8−1
次の日、五十鈴は普通に笑っていた。だけど、俺に話しかけてくることはない。
それは五十鈴のけじめというやつなのか、どうかは俺が知るところじゃないが、正直なところ、話しかけられたらどうしようと内心ビクビクしていたのだ。
「風紀、何があったんだよ」
そのことに一番に気付いたのは、俺の大親友の亮平だ。
「まぁ、な」
まさか、亮平に五十鈴に告白されたなんていえるはずがない。
なんたって、五十鈴と亮平の立場は同じような位置なのだから。
「まぁ、どうでもいいけど、撮影に影響出さないでくれよ」
はぁ、とため息をついて、亮平は撮影している龍先輩の近くへと行った。
明日香は、普段どおり楽しそうに優華さんや、他の女子部員と喋っている。俺はと言うと、やはり一人きりで撮影している風景を眺めていた。
「じゃあ、次明日香ちゃんと五十鈴ちゃんの番ね」
龍先輩がカメラを構えながらそういうと、明日香も五十鈴も一瞬だけビクッと体を動かしたが、すぐに笑顔へと戻った。
明日香は撮影となると、元気になるようだ。
いつも楽しそうに撮影されている。本当に、演技が好きなのだろう。
「女優か…」
俺はボソッと呟いた。
明日香の女優姿はすぐに頭に浮かんだ。なんたって、近くに優華さんという存在がいるのだ。なんとも離れている気はしない。
「明日香ちゃん、綺麗ね」
いきなり横に出現した、あの大女優。
「はい」
そこは素直に認めておいた。
「あらら、昨日以来すごいラブラブじゃない。そんなに初キスが嬉しかったの?」
「ちょ、優華さん!」
俺は顔を真っ赤にして立ち上がった。周りからは一斉に注目を浴びる。俺は咳払いをして、もう一度座りなおした。
「ふふっ、風紀君かわいいぃ♪」
ニコニコ笑っている優華さんには一生勝てそうにもない。
「…人のこと言えるんですか」
ボソッとつぶやくと、優華さんには聞こえていなかったみたいだ。なんていったの? なんて聞かれたけど、俺は何もないですよぉと悪戯っぽく返事をした。もちろん、優華さんは俺に問い詰めてくるが、絶対に答えはしない。
それが俺のかすかな抵抗。
「…ねぇ、やっぱり明日香ちゃんは」
「役者に向いてますね」
俺は優華さんの言葉を最後まで聞くことなく答えた。何が言いたいのかは、俺の隣に来たときにピンと来た。
「明日香ちゃんに言ってあげてくれない?」
「何をですか?」
俺が明日香に何かを言える権限なんてない。あいつの未来は、あいつのものだから。
「女優になれって」
「だから、それは前にも言いましたけど」
俺は呆れながらそういうと、優華さんは首を横に振った。
「明日香ちゃんが望むならって話でしょ? 違うの、そうじゃないのよ」
そして、優華さんは俯いて小さく『明日香ちゃんは、風紀君に背中を押されることを待っているの』と答えた。
「俺が…ですか?」
「そう」
「俺は嫌なんですよ?」
明日香が望まない限りは、決して明日香が女優になるなんてことは考えたくない。ましてや、俺の命令で…なんて。
「そう考えていてもね、風紀君は明日香ちゃんを女優の世界に入れたくなるのよ」
「どうして、そう思うんですか?」
優華さんの口から、その言葉の答えは帰ってこなかった。
「…きっと、なる」
何か意味ありげにボソッと呟く優華さん。俺はそこに何かがある気がした。
「優華さん」
俺が、そのことについて触れようとすると、タイミング悪く龍先輩が俺の名前を呼んだ。その意味は、俺がこれから出番だってことを意味する。
「ほら、出番だよ」
ニッコリ笑って送り出してくれた優華さんのあの笑顔、いつもと絶対に違った。
俺はNGを出すことなく撮影を終える。そのシーンで、ちょうどお昼にしようと龍先輩は言い出した。
「じゃあ、あそこの飲食店に入りますか」
亮平は撮影道具を持って、歩き出した。それに続いて皆も一斉に歩き出す。
優華さんと俺だけがその場に残って。
撮影をしていたため、機材を運ぶ準備が遅れた俺は、みんなから遅れを取っていた。
そのとき、一向に歩き出そうとはしない優華さんが目に映る。
「優華さん?」
俺はさっきのこともあったため、少しその優華さんが心配になった。
これだけ有名になった人だ、撮影時やそれまでに何か色々大変なことがあったはず。
「ん…?」
「大丈夫ですか?」
俺は近寄って優華さんに声をかけると、ビクッと反応した。
「だ、いじょうぶ!」
うっすら涙を浮かべている瞳。
「優華さん?」
何があったのだろうか。
「大丈夫、大丈夫! ほら、みんな行っちゃったよ? 早く行こうよ!」
優華さんはいつもの笑顔に戻って、走り出した。
それから夜になるまで、誰も優華さんの様子が変だってことは気付いてなかった。
俺の気にしすぎだと思っていたけど、その疑念が確信に変わったのは夜の出来事。
亮平と俺がベッドの上で仰向けになりながら喋っていたときだった。
「風紀、ちょっといいか」
さっきまで能天気な話しをしていたのに、亮平はいたって真面目な声色に変わった。
「どうした?」
「優華さんのことなんだがな」
俺は、その名前に反応した。
「優華さん、何かあったのか?」
「あぁ、晩御飯食べているときに気付いたんだけど、優華さんちょっと様子が変だっただろ?」
「そうだな。俺は昼のときからおかしいと思ってたけど」
「本当か?」
亮平は上半身を起こして、俺に問いかけてきた。
「うん。明日香をさ、女優にさせたいらしい」
その言葉に亮平は目を丸くした。
「ほ、んとうか?」
「あぁ。本当だったらまずいのか? 俺は、明日香が決めることだと思っているけど、やっぱり女優になって、今以上に注目の的になるのはあまり嬉しいことじゃないもんな」
俺は頭の上で腕を組みなおす。
そうすると、亮平は一向に黙り始めた。
「どうした?」
俺が問いかけると、小さな声で話し始める。
「このこと、言っていいのかわからないけどさ…」
そして、亮平が話し始めたのは、俺にとっても、これから起きる出来事にとっても、とても衝撃的なことだった。
Double Life 〜After Story〜 読んでくださってありがとうございます。
8−○が始まりました。
もうそろそろ、クライマックスにかけて徐々に練り上げていきます。
では、お楽しみください。