9−9
夜になると、どんどんと学校からも人がいなくなっていく。
俺達映画研究部の2回目の放映は終わった。
残るは明日の2回のみ。
そして、それが終わり…最後の行事を迎えたときには、もう決めていなくてはならない。
明日香の未来を。
俺の気持ちを。
「風紀、私たちも帰ろうよぉ」
映画を無事放送し終えて暇になったのか、明日香は駄々っ子のような口調で俺に言ってきた。
そんな明日香を愛おしく思うのは、俺が明日香中毒の証拠だ。
もう、俺は離れることは出来ない。
こんなにも愛おしい人から。
「風紀、なんかニヤニヤして気持ち悪いよぉ?」
明日香がケラケラ笑いながらそう言ってくる。
「うっせぇ」
こんな絡みでさえ大好きだ。
落ち着いてくる。明日香と一緒にいるだけなのに。
笑いあっているだけなのに。
もし、俺が明日香を女優の道へと送り込んでしまったら、もうこんな幸せを味わうことはないだろう。
女性恐怖症の俺に、もう恋なんてものが出来るわけがない。
明日香が最後だと…本能が言っている。
「ほら、行くぞ?」
俺の顔を見て、まだ笑っている明日香にそう言った。明日香はいつものように笑顔で答える。
こんな普通で、楽しい毎日。
当たり前のように感じていた。
明日香がいて、亮平がいて、俺がいて。
いつも笑い合っていられると信じていた。
「あ、風紀待ってよ!」
俺は明日香より一歩前を歩く。こんなことを考えた今、きっと俺の顔は泣きそうになっているだろう。
「風紀ってば!」
「はいはい」
心の中で大きく息を吸って、俺は振り返った。
もちろん、満面の笑みで。
文化祭4日目の昼すぎ。映画研究部の俺達は準備に追われていた。
急遽、校長先生が言い始めたことだ。
なんでこんな人が校長になったのかと今でも思う。
いきなり体育館で放送するなんて…。
椅子を準備したりするのは、文化祭実行員の人がしてくれるらしいが、そのほかの映画館系の準備は全て俺達がする。
スクリーンだって下ろすのは大変だ。
体育館の明かりを全て消すために、みっちりと閉めるように黒いカーテンを張る。
音や、映像の乱れがないかチェックをした後、俺達は休憩に入った。
その日の朝、学校に着てみると、俺達映画研究部は部室に集合させられた。
亮平が朝一番に先生に言われたそうだ。体育館で放送をやると。
もちろん、収容人数は今までの何倍もあるため、最終日の映画は1度きりとなった。
夕方の4時スタート。
今の時間は3時だから、あと1時間後には放映される。
こんな場所で、俺の演技が見られると思うと恥ずかしい気持ちになってしまった。
「楽しみだねぇ」
明日香がワクワクしながらそう言ってくる。何をワクワクしているのかはさっぱり分からない。
これが俺と明日香の差というものなのだろうか。
「どんな人が見に来てくれるのだろう?」
お、今度はワクワクからニヤニヤに変わった。きっと有名人でも期待しているのだろう。優華さんだけで十分だと思うんだけどな。
「きっと、すごい人が見に来てくれるわよっ!」
いきなり後ろから聞こえてきた声に、俺は冷静に反応した。彼女の神出鬼没はもう慣れてしまっているみたいだ。
「優華さん、すごい人とは誰なんですか?」
彼女とはもちろん、優華さんだ。来るのは知っていたけど、こんな早くから来るとは思ってもいなかったな。
何せ、俺達が会うのは文化祭終了後だと思っていたのだから。
「えっとねぇ…そりゃ、もう! すごい人よ!」
すごいアバウトだな。突っ込みどころが満載で笑えて来ない。
「そんなにすごい人なんですか!?」
「そうなのよ!」
この二人は似ていると思ったけど、馬鹿さまで似ているとは…。
「姉貴、風紀が二人のこと馬鹿だって言ってるぞ」
「へ!?」
すぐ傍から聞こえてきたのは、この映画の監督を務めてくれた龍先輩の声だ。この人の神出鬼没は度を超えている。慣れてしまった俺でもビックリするほどだ。
って、さっき貴方…おかしなことを口走りませんでした?
「お前の顔に書いてあることを言ったまでだ」
「心の声と会話しないでください!」
龍先輩に怒鳴っている俺の後ろから、悪魔の声が聞こえてきた。
「ねぇ、馬鹿って私たちの事?」
優華さんの小悪魔より凶暴な笑みを見てしまった。後ろでは明日香が軽く目をピクピクしている気がする。
「えっと、その! それは心の声な訳で、決して口に出したわけじゃないです!」
「当たり前だよぉ!」
プンプンとでも言いそうな勢いで俺に声を張り上げてきた。そんな顔をしても、可愛い人は可愛いから得をするよな。
「おい、お前等休憩終了だ。今からは軽く宣伝しに行くから、来たい奴は付いて来い。これは強制じゃないからな」
亮平は片手を挙げると、強制でもないのに、部員達はゾロゾロと集まり出した。
「…全員+優華さんと龍先輩ですね」
結局、部員全員が集まることになった。
…しかも、亮平、優華さん、明日香の3人が集まると嫌な予感しかしない。
俺は恐怖が来ることを覚悟しながら、先頭を歩く亮平の後ろについていった。
もちろん、言うまでもなく数秒で人だかりが出来て俺は失神しましたとさ。




