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夜祭。


それは、文化祭最終日だけの祭り。


グラウンドの中央には、高々と積み重ねられた木々に炎が灯っている。


その周りでは男は女を、女は男を求めていた。


ある時間になると、ハイテンポな曲からゆっくりとした曲まで、色々な曲が流れ始める。


その時、人々は動き出すのだ。


手をとって踊り出すもの、男女寄り添って火を眺めるもの、告白をするもの。


笑顔になるもの、怒っているもの、叫んで楽しそうにしているもの、泣いているもの。


さまざまな人が動き出す。


俺はその中に紛れ込んでいた。


明日香の隣で、ただじっと座りながら、何もすることなく夜空を見上げていた。


「風紀ぃ、踊ろうよ?」


「恥ずかしいって」


明日香は駄々っ子のようにぷぅ、と頬を膨らませた。


残り1時間。


それが俺に残された決断の時間だった。


明日香と共に生きるか、明日香の輝く姿を見て生きるか。


明日香が幸せなほうを選びたいと思っている。


俺にとっての幸せは決まっている。


明日香の隣にいること、明日香と一生を過ごすこと。


それ以外の幸せなど要らない。


「なぁ」


ふと、思い浮かんだこの言葉を聞いてみた。


「明日香の幸せって何?」


「私の幸せぇ?」


普段、こんなことを聞かない俺の質問に、疑問を持っているのだろうか。少し考えながら不思議そうな顔をしていた。


「そうだねぇ…皆が笑ってくれることかな?」


「皆が笑ってくれること?」


「そう! 風紀と一緒に笑っていられたら楽しいじゃん?」


ニシシと明日香は可愛らしい笑顔を作った。


「そ、っか」


「風紀の幸せは?」


「俺の幸せは…明日香が俺の隣にいることかな」


「へ!?」


俺から直球に物を言われることに対して、明日香は全く慣れていない。


顔を真っ赤にした明日香は、いつもに増して可愛く見えた。


「あ、ありがと! 私、風紀の隣にいるからねっ!」


明日香がそう言った瞬間、あのイベントが始まる。


最初は少しハイテンポの曲のようだ。


この時点で残り45分。


明日香と話しているだけで、1時間の4分の1を使っている。


「私たち、もう3年間いたのに、文化祭のこの火を見たことなかったね」


「そうだな…」


「なんか、カッコイイね」


「背伸びしているみたいだ」


「背伸び?」


「ほら、胸を張って高くなっているように見せてるみたいだろ?」


明日香は数秒間、その炎を見つめると、何かに気付いたかのようにビクッと軽く跳ね上がった。


「本当だ!」


「だろぉ?」


「風紀って、頭いいんだね!」


「今更かよ!」


そんな他愛もない話しをしていると、どんどん流れている曲調は変わっていく。


そして、ラブソングらしきゆっくりな曲に変わったとき、斜め前にいた男女が抱き合うのが目に入った。


女の子は泣いている。


きっと、告白が上手く言ったのだろう。


ふと、隣の明日香を見ると、明日香はそのカップルをじっと見ていた。


「明日香」


名前を呼びかけると、明日香ははっと俺の声に気付いて、何? と聞いてくる。


「このイベントの噂知ってるか?」


「うん! さすがに3年間もいると何度も聞くよ。確か、このイベント中に告白して成功したカップルは結婚できるんだっけ?」


「そうだ」


「いいね、そういうの」


明日香は羨ましそうに、再び前にいる男女のカップルへと視線を移した。


「なぁ、明日香」


もう一度名前を呼んでみる。この愛しき人の名を。


「ん?」


明日香がこっちを向いた瞬間、俺は目を瞑ってそっと顔を近づけた。


「え!? え!?」


驚くように明日香は目を見開いている。


「お、いたいた!」


そして、悪魔のタイミングで後ろから聞こえてきたのは亮平の声だった。


「……」


「……」


「…あ、今度こそ空気読むわ」


亮平は一回転して、来た方向へと戻っていこうとしていた。


「ま、待て! な、何だよ?」


俺は立ち上がって亮平を呼び止める


「そ、のだな。特別教室だそうだ」


亮平のその言葉を分かったのは俺だけだろう。全てを一瞬のうちに理解した。


「そうか…ありがとう」


俺は亮平にそう呟いて、地面に視線を向けた。


特別教室で全てが決まる。俺達の3年間の思い出が詰まったあの場所で、全てを決めなくてはいけないのだ。


「風紀、どうしたの?」


「…なんでもないよ。何か楽しい話しようか?」


俺はニッコリ笑うと、明日香も一緒になって笑ってくれた。


「俺達の出会い方って、思いもよらない出会い方だったよな…」


「そうだよね。私はてっきり女の人と一緒に暮らすと思っていたのにね」


「俺も男だと思ってたんだぞ? 最初に明日香を見たときはビックリしたなぁ…。こんな能天気な美女がいるんだなって思ったから」


「能天気だった!?」


「あれは、天然と言ってもいいな。普通、その日に出会った男と一緒に住むかよ」


「それは、風紀は大丈夫だって思ったんだもん!」


「…お前、危なっかしいな。俺が襲ってたらどうしてたんだよ?」


「わかんない! でも、風紀は私に手を出さなかったでしょ?」


ニシシと憎めない笑顔で明日香はそう言ってきた。


「そうだけどさ…」


「私、風紀のこと最初から好きだったのかも」


「え?」


「運命ってやつかな?」


明日香は夜空に視線を向けながらそう言った。きっとその単語が恥ずかしいのだろう。


「赤い糸か」


「何?」


「俺と明日香は赤い糸で繋がってるといいな」


「繋がってるよ、きっと。ううん、絶対私と風紀は繋がってる!」


明日香のその言葉に胸を打たれてしまった。嬉しすぎて、涙があふれ出てきそうだ。


さっき、あんなにも泣いたというのに…。


時計にふと目をやると、文化祭終了まで10分をきっていた。


「ねぇ、風紀…」


「どうした?」


「別れよっか」



今、明日香なんて?


「別れよう」


「な、んで?」


なんで俺は明日香と別れるんだ?


ニコッと笑った明日香の顔は少しだけ悲しそうな顔をしていた。


明日香はそのまま、すっと立って俺に言い放った。


「今は彼氏彼女じゃない。いい?」


「え?」


俺は馬鹿なのだろうか? 今のこの現状が一切飲み込めていない。


「立って!」


明日香の言葉に反応して、俺は立ち上がった。


「香坂風紀さん」


「は、はい?」


「私は貴方が好きで好きでたまりません! 愛しています。私と、付き合ってください!」


…は?


明日香のその行動の意図に気付くのに数秒掛かってしまった。


「赤い糸…?」


明日香はその言葉にニコッと笑った。







『確か、このイベント中に告白して成功したカップルは結婚できるんだっけ?』







そういう…意味か。


明日香のその行動が少し面白くなって俺は笑ってしまった。


「も、もう! 返事は!?」


俺はもう、何もためらうことは無かった。


「明日香、俺も大好きだ。死ぬほど大好きだ!」


そのまま、俺は明日香を抱き寄せた。力いっぱい抱きしめた。


「い、痛いよぉ」


エヘヘと笑いながらそういう明日香の声は、全く嫌がっているように聞こえなかった。


「明日香、愛してるっ!」


心に溜め込んでいた言葉を放出するように、俺は抱き寄せた明日香に言い続けていた。


「大好きだっ」


「私もだよ、風紀」


明日香もそっと俺の背中に手を回してくれる。




繋がり。




俺が欲しかったもの。


この思い出は消えはしない。


俺は、文化祭が終わるまで明日香を抱きしめていた。


















次回は最終話となっています。

最終話は二話構成ですのでお気をつけください。

では、また会いましょう。



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