8−6
落ちた場所では確認することが出来なかった場所に、その小屋はあった。
どうやら、何かの道具をしまう場所で使っていたのだろう。中の様子を見る限り、なんかの理由で、使われなくなったようだが。
とりあえず中へと入ってみる。さすがに、小屋の中までは雪は入っておらず、俺達の体は雪というものから脱出することが出来た。
「風紀、大丈夫?」
心配するように俺の顔を覗いてきた明日香に俺は笑顔を見せる。
「お前こそ大丈夫かよ。いきなり悲鳴が聞こえてビックリしたって」
「ごめんね」
「いいよ。俺が悪かったし…」
そういうと、俺と明日香の間には沈黙が流れる。
何か話すことはないかと考えるが、優華さんが言っていたことしか頭の中に浮かばなかった。
「…明日香は演技が好きだって言ってたよね」
「うん。楽しいもん」
…楽しいか。
俺は心の中で大きく息を吐き、ずっと聞きたかった質問を投げかける。
「じゃあ、女優になればいいじゃん?」
「女優?」
明日香は不思議そうな顔で、俺の顔を3秒ぐらい見つめてきた。そんなに変だっただろうか?
すると、明日香は一瞬だけ考え込むような素振りを見せた。多分、優華さんと会話したことを思い出したのだろう。
「女優…そうだねぇ。風紀はどう思う?」
「俺は…」
俺は望まない。
だけど、今この場所でははっきりと言えないことは分かっている。俺の気持ちは曖昧だ。
「……」
それ以上の言葉が続けられない。明日香の未来は…俺の一言で全ては決まってしまう。
「風紀は?」
明日香は答えを聞きたいのか、急かすようにそう聞いてくる。
「お、俺は…明日香を…」
独り占めにしたい。他の奴等に見せたくない。
…そんなことが言えるはずもなく、俺は自分の情けさにひざを抱えた。
「明日香がなりたいなら…応援する」
どうして、こんな言葉が出たのだろう。
「風紀…」
素直な気持ちが言葉に出てこない。
そうだ、この気持ち…。
怖いんだ。
明日香の未来を潰すことが、明日香を俺という小さな世界に閉じ込めておくことが。
優華さんが言うように、明日香にはオーラがある。
「優華さん言ってた。明日香は成功するってさ。あの人が言うんだ、間違いないだろう」
後はお前が決めることだ。
俺はそう呟きたかった。
明日香はそのまま黙り込んでしまう。数分間、その状態で居ると、明日香が痺れを切らして口を開いた。
「風紀は…嫌じゃないの? 私がテレビに映ること。私は…嫌だよ? 風紀が他の人の物になるなんて」
「明日香…」
「独占欲が強いって言われてもいいの。私、風紀とずっと一緒に居たいから」
明日香が泣きそうな目で、俺の瞳を見つめてきた。
当たり前だろう? 俺もお前が他の誰かのものになるなんて考えられない。
心でそう呟くだけ。
「…明日香は演じることが好きなんだろ?」
「す、好きだよ!? でも、私は風紀の彼女だから! 風紀が嫌なら、私絶対にやらない!」
俺の彼女だから…?
もしかして、明日香は俺がいるから…女優になろうとしないんじゃ?
なろうと思っても、なれないんじゃないのか?
俺のせいで明日香の輝きは薄れていくんじゃないのか?
『そう考えていてもね、風紀君は明日香ちゃんを女優の世界に入れたくなるのよ』
優華さんのその言葉が頭の中を過ぎる。
これは…そういうことなのか?
「明日香…」
自然に口が開き、明日香の名前を呼んでいた。
『どうして、そう思うんですか?』
優華さんは俺のこの感情を先読みしていたのか?
それとも、優華さんの彼氏もこの気持ちになったと知ったから?
『…きっと、なる』
俺は女優の秋本明日香を止めることはできないのか…?
明日香の輝きを消すことは出来ないのか。
恐れに負け、俺は明日香から離れていく。
…いや、俺は明日香が離れていくほうが怖い。
きっと一人じゃ生きていけない。明日香がいない生活なんて考えられないから。
「…女優」
気付けば、死人のように単語だけを喋っている。
「輝き…」
「風紀?」
「明日香、俺…どうすればいいんだ?」
もう、訳が分からない。俺はどうしたいんだ。
「ふ、うき?」
俺が叫んだそのとき、小部屋のドアが勢いよく開いた。
「風紀、明日香っ!」
数十人の人達が見える。心配して見に来てくれた映画研究部の皆と、スキー場の管理をしている人だろう。
声をあげて、一番に駆け寄ってきたのは亮平だ。
「大丈夫か!?」
亮平が俺の体を掴むと、一気に正気へと戻る。
さっきまでの思考が一瞬にして止まった。
もしかして、俺が明日香から離れてしまったら、亮平が明日香と…?
そんなことを考えてしまったからだ。
ありえないことなのに。
「風紀、大丈夫か!?」
寒さと、安心、そして恐怖。
その三つが揃って、少しずつ、俺の意識は途切れ、目の前がかすれていく。
何よりも、この恐怖から逃げ出したかった。
読んでくださってありがとうございました!
これで8−○は終了となります。
さてさて、次からは9−○に入ります。
どういう展開になるのか見えてきたでしょうか?
ちなみに僕はハッピーエンドが大好きです。