9−11
放映中の体育館は驚くほどに静かだった。
全ての人がスクリーンに視線が釘付けになっている。その間、俺はずっと明日香の隣にいた。
彼女もまた、スクリーンに視線が釘付けになっている一人である。
俺は自分の演技している姿が恥ずかしくて、まともに見ることさえ出来ない。
もう一度、隣にいる明日香に視線を移すと、俺に気付いたのかチラッと俺を見てきた。
「どうしたの?」
小声で話しかけてきた明日香に俺は何も答えず、ただニッコリと笑って見せた。すると、一瞬明日香は不思議そうな顔をするが、いつもどおりの可愛い笑顔を俺に見せてくれた。
…明日香。
分からない…。
どうすればいいんだろうか。
明日香にとっての一番はなんなのだろうか。
こんなに幸せそうに映画を見ている明日香を見てしまうと、俺の心が揺らいでしまう。一緒にいたい。
それは変わらない気持ちだというのに。
なんだろう、この違和感は。
そんなことを考えていると、映画のクライマックスに入っていった。
スクリーン上では俺と明日香が口論している。
これは確か、優華さんが演じる人と俺がキスするシーンを見た明日香が、誤解してしまって、喧嘩が始まるんだよな。
「なんでキスしたの!?」
「不意にされたんだよ!」
「違うもん! 私見てたから! 貴方からキスするところ!」
「は!? 俺はそんなこと…」
「見たもん! してたもん!!」
そういって明日香は去っていこうとする。
そこで俺は叫ぶんだよな。
『するわけないだろ! 俺はお前のことが大好きなんだからっ!』
…。
俺は本気で明日香が好きなんだろうな。
だから、この言葉を聞いた瞬間俺は涙を流しているのだろう。
これが気持ちだから。
涙が止まらず、その場にいられなくなって、俺は体育館から出て行く。
明日香に声をかけられたが、声を出すと泣いているとバレるかもしれないから声を出すことが出来なかった。
そのまま、誰も来ない屋上へと走っていく。
その間でさえ、涙が止まることはなかった。
「明日香が大好きなんだ…」
そんなことは分かりきっている。もう、心の中で何百回も呟いた。
「大好きだから…」
辛い、辛い。
愛しているから辛い。
この気持ちを抑えることは出来ない。
一緒にいたい。離れたくない。明日香を他の人のものにしたくない。
俺だけの明日香でいて欲しい。
我侭だ。
俺は、我侭だ。
明日香の一生を奪おうとしている。俺の我侭で。強情心で。
「一緒に居たい…」
俺は屋上で声をあげながら泣いた。そうでもしないと、前に進めない気がしたから。
どれぐらいの時間が経っただろう。
少しずつ暗くなってくる空を見上げながら俺は考えていた。
そういえば、もうすぐ夜の祭りが始まる。
多分、グラウンドではもう準備が始まっているのだろう。
ふと携帯に目を向けると、夜祭が始まる30分前となっていた。
そろそろ行かなくちゃ明日香が寂しがるかな。
そう思って立ち上がった瞬間、驚くことに屋上のドアが開く音がした。
「亮平」
視線をそっちにむけると、片手をあげた亮平の姿が。
「明日香が心配してたぞ」
近寄ってきて、コツンと頭を軽く殴られた。
「悪ぃ…」
亮平は大きくため息をつくと、俺の肩をポンポンと二回叩く。
「お前が辛いのは分かっているから」
「亮平…」
「答えは出たか…?」
「…まだ」
「もうすぐ決めなきゃいけないんだろ? もし、最後まで決まらないようだったら…風紀、明日香をお前の隣に置くことを決めろ。いいな?」
「亮平…」
「前にも言ったが、俺やお前がどうこう言えるレベルの話じゃない。確かに、明日香が本気で女優を目指せば、すぐに芽が出ると思う。それは誰が見ても一目瞭然だろう。だけどな、明日香はお前と一緒にいることを望んでいる。ほら、さっきも保健室で明日香も言ってただろう?」
それはきっと、明日香の言った『これからもずっとね』という言葉のことだろう。
「って、お前聞いてたのかよ! なのに、あの最悪なタイミングで普通入ってくるか!?」
「ささやかな悪戯だ。そんなに怒るなよ」
「怒るに決まってるだろ!」
アハハと悪戯っぽく亮平は笑うと、俺の腕を掴んだ。
「ほら、行くぞ?」
明日香が待ってる。
そう言って、亮平は歩き始めた。
きっと、こいつがいなかったら、今の俺と明日香はいないだろう。
感謝してるよ。
「明日香!」
下駄箱で待っていた明日香の名前を呼ぶ。
明日香は待ってましたといわんばかりの笑顔で俺を出迎えてくれた。
「何処行ってたのよぉ! 心配したんだからね!」
「ごめん、ごめん」
俺は癒しオーラを発している明日香に和まされながらも、明日香に謝った。
これから始まる夜祭。
それが終われば…決断のときを迎える。
「明日香」
「何?」
「…夜祭楽しもうな!」
「うんっ!」
明日香の元気いっぱいの返事が、校舎内に響き渡った。




