9−6
「何処行ってたの!? とっても忙しかったんだからねっ!」
教室に戻るなり、明日香に怒鳴られた俺と亮平は軽く笑った。さっきまで、あんな深刻な話をしていたのだ。
当の本人がこの調子じゃ、俺達の調子も狂ってしまうだろ。
「どう? 儲かってる?」
「そりゃ、もう! 私の吸血鬼人気みたいだよ? さっきから写真撮っていいですか? って言ってくれる人が何人もいるの! さすがは、優華さんの専属コーディネーターだよね」
それは、ただ明日香が可愛いから撮ってるだけだろ。毎年恒例の。
現に、俺は同じコーディネーターにこの化粧と服を着させられたのに、明日香といるとき以外一切声をかけられない。
たまに、冷やかしの声が入るぐらいだ。
「もう、それよりも働いてよね。あ、私注文言い渡すの忘れてた! 行ってくるね!」
さすが、学校一美女と呼ばれる人だ。忙しそうに走り回ってる。
「こら、風紀! 早くクレープ作ってよね!」
「え、あ、おう!」
その忙しいのは、周りにまで伝染するんだけどな。
「つかれたぁ…」
俺と明日香の休憩時間は、夕方の18時を回ったところだった。文化祭も1日目、2日は19までとなっている。というわけで、俺と明日香は1時間の自由時間を頂いたのだ。
まぁ、明日香がいなくなれば、客の人数も半分に減るだろう。
「ねぇねぇ、今年は何処に行こうか?」
ニコッと笑う天使のような明日香の笑みは、俺の心の奥底までしみこんでいる。
この笑顔をなくせば、きっと俺は泣きじゃくるだろう。男なのに情けないと思う奴もいるかもしれない。
…俺が苦しめばいいだけなんだ。
「どうしたの?」
「…明日香のこと考えてた」
「え…」
いきなり顔を真っ赤にした明日香。こんな言葉、普段の俺なら滅多に使わない。
「な、何言い出すの!!」
明日香は俺よりも前に足を進めて、自分の顔を見られないように必死に隠している。
「さて、下級生のクラスにでも行ってみる?」
俺がそう提案すると、明日香は大きく頷いた。映画研究部の皆がどんなことをしているかとか気になるからな。
最初に向かったのは、一番目立つポスターを作っていた神子達の教室だ。ポスターを見たところ、どうやら記念写真を撮ってくれるらしい。
教室に入ると、数名からいらっしゃいませ! という声が聞こえてきた。それから、おぉ! という声も。
きっと明日香の姿を見て、男共が吠えたんだろう。
俺と明日香は、説明を必死にしている神子の姿を発見した。もちろん、明日香は俺達に気付いていない神子の背後に立つ。
俺達の事に気付いている誰もが、明日香の行動に注目した。
「みーこーちゃん!!!」
ぎゅぅっと締め付けるように明日香は神子を抱きしめた。
「え、え!? あ、明日香センパイ!?」
「ピンポーン!」
ニシシと笑いながら、明日香は神子をいつものように抱きしめる。
「や、やめてくださいぃ…」
神子は顔を真っ赤にしながら、俺に目で訴えてきた。そんな目をしても助けてやらんぞ。
「って、明日香センパイのクラスはコスプレ喫茶でしたっけ?」
神子は観念したのか、明日香を見上げるようにしてそう言った。
「うんっ! おそろいなのぉ この吸血鬼のコスプレ、風紀とお揃いなの!」
見せびらかすように、明日香は神子から離れてどう? と神子に聞いていた。俺は、周りの男達の殺気に満ちた視線を耐えるので精一杯だ。
「お、お似合いですね」
神子はそう言って、俺に視線をチラッと向けてきた。
神子、お前もか…。
「ねね、ここって写真撮ってくれるんでしょ?」
明日香は楽しそうにニコニコ笑いながら神子に聞く。どうやら、話によると神子はここのリーダー的存在らしい。
「そうですよ! 文化祭の記念に、お二人さん撮ります?」
その言葉を待っていたかのように、明日香は今以上にニッコリ笑った。
「うんっ!」
…まぁ、そう来ると思ったよ。
明日香に呼ばれ、俺はしぶしぶ写真を撮る台へと向かう。もちろん、全視線を感じながら。
「ほら、二人もっと近づいてくださいよ!」
「え、え!? 恥ずかしいよぉ…」
神子は知らない。俺が女性恐怖症だっていうことを。
「ほらほら、遠慮なさらずに!」
神子は明日香を押しながら、俺のほうに近づけてくる。だけど、俺は明日香とこんな場所で引っ付くわけに行かない。
「ほらほらぁ!」
神子が明日香をこっちに押してくるが、それと同時に俺も逆側へと逃げる…が、思いもよらないことが起きた。
「ほら、風紀先輩っ!」
誰かに押された。
押されたほうに視線を向けると、どこに隠れていたのか…高良が立っていた。
俺は体が固まるように明日香の体へ触れる。この温もりも久しぶりだ。
もちろん、俺がその温もりを味わったのは一瞬の出来事だったが。
「風紀っ! 大丈夫!?」
ゆっくりと目を開いた先には、慌てている明日香の姿があった。その姿は、吸血鬼ではなくなっていて、いつもの明日香の制服姿だ。
「おい、起きろ」
明日香とはまた別の方向から聞こえてくる亮平の声で、俺は体をゆっくりと起こした。
まさか、あんな場所で倒れた?
「もう、皆心配してたよ?」
明日香はふぅ、と息を吐いて俺の隣にちょこんと座る。
どうやら、ここは保健室のようだ。見慣れた風景が、俺の視界に広がる。
「文化祭でそう、何度も気絶するなよ。こんなことじゃ、お前の体も、それを心配する明日香の体ももたねぇよ」
亮平はため息をついて、明日香の隣までやってきた。
「さ、帰るぞ」
亮平は俺の鞄を投げつけてきて、そう言い放った。お前、ちょっと冷たくないか?
俺はベッドから降りると、ふと自分の体に異変を感じた。
…そういえば吸血鬼の化粧も落ちて、着替えも終わっている。
誰がやったんだ?
そんなことを俺は聞けずに、保健室のドアの前で待っている亮平の下まで歩いていった。