9−3
「おぉ、明日香ちゃん可愛いっ!」
「すっごぉい! 風紀君もすごい似合ってるよ!」
こんな格好をしているせいか、廊下ですれ違うたびに、色んな人から声をかけられてしまう。
それに、明日香と亮平がいる映画研究部ということもあって、かなりの人から俺の名前も顔も覚えられた。
まぁ、付属品的な意味でだが。
映画研究部の全員はそうだろう。
声をかけてくれる皆に、明日香はいつもの可愛らしい笑顔で返事をする。こんなところも、明日香がこの学校で人気を誇る一つの理由なのだろう。
「明日香、急がないと」
「え、あ! じゃあ、お店に来てねぇ!」
明日香は離していた女子と会話を終わらせると、俺の横について歩き出す。
集合時間から大分遅れてしまった。その分、クラスの皆に迷惑をかけているのだろう。
…まぁ、明日香のこんな姿を見られたのだ。ちょっとぐらい叱られても我慢できる。
教室の前に着くと、俺はドアをガラッと開けた。
「ごめん、遅れた!」
「ごめんなさぁい!」
俺に続けて明日香も声を出す。しかし、その声に反応したのは沙希だけだった。
「そんなこといいから、早く手伝ってぇ!!」
沙希は忙しそうに教室中を走り回っている。
明日香と亮平がいなくてもこの忙しさなのか…。
俺は頭を抱えようとしたが、そんな時間もない。俺は明日香に先を手伝うように言って、自分は厨房へと向かった。
時刻は15時。
「風紀、休憩時間だってさぁ」
明日香が厨房まであの格好で俺を呼びに来た。
「おう、これ作ったら行くから外で待ってて」
俺は明日香に目を向けずに、目の前にある注文が入ったクレープを作るのに必死になっていた。
その作業も数分で終え、俺は手を洗うと明日香が待っている教室の外へと向かう。
ドアをがらりと開けると、早くもナンパされている明日香を目にした。
「え、あの、こ、困りますぅ」
俺が出てきたことに気付かずに、明日香はあたふたしながら、目の前の男子達の対応をしている。まぁ、学園のアイドルだ。命知らずの男達が話しかけてくるのは分かっている。
「ほら、別にいいじゃん? ちょっとだけ学校教えてよ」
「暇なんでしょ?」
「え、だから、その…ま、待ってる人がいるんです」
男達はそんなことどうでもいいから、と言いながら明日香に触ろうとしたとき、俺は明日香と男達の間に割って入った。
「なんだよあんた」
いかにも威嚇している男。こういう奴等って、自分が最強だと勘違いしてそうで面白い。
「いや、こいつ俺の彼女なんで、ちょっかい出さないでくれますかね?」
「あ、君がこの子の言ってた待ってた人? お願いがあるんだけどさぁ…」
そう言って3人居る中の一人の男が、俺の肩に手をかけてきた。
「譲ってくれねぇ? 痛い目にはあわせないからさ」
ククク、と軽く笑いながら言う男の手を、俺は汚いもののように振り払った。
すると、すぐさま男は俺に殴りかかってくる。
後ろには明日香が。避けることはせずに、左の腕でその拳を受け止めた。
「ふ〜ん」
男はニヤニヤしながら左足で上段蹴りを仕掛けてきた。勢いは一切ないが、頭部に直撃するこの攻撃は危ない。俺は右手でその足を受け止めると、左足で男のわき腹めがけて蹴りをぶち込んだ。
「ぐはっ」
軽く3mは飛んでいく男を俺は上から見下ろすと、まだ目の前にいる2人の男達に目線を向ける。
やけになったのか、二人は一気に俺めがけて突進してきた。
明日香を背中にかばっている今、避けることは許されない。
突っ込んできた一人を突き出して跳ね返すようにお腹へ一発蹴りをぶち込む。もう一人のほうも、回し蹴りをして右側で倒れている男のほうへとふっ飛ばしてやる。
一瞬にして3人を蹴散らした俺に、その場にいる全ての人からの目線が襲い掛かる。
「あ、明日香?」
俺は苦笑いをしながら後ろにいる明日香を見ると、呆然としていた。それもそうだ。明日香の前ではなるべくこの強さを隠してきたのだから。
「ど、どうしちゃったの…風紀」
「え、いや、その…なんでもないよ。とりあえず行こう」
引っ張っていってやりたいが、俺は明日香の手を握ることは出来ない。
明日香の名前をもう一度呼ぶと、明日香は歩き始めた。行く場所なんてものは決めずに。
適当に歩いた結果、ついた先は俺達の場所。特別教室だった。
ガラッとあけたドアの奥には、3日目、4日目と映画を公開するための準備が整っていた。
しかし、この時間は誰もここにはいない。
つまり、今は吸血鬼のコスプレをした俺と明日香の二人だけなのだ。
いつも俺達が座っている席へと勝手に足が向かう。明日香もそうなのだろう。何も発することはせずにそこへと向かっている。
「えっと、その…休憩って何時までだっけ?」
「え、あ! 4時だったけなぁ?」
明日香は慌てるように、千切れている紙に目を通している。多分、亮平から渡されたのだろう。明日香は忘れっぽいから。
「うん、4時まで休憩だよっ!」
「ありがとう」
俺はニコッと笑ってそういうと、明日香は照れるように一緒に笑ってくれた。
そのまま沈黙へと戻る。
「さっきは、驚いた?」
俺はアハハと軽く言うように笑いながら言ってみた。
「う、うん! 昔、一度だけ風紀が喧嘩するところ見たけど、あそこまで迫力はなかったから…」
そういえば、遊園地に一緒に行ったときも粉砕したっけな。
「ごめんな、驚かせちゃって」
「う、ううん! 助けてくれてありがとう! 風紀が私の彼氏でよかった」
エヘヘ、と可愛く笑う明日香を抱きしめたい衝動に駆られる。けど、こんなとこで失神してしまっては、休憩の意味が全くなくなってしまう。
「…そ、そういえば、進路どうしたよ?」
話題を変えるつもりで振った話題。
「風紀と一緒の桜大学に行くってこの前も言ったじゃん! もう、忘れちゃたの?」
「あ、そうだったな」
この話題が、俺達の一生を左右するとは思わなかった。
「…女優はどうするの?」
不意に思いついたその質問。頭で制御する前に言葉に出ていた。
「だ、だから、風紀がね…嫌でしょ?」
「…だ、よな」
「最近の風紀おかしいよ? どうしたの? 私、風紀が嫌なことはしたくないし、風紀が嫌な思いするの嫌なんだよ。何か悩んでるの…?」
心配そうに聞いてくる明日香のその声は、確かに安堵感を感じる。
だけど、俺はずっと明日香の『その思い』に頼っていていいのか? 明日香という輝くはずの原石を、そばに置いておく自信はあるのか?
…どうなんだ?