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9−5








早すぎる。あまりにも。


俺は声を出せずに、ただ優華さんたち3人を見送ることしか出来なかった。


文化祭終了までにだと…?


今日を含んで4日しかない。


それまでに俺は答えを出せるのか?


やっと動いたこの足も、向かう先は亮平たちが待つ教室だけだ。


他に行く先もない。


「風紀、どこいって…」


教室の外で待っていた亮平と俺は遭遇した。異変に気付いた亮平は、言葉を途中で止め、俺に近寄ってくる。


「ど、どうしたんだよ?」


「なんでもない…」


「なんでもないって…ちょっと待ってろ」


そう言って亮平は教室へと入っていく。しかし、数分も立たないうちにすぐさま戻ってきた。


「お待たせ」


亮平はそういうと、心配するなと加える。特に心配していることはないんだけど。


「行こうか」


亮平の言うとおりに俺は動く。何も語らずに、ただ亮平の背中だけを見つめていた。


もし、俺が明日香と別れるって言ったら…亮平はどう思うのだろうか?


そんなことはしたくない。分かっているのに、くだらない考えが頭の過ぎる。


「どうした?」


歩いている最中でさえも、このイケメン男は俺を心配してくれていた。そんな深刻そうな顔をしているだろうか? 全く自覚はないが、正直今は笑っている自信はない。


亮平が向かっているのは映画研究部の部室がある特別棟。


特別教室に行くのだろうと思ったけど、亮平の足はその教室がある階を通り越して、まだ登り続けていた。


…その上は、屋上しかないぞ?


特別等は文化祭ということもあって、少しざわざわとしている。だけど、この最上階は映画研究部の教室と、よく分からない展示物がある教室だけだ。人も少ないし、何より俺達が屋上へ行ったというのを見ている人はいないだろう。


亮平はポケットの中から鍵を取り出すと、鍵穴に鍵を突っ込みぐるっとまわす。


すると屋上のドアは開き、久しぶりの屋上へと俺は足をつけた。


「ここなら誰もこないだろう」


「…なんだよ」


何を聞かれるかは分かっていた。だけど、俺はそういう。


…何よりも聞かれたくなかった。


俺は素直に答えてしまうだろうから。


「…優華さんの社長さんと何を話したんだ?」


勘のいい亮平のことだ。俺が誰かに着いていくために持ち場を離れたことはもう分かっているとは思っていたけど、さすがにそれが誰かまでは特定されているとは思っていなかった。


「……」


口を開けない俺に、亮平は軽く目線を下に向ける。


それもそうだ。昔から俺と亮平は親友同士。隠し事なんてほとんどなかった。


「言いたくないならいいけど…」


亮平に言ってもいいのだろうか。


さっきからこの疑問だけが俺の頭を過ぎっている。怖いから。


明日香を取られることが。


「…亮平」


「なんだ?」


「…明日香のこと、俺から奪ってく?」


何を聞いているんだと気付いたのは、俺の口が最後の一言を発した後。


亮平は驚いた表情をしていたが、はぁ、とため息を一つ付くと俺に目をあわせてくる。


「奪っていかねぇよ。俺だけじゃ明日香を幸せに出来ないのはわかってるからな…」


頭をポリポリ掻く亮平の姿を見て、俺は少しだけ安心した。


「亮平に言いたいことがあるんだ」


俺は目線を亮平に合わせると、しっかりと呟いた。


その声は、亮平の目を見開かせるほどの重さがあった。


「実はな…」


決心。


俺は全て、亮平に話した。明日香の女優業の話に迷っていること、そして、その答えをこの文化祭が終わるまでに社長さんに言わなければいけないということ。


「お前、迷ってるって…意味わかってんのかよっ!」


もちろん、亮平が怒鳴るのは分かっていた。


それは誰もが同じだ。自分の好きな人が、こんなだらしない彼氏のせいで、一生を決められてしまいそうになっているんだから。


「…分かってる」


「分かってねぇよ!」


ここまで熱くなる亮平を見るのは、ちょうど2年前の1年生のときだろう。あの時も、亮平は明日香のことになると、必死に俺に接してくれた。


自分の気持ちを押してまで。


「明日香は、演技が好きなんだ」


「それぐらい、俺でも知ってる! だけどな、明日香は風紀と離れることなんて絶対に望んでないぞ!」


「明日香は芸能界の道に行ったら絶対に輝けるんだってさ。それを俺のもとに置いておいていいのか? 日本の顔になるやつを、俺ただ一人が抱え込んでいていいのか?」


「いいに決まってるだろ! 明日香は、お前が好きなんだ! お前だけのもんだろう!」


「違う…。違うんだ」


明日香は俺だけのものじゃない。そんなことは分かっている。


「何が違うんだよ!」


「あ、明日香は俺のところに置いていたら輝きを失ってしまう。その前に、明日香を開放しなければ!」


「黙れっ!」


亮平はそう叫んで、俺の頬へと右の拳を放った。その重さは、本気そのもの。俺の体は地面へと叩きつけられた。


「お前、馬鹿かっ! 明日香がお前無しで生きていけると思うか? 何より、お前のその言い分全ては、ただ怖がってるだけだろっ! 明日香は輝ける? 関係あんのか! 明日香が幸せになることが、お前と俺の夢じゃないのかよ」


俺は頬の痛みを時間するころには、頭のネジが一本吹き飛んでいっていた。


「あぁ、怖いよっ! 怖いさ! 明日香が俺の傍から居なくなることがなっ! それに、明日香が俺と居たいっていう気持ちも痛いほど分かってる! だけど、俺はあいつにこのまま腐っていって欲しくないんだよ! この気持ちがお前に分かるか? 明日香は俺の言うこと全てに頼ってるんだぞ? 俺に、明日香の未来が掛かってるんだぞ!」


「そんなの、明日香が決めることだろう!」


「明日香に決めさせていいと、本気で思ってんのかよ! お前も映画編集してるなら分かるだろ? あいつのオーラは特別なんだ」


「…だからって!」


亮平が言いよどんでいる。きっと、亮平も気付いているんだ。明日香の女優への才能に。


「俺も明日香と居たいっ! その気持ちは誰にも負けない自信がある。あいつのことを一番に分かっているのも俺のつもりだ! だから、明日香が女優になりたがっているのは、あいつが口に出さなくても十分に伝わって来るんだよ。そんな可能性を、俺は完全に捨てて幸せをつかめるのか? どうなんだよ!」


「…それは」


「だから迷ってる。迷ってるんだ! 明日香が大好きだから…愛しているから」


「風紀…」


「俺は幸せにならなくていい。明日香が一番いい方法を考えたい…。あいつは本気で女優になりたがっている。だけど、俺が居ることで大好きな女優になれないんだ」


涙が出そうなぐらいに声が震えていた。亮平はそんな俺を見て、観念したのか、いまだに立てずにいる俺に向かって手を伸ばしてくる。


「ごめん」


亮平は俺の頬を見て、謝ってきた。こんな痛みは、亮平の心の痛みと比べたら全然痛くない。


「…俺、どうすればいいんだろう」


気を緩めた一瞬の間に、一粒の涙が俺の頬を通っていく。


「風紀、お前が決めることに俺は何も言わないし、それ以上何も深くは追求しない。だけど、これだけは覚えていて欲しい。明日香は…お前のことが大好きだから。明日香も風紀が幸せになることを祈ってるんだ」


亮平のその言葉は、きっと俺の励みになる。


俺は一言ありがとう、と呟いて亮平の手をとった。


















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