8−3
「何かあった?」
優華さんが撮影を終えて、俺の元へと近寄ってきた。
ちなみに明日香は、優華さんと入れ替わって撮影中。
「あ〜、その」
正直、優華さんには聞きたいことがありすぎる。亮平の言っていることが嘘だとは思わない。あいつの言う噂は100%の確立で本当なのだ。
「…もしかして、私の職業について?」
その質問に俺は冷や汗を流しそうなぐらいに体が硬直した。
「いつかはバレるとは思っていたんだけどね。まさか、こんなに早いとは。さすがは亮平君ってところかな?」
さすが優華さんだ。俺の気持ちが筒抜けのようである。
「……」
俺はそのまま黙ってしまった。言いたいことはたくさんある。なんたって、優華さんはそれを知っていながら、明日香を女優の世界へと連れ込もうとしているのだ。
「ねぇ、風紀君」
優華さんは俺のほうを見ないで、ポロっと言葉をこぼした。
「今日、夜に会えるかな」
「え?」
急な言葉で、俺は言葉を失った。
「話したいことがあるの。出来れば誰もいないところで」
優華さんは、やっと俺のほうを見てニコッと笑った。その笑顔は、何か抱えている笑顔。
俺はその笑顔で、とてつもなく不安を覚えた。
だけど、逃げることは出来ない。
俺は軽く一度だけ頷いた。
夜0時、俺は優華さんに指定された、ホテルの一室へと向かった。
部屋の前に着くと、俺は二回ノックをする。
「入って」
ドアを開けると、そこには私服姿の優華さんがいた。
「…はい」
俺は物静かなその部屋に一歩踏み込んだ。ズシリと重たい空気が俺を纏う。
「優華さん、話というのは?」
優華さんは、俺の顔を一切見ようとはせず、ただベッドへと腰を下ろした。
「ここ、おいで」
言われるがまま、俺は優華さんの隣へと座る。
座ってみたものの、優華さんが何も口を開かない。
「何かあったんですか?」
優華さんが何の話をしたいのかは分かる。きっと、俺も聞きたいことは同じだ。
だけど、その話題に直で触れることへの恐怖感は、きっと俺も、優華さんも同じものなのだろう。
そのせいだ。きっとこの沈黙は。
「あ、のね」
沈黙が10分ほど続いたとき、優華さんはそっと口を開いた。
「…黙っててごめんなさい」
優華さんは俺に顔を見せないように頭を下げた。
「大丈夫です」
「明日香ちゃんにも言ってないんだ」
「え?」
明日香は知らないのか?
「明日香ちゃんが知ったら、絶対に嫌というでしょう?」
そりゃ、あの性格だ。きっと、俺を第一に考えてくれているのだろう。そういう優しい子。
だから優華さんがいえなかったことにも頷ける。いや、本当は頷きたくないのだが。
「明日香ちゃんなら、きっと大女優になれると思うの。私、本当はこの撮影に参加した理由は二つあってね。一つは、もちろん風紀君たちに会いに来たの。龍が言っていたような楽しそうな子達だったから。もう一つは…」
そこで優華さんは口を閉ざした。だけど、俺は何も言わなくても分かる。
分かってしまった。
「明日香の勧誘ですね」
「うん。私が面白半分で、所属事務所の社長に龍が撮った、一昨年の作品を見せたとき…」
明日香ちゃんを誘って欲しいといわれたらしい。
「私も、同じ意見だった。明日香ちゃんには才能があるし、何より演技することが大好きみたいだから」
アハハと俯きながら笑う優華さんを、俺はただ見ていることしか出来なかった。
「昔の私なら、絶対にこんなこと思わなかったよ」
優華さんは、ふぅと一息つくと、今度は天へを見上げた。
「昔の?」
俺はその部分が気になって質問をした。もちろん、優華さんの口からはすぐ言葉が返って来なかったが。
「…私、この世界に入る前は大好きな彼氏がいたの」
亮平の話と同じだな。
「高校卒業間際、彼氏は私に女優を勧めてきた。どうやら、今所属している社長さんから電話があったみたいなの」
「それは、別れるという条件を知らなかったからでしょう?」
「ううん、彼はそのことを知って、私に女優を勧めてきたの」
「…え」
俺には理解が出来なかった。なんたってそれは、付き合っている彼女に、別れようと言っているのと同じだったから。
「どうして彼は…?」
優華さんは天井を見上げたまま、今度は背中をベッドへとつけ、仰向けになる状態になった。
「…そのうち、風紀君にも分かるときが来ると思う」
「俺に?」
「そう、風紀君に」
俺にわかるはずがない。俺は明日香と別れるなんて想像が出来ないからだ。その彼氏とは違って、彼女のことを愛している。抱きしめたり、キスをしたり出来ないものの、俺は世界一明日香を愛している自信がある。
「彼は言った。優華は女優になるべきだって」
少しずつ、優華さんの声が震えてきているのが分かる。きっと我慢をしているのだろう。昔のことを思い出すのは辛いはずだ。
「私は彼の言うままに女優になった。そして、その条件を知ったときには泣き叫んだよ」
「ということは、女優になってから聞いたって事ですか?」
「そう。いきなり音信不通になってね。私が落ち込んでいるときに、社長からその話しを聞いたの」
優華さんにもそんな時代があったんだ。
「もちろん、私は嫌だった。彼と別れるぐらいなら女優を辞めるとまで言った。だけど、彼はちゃんと私が頑張れるように手紙を残して行ってくれた」
手紙?
俺は不思議そうな顔をすると、優華さんは俺に気付いたのか手紙の内容を呟く。
「たった一言、優華を愛している」
「愛してる? 愛しているのなら、なぜ別れたんですか?」
「…分からない。だけど、今となっては彼に感謝しているの。こ、こんなに…楽しい毎日を送れて…いるんだもん」
「ゆ、うかさん」
優華さんの声は、激しく震えていた。多分泣いているのだろう、俺はあえて優華さんの顔は見ないようにした。
「その彼を、まだ好きなんですか?」
俺は問いかける。すると、優華さんの泣き声が聞こえてきた。これがもう答えだろう。
好きなんだ。
忘れることは出来ない存在なんだ。
だけど、彼はどうして優華さんを突き放したのだろう。
優華さんのこの性格は、明日香に似ている。なら、彼氏もその性格を理解しているはずだ。
なら、どうして?
どうして、彼は優華さんと別れる道を進んだんだ? 誰かが言っていた。金よりも愛だと。愛より素晴らしいものはないのだと。
「…ご、めんね」
「いえ」
「本当は、明日香ちゃんにはこんな気持ちになって欲しくないの。だけど、明日香ちゃんのようなダイアモンドの原石を放っておけない。彼女は輝ける存在だから」
「明日香が?」
「可愛いだけじゃない。そういうオーラがあるの。風紀君も撮影中に感じたことない?」
確かにある。他の誰とも違うオーラを。
「風紀君、考えて。明日香ちゃんに一番いい方法を」
「いい方法…」
「私はどんな結果でも受け入れるから。あとは明日香ちゃんと、風紀君次第。でも、これだけは約束する。明日香ちゃんはビッグスターになれるよ」
優華さんの言葉は、ずっしりと俺の心に圧し掛かった。
そして、俺はその場に立つ。
「わ、かりました。だけど、いい返事は期待しないでください」
俺は何よりも明日香と離れたくない。
今、その気持ちが一番だった。
読んでくださってありがとうございます。
私用により、更新が遅れてしまいまして、申し訳ございません!
これからは出来るだけハイペースで更新したいと思います。
では、