9−8
「風紀、大丈夫? 顔真っ青だよ?」
隣で平然と立ち尽くしている明日香を、俺は尊敬しているところだ。
あと数分で始まる会見。俺の心臓はバクバクで今にも飛び出しそうだというのに、明日香ときたら余裕の笑みで俺を元気付けようと必死になっている。
「だ、大丈夫じゃねぇよ」
弱音なんて吐きたくない。だが、これは卑怯すぎる。
「亮平のうそつき」
俺がぽろっとこぼすと、亮平は俺の顔を見てニヤッと笑った。
「なんでこんなに人がいるんだよ」
特別教室の中をざっと見渡したところ、ここの学生ではないスーツを来た大人の人たちで埋め尽くされていた。
多分、これが亮平の言っていた新聞記者。
…どれだけの新聞に載るんだよ、と笑っていられたらいいのに。
「大丈夫だって! ほら、風紀笑顔♪」
明日香は可愛らしく笑っていてくれるが、今はそれさえも跳ね返す緊張が俺の中に入り込んでいる。
「お、お前は平気そうでいいよな…」
「え〜!? 私も緊張してるよぉ?」
ニコニコしながら言われたって信じ難い。
「それにしても、何を話すかなんて全く決めてないぞ?」
「会見なんだ。記者達の質問に答えればいい。映画の内容や、優華さんが抜擢された理由とかは俺が話すつもりだ。風紀は心配しなくていい」
こんなときに亮平がすごく頼りに見えるこの目をほじくり出してやりたい。
「あと1分です!」
今日の司会を務めるであろう女の人がそう言った。
「さて、いつまでもそんな緊張してるなって。堂々としてろ。分かったな?」
「…お前が無理矢理参加させたんだろう」
俺は泣きそうになりながらも、大きく息を吸って覚悟を決めた。
「頑張ろうねっ」
隣で明日香は再び笑ってくれた。
「おう」
亮平が教室のドアを開け、中へと足を踏み入れた。それに続いて、俺や明日香、その場に慣れているであろう優華さんも一緒に入っていく。
ぞろぞろと中に入っていくと、スーツを着た大人の人たちが息を呑むのが分かった。なんで学園祭ごときに、こんなに人が集まるのだろう。
俺達が定位置に付くと、亮平以外の全員が腰を下ろす。これは前もって決めていたことだ。
「皆さん、お集まりいただいてありがとうございます」
亮平はそう言って話しはじめた。
それからはあまり覚えていない。俺は適当に言葉を返しているだけ。明日香は完璧といえるほどの返答をしていたことも覚えている。
優華さんに限っては、よくテレビで見かける明るい感じで記者達と言葉を交わしていた。
ということで、あの会見でビビッていたのは俺だけということになる。
それから、少し時間を置いて一般人もいれ第一回映画研究部の映画発表が行われた。
俺達も完成品を見るのは初めてだ。あのシーンがこう繋がるとか、色々面白い場面もあったが、何より主人公の俺が浮きすぎている。特に、俺と明日香、そして亮平と優華さんの4ショットのときが一番浮いていただろう。
どうして龍先輩は俺を主人公にしたのだろうか。本当に謎だ。
ちなみに俺達映画研究部は最後尾で映画を立ちながら見ている。
「風紀」
隣に立っている亮平に呼びかけられた。
「何?」
「これ見てさ、明日香のすごさが分かるよな」
亮平が何を言いたいのかはっきり分かってしまった。
「ああ」
俺も同じことを思っていた。再び圧巻される。
「風紀が悩むのも分かるけどさ、俺はやっぱり…明日香は風紀といるのが一番だと思うんだ」
亮平は俯いて小声で言葉を続ける。
「俺の我侭かも知れない。ここでやった記事を見て、明日香はどこかの事務所からオファーが来るかもしれない。そこが恋愛OKの事務所なら…」
そのまま亮平は口を閉ざした。今、明日香は俺達とは遠い場所で神子を抱きしめながら映画を見ている。
「それは…甘い考えよ」
いつの間にか隣にいた優華さんが口を挟んだ。
「ゆ、優華さん?」
「亮平君も分かっていると思うけど、女優になるのは厳しい。輝ける存在だからと言って、チャンスが来なければ意味がない。この事務所ならチャンスを与えることが出来るの」
俺と亮平は目線を下げ、深く何かを考えるように黙り込んでしまった。
「私は…強制はしないわ」
優華さんの口からぽろっとこぼれたのは思いもよらない言葉。
「え?」
「私は今の仕事について幸せだと思う。だから、この道に進めてくれた恩人にも感謝しているの。だけどね、時々思うの…私が違う道を選んでいたらどうなってたかなって」
恩人とは、多分シマという優華さんの元彼のことなのだろう。
「優華さん…」
「風紀君。もう時間がない。貴方が期限までに決めないと、社長は何が何でも明日香ちゃんを手に入れようとする…」
それは酷なものなのよ。
優華さんはそう言葉を付け加えた。
「明日の…夜9時までですよね」
「ええ」
文化祭最終日は、夜祭と言って夜にやるちょっとした祭りがある。
その祭りではキャンプファイアという、木に火をつけて楽しく踊ったりすることがメインだ。そのキャンプファイアでは、告白タイムというのがあって、好きな人に告白して、付き合い始めると、結婚するという伝説がある。
そのキャンプファイアは強制ではない。だから、俺は去年も一昨年も参加しなかったのだが、今回は事情が違う。
『この文化祭が終わる時にしましょうか』
この言葉が頭の中に流れた。
苦しい
悲しい
俺は未だ決められずにいた。
それから時間が経ち、俺達の初映画公開が終わった。
教室全体を見渡せる、一番前の席に行って俺達映画研究部たちは頭を下げる。
顔を上げたとき、ほとんどの人が満足してくれているようで嬉しかった。中には泣いている人もいた。
そして、ぞろぞろと教室から人が抜けていく。
俺達は映画中に出たゴミなどを片付けていた。
しかし、優華さん、そして亮平は記者達から質問攻めにあっている。あの最初の会見だけじゃ足りなかったのだろうか。
「風紀、よかったね♪」
明日香はニッコリ笑って俺の傍に駆け寄ってきた。
「おう、やっぱり明日香は大物だな」
あんなに堂々と会見をやってのけるのだから。
「そんなことないよぉ…。隣に風紀がいたから頑張れたんだよ?」
ニシシと恥ずかしい言葉を投げかけてくる。いつから明日香は、こんなに俺をおちょくるようになったのだろうか。
「それにしても、楽しかったね! また、来年も皆と一緒に映画作りたかったなぁ…」
明日香は名残惜しそうに映画が映し出されていたスクリーンに目を向ける。
「…まぁな」
明日香の悲しそうな目を見て、俺は心が震えるように手を自分の拳をギュッと握った。
「ねぇ、風紀最近どうしたの?」
明日香は心配してくれるように俺の顔を覗き込んでくる。俺は必死に笑顔を作ってなんでもないよと答えた。
それでも明日香は食いついてくる。
「本当になんでもないの?」
「…うん」
「嘘はつかないでよ?」
明日香のその真剣な眼差しに全てを話したい気持ちになった。
―――――その時
「明日香っ!」
振り向くと、そこには片手を挙げている亮平の姿が。その周りには記者達がいるから、どうせ取材を受けるのだろう。
…まぁ、気にしない。
主人公がここにいるのに、メインヒロインだけが呼ばれるなんてよくあること…だよな。
俺は呼ばれないことを少し悲しみながらも、ほっとした気分に浸りながらゴミを拾っていた。
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