9−4
休憩時間も終了して、再び俺達は戦場へと戻った。やっぱり、明日香と亮平がいるこの時間帯は一番忙しい。
「風紀、まだなの!?」
「うっせぇ! なんで毎年、こんなにもクレープ頼む奴が多いんだよ!」
しかも、意味分からないメニューまで勝手に出来てるみたいだし。
なんだよ、その風紀スペシャルって言うクレープは。
「風紀君!」
厨房のドアが勢いよく開いた。
ウサギのコスプレをしている、女の子がいる。
どうせ、俺のクレープを急かしに来たのだろう。
「今、作ってるって!」
「お客さんだよ? それも超ビッグな」
…は?
「だから、どうしたんだよ!」
「そのお客さん、風紀君呼んでるの」
「・・・俺を?」
俺は目の前にあるクレープを慣れた手つきで一つ作り終えると、お客さんとやらに会うためにお店へと向かった。
店のドアを開けると、そこには異様なまでのざわめきと、注目される人物がいた。
「優華さん、こんなとこに顔出していいんですか?」
俺は苦笑いしながら、その人物に近づいていった。
「ん〜、いいんじゃない?」
ニシシと笑う優華さんの周りには、携帯でシャメを撮っている一般人と、マネージャーと思われる女の人、豪華な指輪を手にはめている女性、そして亮平と明日香がいた。
「風紀君、紹介するわ。こっちが私のマネージャーの伊達さん。そして、こちらが私の所属している事務所の社長。堂本さん」
「…社長?」
「あら、この子が噂の風紀君? 可愛い顔してるわね」
見た目は30代後半ぐらいだろうか? 化粧が濃くてよく分からないが。
「こ、こんにちは」
それにしても可愛いなんていわれたくない。
「今日は風紀君が作る風紀スペシャルを食べに来たのっ! ほら、沢ちゃんがとっても美味しいって言ってたからね」
沢先輩が?
「ほら、作ってきて! 私はここで明日香ちゃんと楽しく会話してるからっ!」
「は、はい」
俺は慌てて厨房へ戻ると、即座に風紀スペシャルを作った。そして自分であの人たちの場所へと向かう。
料理を優華さん経ちの前におくと、驚くような顔をしてパクパク食べ始めた。本当にこの人は食欲があるよね。
「明日香、何喋っていたの?」
優華さんが社長さんと話しているときを見計らって、俺は気になっていることを聞いてみた。
「今年の映画のことかなぁ。社長さんも見てくれるんだって!」
嬉しそうにそういうと、社長さんは俺達の会話に気付いたのか参加してきた。
「明日香ちゃんの演技は素晴らしいわよ。是非、私の事務所に欲しいものだわ」
その言葉に過敏に反応したのは、俺と優華さん、そして亮平だった。
明日香は満面の笑みでありがとうございます、と言っている。
それから社長さんと優華さんは、俺の作るクレープを食べ終えた。
社長さんが席を立った瞬間、全員の目を盗んで、こっそり耳打ちしてくる。
『ちょっといいかしら』
その言葉に俺は目を見開かせた。亮平も明日香も、社長さんが俺に呟いたことに気付いていない。
「…はい」
小さな声で返事をすると、社長さんは営業スマイルのような笑顔で、亮平たちに挨拶をすると席を立った。
俺は亮平と明日香に気付かれないように、優華さん達へとついていく。
「どうしたんですか」
明日香と亮平の視線から完全に離れると、俺は社長さんに向かってそう言った。
社長さんはその返事をしようとはせずに、ただついて来いというオーラを放っていた。
行き着いた先は人目につかない空き部屋。
「…風紀君」
優華さんは俺の名前を呼ぶ。それに反応するように、俺は顔をあげた。
「なんですか?」
「そんな挑発的な雰囲気を出さないの。私たちは怖い人じゃないわよ?」
社長さんはにやっと笑うと、俺にそういう。
悪い人じゃない? じゃあ何で俺をここに呼んだんだ?
…決まってるだろう。あの事しかない。
「明日香ちゃんの件は…優華から聞いてるわよね?」
腕を組みながら、社長さんは一歩俺に近づいた。
「聞いてます。女優の件ですよね?」
「そう、答えは決まったかしら?」
「…やっぱり、明日香の意志に任せるというのは無しなんですか?」
俺がそういうと、社長さんは小さくため息を漏らした。
「明日香ちゃんはダイヤモンドの原石なの。…分かってるわよね?」
何も言わせない圧倒感。これが一つの事務所をまとめる人の力なのか。
「…分かってます」
「そう、じゃあいい答えを待ってるわ」
社長さんはそう言って空き部屋から出て行こうとした。それを俺は呼び止める。
まだ聞きたいことがあった。
あのことを。
「ど、どうしても、俺は明日香と別れなくちゃいけないんですか?」
そこさえなければ、この話は全て終了する。
俺も明日香は女優になったほうがいいと思っているのは、もう事実のことだ。
だけど、明日香無しに俺は生きていけない。
明日香を手放すなんて、俺には到底出来るわけがない。
でも、最近は分からなくなってきた。
明日香と一緒に居ていいのか? 原石を光らせないままにしておく勇気が…
俺にはあるのか?
「別れて欲しいわ。恋人がいると輝くものも輝かないからね…」
社長さんはそうはっきりと言った。
ということは、もうこの二択しかない。その答えを聞くまでは、もしかしたら…というのがあったのだが。
「き、期限はいつまでですか…?」
社長さんは指を顎に当てると、一言だけ呟いて部屋から出て行った。
…。
期限は…
『この文化祭が終わる時にしましょうか』