰を上げた。


「じゃあ、東京に着いたら連絡するからね」


明日香は携帯を取り出して、おそろいで買ったストラップをチラチラと見せ付けてきた。


「おうっ」


俺も買ったストラップを見せると、明日香は口をむっとしたと思ったら俯いてしまう。


「どうした?」


「風紀、私大丈夫だよね?」


…不安になっていたのか。そりゃそうだ。知らない土地に一人で挑戦しに行くのだから。さすがの明日香だって不安を覚えるに違いない。


「大丈夫。この俺が言うんだ、心配ないだろ?」


「…うん」


「あ、あのさ、明日香」


「何?」


俺が呼びかけると、明日香は不思議そうな顔で俺を見つめてきた。


「…お前の最初のファンは俺だから」


「え?」


「お前に、会えてよかった」


「な、何言ってるのよ! そんな言い方しないでよぉ。もう、風紀に会えないみたいじゃない。ちゃんと戻ってくるから心配しないで」


明日香がニッコリ笑うと、俺達の目の前にゆっくりとスピードを落とした電車がやってきた。


「…明日香、電車だ」


「うん。私、頑張るからね」


「当たり前だ!」


俺はニッコリ笑ってそう言ってやると、明日香も俺と同じように笑ってくれた。


止めることはできない。この感情を。


俺はいつしか、明日香の小さな体を抱きしめていた。今の俺には、症状は出ない。


なぜかは知らない。ただ、明日香を愛おしく思うのだ。抱きしめたくて仕方が無い。


「大好きだからっ!」


「私も好きだよ」


明日香はわかっていない。だから、こんなにも笑っていられる。俺はこんなにも胸の中にある感情が爆発しそうだというのに。


「明日香、ありがとう」


俺はそう言って、明日香から体を離した。


「…行って来いっ!」


「うんっ! 行ってきます!」


明日香は荷物を持って、電車の中へと足を踏み入れる。


それと同時に、ピリリリリとドアを閉める合図が出た。その瞬間、俺の中の何かが取れた。


「明日香、忘れないで。俺がお前を愛していること!」


「…風紀?」


もう、言葉は止まらなかった。今まで溜め込んでいた気持ちが一気に放出されたかのように、俺の口は動き続ける。


「ありがとな! 明日香、頑張って!」


「風紀…?」


明日香が呟いた瞬間、ドアは音を立てて閉まる。


「明日香、大好きだ!」


これが明日香との最後。


聞こえないだろうが、俺は叫び続けた。明日香に向かって、愛の応援コールを。


電車の窓越しに、慌てた明日香が目に写る。きっと、俺の行動に違和感を持ったに違いない。


俺は叫ぶのを止め、明日香をじっと見つめた。


明日香の口を見ると、何か言っている。


明日香が呟いた言葉の意味を理解すると、悲しいはずなのに、すっと笑顔になれたのだ。


俺のその笑顔を見て、また明日香は笑顔になった。










「行っちゃったな」


電車を見送った俺の後ろから聞こえてきたのは亮平の声。


「亮平…」


「辛いか?」


その優しい言葉が、俺の胸に響いた。


「りょ、うへい…」


ポロッとこぼれる俺の中にあった悲しみ。


いっきに噴出するかのように、俺は亮平に抱きついた。


ただ泣きつづけた。


「我慢、してたんだよな」


「ごめん…亮平、ごめん!」


「なんで謝るんだよ」


「俺、俺…お前に悪いことした」


俺は、亮平が明日香を好きだって分かっていながら、明日香を遠い存在へとやってしまった。最悪だ。俺は…。


「大丈夫だから」


亮平はそう言って俺の背中をさすってくれた。


泣いている間、出発する直前に明日香が電車の中で言っていた最後の言葉を思い出した。








『私も、だいすきだよ』


















あれから3年経った今もなお、俺は明日香の姿を目に捉えていた。


テレビの中で活躍している明日香の姿を。


明日香のデビューは、龍先輩が監督をした恋愛映画だった。


主演は優華さんだったが、明日香も負けないオーラで名脇役を演じていた。


その映画は、監督の新人賞により有名になり、明日香もまた新人女優賞という名誉ある物を取っていた。


そう、彼女は成功させたのだ。


夢の女優業を。










---After Story fin---


















あとがきもあります。

よろしければ覗いて行ってあげてください。

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