9−2
そして、俺達は文化祭当日を迎えた。
クラスの催し後半組みの俺と明日香にとって、学校を遅れていくということは何か特別なことに感じてしまう。
まぁ、なぜか亮平は朝から俺達の家に来て、色々なコスプレ衣装を持ってきていたのだが。
コスプレ喫茶が、待ちきれなかったらしい。
11時と遅い時間に登校中の俺達三人は、いつものように何もない普通の会話をしている。
「明日香のコスプレって、どういうのか聞いたのか?」
亮平が明日香に質問すると、明日香は首を二回横に振る。
この質問は、昨日今日と俺が2回もした質問なのだ。やっぱり明日香のコスプレは気にはなるのだろう。なんたって、一昨年の猫耳メイドと、去年の学ラン姿は悩殺物だったからな。
明日香にサインをねだる奴なんて、20分に3人ぐらいいるほどだ。
今年はコスプレということで、毎年どおり明日香の人気振りはすごいはずだ。
「ほら、早く行こうよ!!」
どうやら、今年の文化祭を楽しみにしているのは、亮平だけでは無さそうだ。
「おうっ」
俺は明日香のペースにあわすように、少しだけ歩くスピードを速める。
ドテン。
「……」
結局、体力のない明日香は、スピードが衰えその場に崩れていってしまった。
昔と違うところは、意識を失いながら倒れることがなくなったことだろう。
「…も、もう大丈夫っ!」
「はいはい」
いつものことだ。俺は明日香にニッコリ笑って見せると、明日香は喜ぶように笑顔で返してくれた。
「お前等、俺がいること忘れてねぇだろうな?」
プチプチと聞こえるような表情をしている亮平がそこにいた。
「あ、忘れてたっ!」
こいつ、本気で言ってるぞ…。
亮平は悲しそうな顔をして、一人先に歩き出す。俺はもちろんそれを止めることはしなかった。
教室に着くと、婦警さんの格好をした女子や、バニーの格好をした男子などが店中を回っている。やはり毎年の如く忙しそうだ。多分、この後明日香と亮平が加入すれば、もっと忙しくなるのだろう。
…明日香と一緒に文化祭を回れるか不安になってきたぞ。
「おい、風紀っ!」
厨房のほうに居る亮平から呼ばれ、俺は小走りで亮平のところへと向かう。
「ほれ、着替えろ」
バッと出されたのは、襟のたった黒いマントのような服とネクタイ。
そして、歯につける軽く尖った歯。
「何これ?」
「見て分かるだろう?」
「…もしかして、もしかすると」
「そうだ、吸血鬼だ」
「…返す」
俺は手に取った服を亮平につきだして返すと、足を180度向きをかえ教室に戻ろうとする。
もちろん、慌てて亮平に止められてしまった。
「待て待て! おちつけ、もちつけ!」
「意味不明だぞ」
「そ、それはすまない。だけど、人も待たせてるんだ。お願いだから一緒に来てくれ」
亮平の必死な説得してきたから、仕方なく亮平についていくことにした。まぁ、これが間違いの一歩だったのだろう。
ある部屋に入ると、俺は逃げ出したくなるような光景に目を取られた。
「ゆ、優華さん!?」
「あ、風紀君…なんで服着てこなかったのよぉ?」
いやいや、こんな物騒な服着ませんよ。
「ふ〜ん…」
優華さんがにやっと笑った瞬間、待ち構えていたように亮平は俺の体を逃がさないようにギュッと固めてきた。
「な、なんだよ!」
俺は慌てて振りほどこうとするが遅かった。
普通なら亮平の腕力ぐらい、すぐに解けるのだが今回はちょっと事情が違った。
「ゆ、う…かさん」
ぎゅぅっと力いっぱい優華さんが俺に抱きついてきたのだ。
全てがいきなりすぎた俺の心に余裕という文字が出るわけもなく、そのまま意識は遠のいていく。
これが、優華さんと亮平の罠だったということに気付くのは、全く時間が掛からなかった。
「おい、風紀、起きろ」
ペチペチと頬を叩く亮平の姿がうっすらと目に入ってくる。
「お、まえな…」
目を覚ました瞬間に、優華さんが抱きついてきたことを思い出した。本気で亮平をこの場で殴ってやろうとか思ったけど、それを制するほどの出来事が起きた。
「明日香…?」
亮平の後ろには、ちょっと恥ずかしそうにもぞもぞと動いている明日香の姿が。
「え…?」
明日香の姿を見ると、襟の立てたマントと、可愛らしい十字架のリボンが頭についている。おまけに、歯からは八重歯というものが出ていた。
簡単に言うと、明日香も吸血鬼になっていた。
だけど、ただ吸血鬼というわけじゃない。それは他の何とも比べ物にならないほどに可愛かった。
吸血鬼の姿って、ここまで可愛くなれるものなのか?
「俺はナース姿のほうがよかったんだけどなぁ」
亮平はふて腐れたかのように頬をぷぅっと膨らませていた。
どうやら、亮平の話によると、沙希が持ってきた明日香のコスプレというのはナース姿だったらしい。もちろん、そっちも見てみたかったが…俺と同じコスプレをしている明日香を見て、愛おしく思わないわけがなかった。
「か、可愛い…」
つい口から出てしまうこの言葉。明日香は顔を一瞬にして真っ赤にしてしまった。
「まぁ、私の専属コーディネーターに全てを任せたから、かわいいのは当たり前だよ! ちなみに、風紀君もかなりのイケメンになったからねっ」
そういえば、ちょっとだけ頬にねっとり感を感じる。
「ほ、ほら、風紀行こうっ!」
明日香は顔を真っ赤にしながら、俺にそう呟いてきた。そんな可愛い明日香の誘いを断れるわけがない。
「い、行くか」
俺は力なき足に、無理矢理力を込めてすっと立ち上がる。
後ろから、軽い冷やかしのような声が聞こえてきたが、軽く無視をすることにしよう。
何よりも、明日香のこの姿…すっげぇ可愛いんだけど。