9−1
「風紀、学校行かなきゃ遅刻するよぉ?」
天使の声が、耳に届いてくる。
やっぱり朝はこの声が必要だ。この声無しで、朝を迎えるなんて考えられない。
「もう少し寝たいぃ…」
俺の部屋のドアを開けて、明日香は叫んでいる。朝に弱い俺は、いつも学校に行く前はこうやって布団から出られないのだ。
「もう、早くしないと…」
フフフ、と明日香の不気味な笑い声。その声を聞いた瞬間、俺の思考は起きるという選択肢をせまられた。
「わ、分かった! 分かった!」
俺は布団から飛び出して、すぐさま制服に手を掛ける。
…危ない、明日香はすぐそこまで来ていた。
明日香はちぇっと頬を膨らませて、俺の部屋から出て行く明日香を見送る。それから、俺は制服に着替え、明日香が待っているであろうリビングへと向かった。
あの合宿が終わってから、数日が経った。
あの日、俺がいきなり倒れた後は大騒ぎ状態だったらしい。そりゃそうだ。遭難に近い状態で亮平たちを待っていて、いきなり倒れたんだ。誰だって焦るだろう。
病院へと向かった俺は、異常なしと診断され、その後沢先輩から熱い拳を放たれた。あんな先輩でも、一応心配してくれたようだ。
そして、いろいろあった合宿は無事終わり、撮影も残すところ学校風景だけとなった。
それも、先日撮り終え、あとは編集のみとなっている。
ちなみに、今年の編集は亮平と龍先輩が協力して行うらしい。
俺は何も分からず、あとはただ文化祭当日を迎えるだけ。
今日は、明日迎える文化祭初日の準備に一日中取り掛かるという話だ。
そして、俺達3年2組は、毎年恒例の喫茶店を開く。
1年生のときはメイド喫茶、2年生のときは学ラン喫茶、そして今年はコスプレ喫茶だそうだ。
もちろん男もコスプレを強制される。しかも、厨房の人たちまでだ。最悪としか言いようがない。
明日香のコスプレは、沙希が用意してくれるという話だ。なんでも、沙希のお姉ちゃんがコスプレ好きらしい。
どんなコスプレが見れるかは、文化祭当日のみ知らされる。
俺が期待する明日香のコスプレは…
「ほら風紀、ぼぉっとしてないで早く行くよぉ?」
あれからは、明日香とあまり将来については話さなくなった。
いつもどおりの生活に戻っている。
…と思う。
亮平も五十鈴も、俺とは普通に接してくる。
俺もそれを違和感には思わないし、もちろん普通に接している。
だけど俺は、ある課題をまだ残したままだ。
…明日香のこと。
分かっている。決断の日が迫っていることを。
「よし、行こうか」
俺はニッコリ笑って、そう呟いた。
俺と明日香が学校に着いたときには、周りのクラスの人たちは忙しそうに働いていた。
この学校の文化祭は、4日間という期間にわたって行われる。そのため、他校と比べると大掛かりな文化祭になるのだ。
そのため、来客数も他校とは比べ物にならない。
有名人の参加はもちろん、プチライブまで行われたほどだ。そんなお金がどこから出てきているのかは知らないが。
俺達のクラスが行っている喫茶店は、2年前の売上数のおかげで一躍有名となってしまった。去年も全学年でTOPに近いほどの売上数を誇っている。
もちろん、男子生徒の目当ては明日香なんだけど。
今年は、あの亮平も同じクラスだから、例年より売上数が上がることは考えなくても分かることだろう。
それに、優華さんも来るって言っていたし…。
また、波乱が起きそうな予感がする。そんなこと考えたら、ちょっと身震いしてしまったよ。
「やっと来たか」
教室のドアを開けると、真っ先に俺達を迎えてくれたのはもちろんこの男。
亮平だ。
「風紀がなかなかおきてくれないんだもん」
ぷぅと頬を膨らませて、明日香は亮平にそう呟く。
それから、また楽しい3人の会話になった。
「それよりも、風紀はどのコスプレにするかもう決めた?」
隣にいる明日香が作業をしている俺にそう聞いてくる。
「ん〜、どうしようかと悩んでるんだよね」
ちなみに、いわゆるオタクと分類されるであろうクラスの男子生徒から、俺達男子は大抵借りようという話になっている。
そのオタク生徒も満更でもない感じで、色々とピックアップしてきていたから、あとは本番までに衣装を決めるだけ。
「風紀のことは心配しなくていいぞ。俺がもう準備しているから」
俺の目の前に突如現れた亮平が明日香に向かってそう言う。
「は? 俺の衣装決まってるの?」
「あぁ、風紀のことだから、本番になっても決めかねてそうだからな。しょうがないから俺が準備しておいてやった」
ニシシと笑いながら、軽くピースをしている亮平を見て、女どもは軽く目をハートにしている。
「どんな衣装だよ?」
「ん〜、それは明日のお楽しみだな。今言ったら、学校休みそうで怖いから」
そんなことで休んだりするもんか。
「まぁ、お前は言い出したら言葉を変えようとしないからな。仕方なく明日まで待ってやるよ」
「なんだよ、その上目線の言葉は。部長に対しての言葉かね? 香坂風紀」
軽くにらみ合っていると、明日香が慌てて止めに入ってきた。
必死に亮平と俺をなだめようとしている明日香が面白くて、ついつい俺と亮平は笑ってしまう。
こんな明日香を、俺は捨てれるわけがない。離れられるわけがない。
「明日香」
ニッコリ笑って名前を呼ぶと、ビックリしたような顔で俺の顔を見てくる。
「…文化祭、楽しもうな」
今は、その言葉だけで十分。
タイムリミットが刻一刻と迫ってくる中、俺達はのんきに笑いあっていた。
合宿が終わりました。
9−○がスタートです。
ちょっとラストスパートに向けて頑張って行きたいと思います。
では