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8−2




「ちょっと好奇心というか、優華さんの過去が知りたくなって、ちょっとだけ優華さんの昔を調べたんだ。そしたら…優華さん、女優になるまえに大好きな彼氏と別れたらしい」


「優華さんが?」


そういえば、リフトに乗っているときに、その話題に少し触れたかもしれない。


あれは、初めて優華さんと明日香が女優になる話をしたとき、俺は優華さんに今の俺達みたいな経験はあるのかって聞いた気がする。


「優華さんは俺達よりも年上だしな。そういう経験があってもおかしくないだろう」


そんなこと、優華さんの前で言ったら多分殺されるぞ、と亮平にそのあと忠告された。


「…こんな話、聞いたことないか?」


亮平は完全にベッドの上で座る形になって、喋り始める。


「その道に入るには、男と別れなければいけないっていう話」


「は?」


その道とは、タレント、女優になるということだろう。


「そりゃ、聞いたことあるけど…」


「どうも、それは本当らしいんだ。ちなみに、優華さんが所属しているところは、どうやら恋愛を禁止されているらしい」


「…ということは」


「そういうことだ」


優華さんは、女優業をするために、大好きな彼氏と別れたってことか?


「どうしてそこまで…」


「この情報はあまり入ってこなかったんだがな…」


亮平は少し間をあけた。


「彼氏に別れようといわれたらしい」


「なんで?」


「…理由は分からない。そこまで聞き出すことは出来なかったんだがな、彼氏のほうが女優業を勧めたらしいんだ」


「だから、別れたっていうのか?」


「あぁ」


亮平は悲しそうに呟く、まだ何かあるかのように。それにしても、彼氏はなぜ優華さんと別れたのだ? 好き同士なら、なんとしても付き合っていたいはずだ。


「…風紀、もうひとつ考えて欲しい」


「なんだ?」


俺も体を起こして、亮平と向き合うように座りなおした。


「万が一だが、明日香が女優になったとしよう」


「うん」


「明日香は、どこに所属すると思う?」


「そりゃぁ…」


一番手っ取り早いのは、優華さんのところだろう? そんなこと誰だってわかるはずだ。


って、え? 優華さんのところ…?


「え…」


「そうだ、優華さんのところだ」


「ま、待って。じゃあ、明日香が女優になるならっ!」


それ以上の言葉は亮平の口からは聞けなかった。


ただ、俺は唖然としていた。


なぜ、優華さんは俺に明日香が女優業をするように勧めてきたのか。


明日香はそのことを知っているのだろうか?


答えはその夜だけでは、見つからなかった。


そして日が明け、合宿の4日目の朝を迎えた。
















「どうしたのぉ? 風紀、元気ないじゃん!」


朝、みんなで朝食をとっているとき、明日香は俺の異変に気付いた。もちろん、あのことを打ち明けた亮平は、俺のことを気がかりにしているのか、ずっとそばにいてくれる。


「ん、あ…いや」


明日香と別れる…か。考えたくもないことだ。


「変なのぉ!」


明日香はアハハと俺の顔を見ながら笑った。明日香が笑ってくれることが、今の俺が、唯一正常でいられる理由。


今にでも、楽しそうに話している優華さんに問いただしたい気持ちでいっぱいだ。


だけど、ここでは聞けない。なんたって明日香がいるのだ。


明日香にこういう話は聞かれたくない。明日香には笑っていて欲しいから…。


「風紀、大好きな卵焼きだよ? 食べないのぉ?」


明日香はそういいながら、俺の卵をつまんで食べようとする。


「ちょ、お前! 食うなって! 俺のだろうが」


「え〜、風紀要らないような雰囲気だったし」


「食べる! それ返せ!」


明日香はお箸でつまんだ卵焼きを見て、にやりと笑った。


い、嫌な予感がする。


「あ〜ん♪」


「やっぱりか!」


って、ついついツッコミを入れてしまったぞ。


「ほら、あ〜ん♪」


…明日香、全員が見てる。全員が。


「食べないのぉ?」


ニコッと笑う明日香の笑顔にまけ、俺は口を開けた。


「パクッ!」


そう言って入った卵焼きの行き先は、俺の口の中ではなかった。明日香の隣で、さっきまで沢先輩と楽しそうに喋っていた優華さんの口の中に行ってしまった。


「あ、優華さぁん!」


「おいちー!」


おいちーじゃねぇよ! 俺の卵焼き!


「あ、げる」


その言葉と同時に、俺の目の前に突如現れた卵焼き。


「お、サンキュー!」


俺は躊躇することなく、その卵焼きに食いついた。やべぇ、美味しい…。


「ありがとな!」


俺は、その卵焼きをくれた人を見る。そこには、五十鈴が立っていた。


「い、すず?」


驚いて、名前を呼んで確認してしまう。まさか、五十鈴が俺のところに寄ってくるなんて思ってもいなかった。


五十鈴は何も言わないで、自分の席へと戻っていく。


「風紀」


ボソッと名前を呼ばれて、俺は隣に座っている亮平の顔を見た。


「ど、どうした?」


「…いや、なんでもねぇよ。ほら、俺の卵焼きもあげるから、そんな落ち込むなって!」


「まじで!? ありがとう!」


俺は遠慮することなく、そのまま亮平のお皿に乗っている卵焼きをお箸で取った。














そしてご飯も食べ終わり、一通りの準備が終わると、撮影の時間が始まる。


今日はスキー場で、沢先輩が演じる教師役からコーチングを受けるシーンを撮るらしい。もちろん、スキー場からは撮影の許可をもらった。


今は明日香が、優華さんと一緒に、台詞の打ち合わせをしている。俺は自分の台詞を覚えるので必死だった。


「んじゃ、撮るぞ」


龍先輩の一言で、全員が定位置につく。そして、演技が始まった。


明日香の演技姿は、一緒に演じている俺から見ても輝いていた。確かに、これだけだったら優華さんに負けていないのかもしれない。


なんとか、NGを出さずにそのシーンを撮り終えた俺と明日香は、一旦ここで休憩。


この次は、亮平と優華さんの撮影が始まるらしい。優華さんはもちろん、亮平の演技も素晴らしいものだった。俺のとは比べ物にならないぐらいに。なんで、俺が主役に抜擢されたのかいまだに不明だ。


「ふ・う・き♪」


俺が座っている椅子の隣に明日香は腰を下ろした。


「どうしたの? 朝から、元気ないんじゃない?」


明日香は体を少しだけ傾け、俺の顔を覗く体勢になった。


「そ、そんなことねぇよ…」


明日香に、あのことを打ち明けるかどうか悩んでいた。もしかしたら、優華さんに聞いて、もう知っているかもしれないけど。


それにしても、明日香は女優になる気はあるのか…?


「なぁ、明日香」


俺は疑問に思い、聞こうと頭で理解したときには、もう口が名前を呼んでいた。


「なにぃ?」


「その…演技は好きか?」


そんな意味の分からない質問に、明日香は一瞬首を傾げたが、そのあと直ぐに好きだよ、と一言呟く。


「優華さんから聞いたんだけどさ…」


―――――明日香は女優になりたいのか?


「なに?」


「…その」


もし、俺がそう聞いて、YESと返事が来たら、俺はどうすればいいんだ? この前言ったとおり、俺は明日香がなりたいというなら応援すると決めたばかりなのに、あんなことを聞いたら…。


「どうしたのぉ?」


「その…じょ、じょ」


「じょ?」


明日香は不思議そうな顔で、俺の言う言葉を待っている。


「女優のさ…」


「うん」


「女優の優華さんと、俺キスシーンがあるらしいんだけど…」


やっぱり聞けない…。なんていうチキンなんだ、俺!


「あ、う…」


「その、なんだ。明日香がやめて欲しいっていうなら、俺はそのシーン断るけど」


「い、や」


明日香は俯きながらそう言った。だよな、やっぱり…。


「でも、龍先輩が監督だから。それは仕方ないことでしょ? 仕事じゃないけどね、一応私たち映画研究部として、この映画に力を入れてるんだから…その、していいよ」


「は?」


明日香の思いがけない言葉に、俺は動揺してしまった。てっきり、断固反対されると思っていたのに…。


「だから、演技だから仕方ないの! ね? それにしても、風紀は大丈夫なの!? キスとかして。倒れても助けてあげないよぉ?」


必死に自分と戦っている明日香の顔を見て、俺はそれ以上何も言えなくなった。




















読んでくださってありがとうございます。

3日に1回ぐらいの更新ペースでしたが、ここで少し諸事情によりペースが落ちます。

楽しみにしていただいている皆様、申し訳ございません。


次回更新は20日予定となっております。

もしかすると、一日ほど遅くなるかもしれません。


感想、評価お待ちしております。


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