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この話は2話構成となっています。
お気をつけください。
では、最終話をどうぞ…。
高校3年生の文化祭が終わってから3年が過ぎた。
大学3年生になった俺は、笑って生きている。
そして、今もなお、俺の目は明日香の姿を捉えていた。
笑っている彼女は、昔から変わらず誰をも魅了する輝きを放っている。
その笑顔を見るだけで俺は幸せな気持ちになれていた。
そして、3年経っても俺の女性恐怖症は直らない。
これは、もう直ることはない病気なのだろうか?
最近では、温もりを感じることも出来ていない。
それに、あの無神経な親は、俺の大学費用だけ振り込んで、再び旅へと出かけてしまった。
どうしても、もう一度行きたい国が出来たとか、なんとか。
…さて、そろそろ話しをしようか。
俺の人生の起点とも言えるあの日の事を。
「風紀、どこか行くの?」
この時間帯、明日香を一人で帰らすわけには行かない。
俺は、亮平に頼んで、明日香と一緒に先に帰ってもらうように頼んだ。しかし、俺のさっきの行動に不安を持った明日香は、俺に付いていくと言って帰ろうとはしなかった。
「明日香、ちょっと用事があるから…」
「私が付いて行っちゃ駄目なの?」
駄目だといえば、明日香は機嫌を損ねてしまうだろう。しかし、明日香を絶対にあの地へと連れて行くわけにはいかなかった。
「ごめん、ちょっと時間が掛かりそうなんだ。家に帰って、俺のご飯を作っておいてくれないか?」
「風紀ぃ?」
「お願いだ…」
俺は両手を合わしてお願いすると、明日香は諦めたかのようにため息をついてニコッと笑った。
「じゃあ、とびっきり美味しいご飯作ってるから、早く帰ってきてよ!」
「分かったよ。すぐ帰るから」
俺は明日香に笑顔を見せると、明日香も安心したのか学校の外へ向かって歩き始めた。
「亮平、頼んだぞ」
俺がそういうと、亮平は一度だけ頷いて明日香の隣を歩き始める。
そして、俺の足は特別教室へと向かわせた。
ガラッとドアを開ける。
そこには、見慣れた風景と、優華さん、そして社長さんが居た。
「お待たせしました」
俺はそういって、ドアを閉める。
「風紀君…」
優華さんは心配するように俺を見つめてきた。
「さて、早速だけど、返事を聞かせてもらっていいかな?」
社長さんはいまだにドアの前に立っている俺に対して、急かすようにそう言ってきた。
俺の答えは…
「俺は、明日香と一緒にいることを望みます」
「そう…」
社長さんは俺のその言葉をきいて、少し残念そうな顔をした。
「…社長さん、明日香は人を幸せに出来る力を持っているって知っていますか?」
俺の突然の問いに社長さんは驚いているように見えた。
「知っているわよ。あの笑顔とオーラ。今までに優華以外で見たことは無かったわ」
「そう…ですか」
俺はその言葉を聞いて、一歩、また一歩と社長さんに近づいていく。
俺が何かすると思ったのだろうか、優華さんは俺の名前を叫んだ。
「風紀君っ!」
「大丈夫です」
俺は優華さんに手のひらを向けると、そのまま両膝を地面に付けた。
「え?」
驚くように優華さんは声を出した。
そのまま、俺は手を地面につけ、頭をゆっくりと下げる。
きっと、これが正しい選択だ。
俺は考え抜いた。
一番いい方法。
明日香が全ての人に笑顔を振りまく方法。
これが一番に違いない。
「明日香を…」
明日香との繋がりを手に入れた。それだけで、俺は幸せだ。
「明日香を…!」
明日香はきっと、輝ける。俺無しでも生きていける。
こんなにも明日香を分かってくれる人がいるんだ。それに、優華さんもいる。
俺は大丈夫じゃないかもしれないけど、明日香のためなら我慢だって、なんだってするから。
「明日香を…お願いします!」
急に苦しくなってきた。
「幸せを、明日香の笑顔を全ての人に届けてあげてください!」
明日香を手放す事の重大さを思い知る。
「明日香を輝かせてあげてください!」
しかし、明日香の存在の重大さを知るときが来るはずだ。
「明日香をお願いします!」
全ての国民が、明日香の存在の重大さに気付くことが。
「…分かったわ」
社長さんが、頭を下げている俺に近寄ってくるのが分かる。
「社長、風紀君に触れては…」
「分かってるわ。女性恐怖症らしいわね。優華、私は今、ある男を思い出しているの」
「ある男?」
「数年前に、この子と同じことをした男よ」
「それって…」
優華さんは声を詰まらせた。もう、何もいわなくてもその人物は分かっているのだろう。
「島野 幸宏。貴方をこの女優界へと送り込んだ男よ」
「シマ…?」
俺はその名前を聞いて顔を上げた。
「そ、うですか…」
辛そうな優華さんの声。
「香坂 風紀君」
俺は名前を呼ばれ、社長さんの顔に視線を合わせる。
「明日香ちゃんは、大事に扱うわ。決して原石のままにはしない。輝くまで光らせてあげる」
「ありがとうございます…」
「よく、決断してくれたわね」
社長さんの優しいその言葉で、俺の涙のダムは崩壊した。
「くっ…」
明日香を手放すことが決まった。
もう、明日香と思い出を作ることも出来ない。
「辛かったでしょう」
当たり前だ。こんな重大な決断、俺がそう簡単に出来るわけがない。
「風紀君…」
優華さんが近寄ってきて、そっと俺を包み込んだ。
きっと、優華さんも辛いのだろう。
今さっき、シマさんのことを知らされたのだから。
「私も、明日香ちゃんを大切にするから…!」
「当たり前…です」
涙は止まらなかった。
ただ、流れ落ちるだけの雫。
優華さんの涙も、俺はしっかりと受け止めた。
「風紀、遅いよっ!」
家に着くと、俺は明日香の無邪気な笑顔を視界に捉えた。
「早く帰るって言わなかったけぇ?」
明日香の拗ねた顔も大好きだ。
「ねぇ、風紀聞いてるの!?」
怒った明日香の顔も大好きだ。
「風紀…?」
そして、心配した明日香の顔も大好きだ。
「どうしたの?」
明日香の全てが大好きだ…。
ギュッと抱き寄せる。
「え?」
戸惑った明日香は、俺の背中を撫でるようにさすってくれた。
「何かあったの?」
明日香に触ると落ち着く。
さっきの優華さんに触られたときは、何も感じなかった。
ただ、今…明日香を抱きしめているこの時はすごく落ち着く。
「明日香っ」
名前を呼ぶ俺の声は涙でかすれていた。俺の下した決断は明日香と離れること。
「明日香っ!」
この決断は、決して喜ばしくない決断。
「大好きだ」
ずっと一緒にいようね。
「ごめんな…」
涙が止まらなかった。
「どうしちゃったの?」
明日香の心配する声が胸元から聞こえてくる。
「明日香っ…」
俺はすっと明日香を離すと、心配そうに俺を見つめている明日香の目。
「私はここにいるから」
「明日香…」
「安心してね?」
お前の居場所を奪ったのは…俺なんだ。
「ね?」
すっと近づいてくる明日香の顔。
「好き」
俺は明日香のその言葉に安心して、目を瞑る。
二度目のキスも、涙の味がした。
それから一ヶ月の月日が流れた。
2月になると、俺や明日香、他の一部の3年生もあとは大学合格通知を待つだけ。
だけど、俺は明日香に話していないことがある。
明日香と一緒に進むといった大学。
それの大学は、俺が行く大学ではなくなった。
俺は、社長さんに用意してもらった別の大学に、進学することが決まっているのだ。
スターになる明日香と、一緒に居るわけにはいかない。
辛いだけ。
悲しいだけ。
明日香の傍にいて、もう俺が出来ることはなくなるのだ。
明日香との恋愛を禁止された今、俺は残りの時間を楽しんでいた。
そして明日、俺は明日香に言おうと思っている。
明日香の将来の話しを。