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7−6





「明日香、俺さ五十鈴のところへ行って来ようと思うんだ」


明日香は俺の言葉に笑って、軽く頷くだけ。本当は行って欲しくない、なんて顔をしているけど、俺はけじめをつけなければいけない。


明日香、ごめんな。


「ちゃんと断ってくる。俺は明日香がいるからって」


「…ほんと?」


「ほんとにほんと! だから、外で盗み聞きしている優華さんと沢先輩の三人で、トランプでもして遊んでて」


俺はドアのほうに向かって言うと、ビクッという音が鳴ったかのように、ドアはゆっくりと開いた。


「え、えへへ」


「えへへじゃないですよ…」


俺は頭を抱えてそう言った。だけど、この二人のおかげで俺は明日香をこれ以上悲しませずに済んだことは確かだ。


あとで感謝の言葉でも言っておくか。


「明日香」


そして俺は再び明日香の名前を呼ぶ。


「な、何?」


そっと口を耳元に寄せて、一言だけ俺は呟く。その言葉に明日香は顔を真っ赤にした。


後ろの二人は「あらら…」とか言って明日香をからかう準備をしているような顔をしている。


「さて、行ってくるか」


俺はすっと立つと、明日香に名前を呼ばれた。


「し、信じてるから」


「分かってるよ」


俺はグッと親指を立てて明日香にニッコリと笑った。安心したのか、明日香はいつもの笑顔に戻っている。


もう、この笑顔を崩したくない。


そう心に刻み込んで、俺は五十鈴たちの部屋へと足を向けた。


五十鈴は俺が好きだといってくれた。いつからかは分からない。もしかしたら、一緒に祭りを回った日のときはもう俺を好きでいてくれたのだろうか。


まさか、五十鈴がっていう気持ちが強い。


なんたって、いつも笑顔で俺の居場所を作ってくれた人だから。


五十鈴と静香がいるであろう部屋の前に来ると、俺は深呼吸をした。そして、インターホンへと手を伸ばす。


カチッと一階押すと、中からすぐガチャガチャと鍵があけられる音がした。


「はい」


静香だ。


「俺、風紀だけど」


「あ、風紀君…?」


「五十鈴、いるかな…?」


「…ちょっと待って」


静香は静香にドアを開けると、俺に中へと入ってほしい仕草を見せた。中に五十鈴がいるのだろうか。


俺は部屋に入り、周りを見渡す。しかし、五十鈴の姿はそこになかった。


「五十鈴、風紀君に言ったの…?」


五十鈴独特のゆっくりとした喋り方で、俺に話しかけてきた。多分、五十鈴は静香だけに、自分の気持ちを打ち明けていたのだろう。


「…あぁ」


「そして、ここに来たということは…五十鈴を拒否しに来たの?」


「拒否…じゃないんだけどさ。俺には明日香がいるから、五十鈴のことを恋愛対象として見れないってことを伝えに来た」


俺が素直に今の気持ちを静香へと言うと、静香は俯いて黙り込んでしまった。


「し、ずか?」


名前を呼ぶと、静香はびくっと体を震わせた。


「な…だ…」


静香はボソッと呟く。しかし、その言葉はどうやら、俺の耳元へ届く前に消えてしまったみたいだ。


「なに?」


「なら、駄目。五十鈴の居場所は教えられない」


「どうして…」


俺は戸惑った。なら、俺にどうしろというのだ。五十鈴を恋愛対象に見れないのは、もう俺の中では決まってしまったことだ。


「五十鈴、風紀君と祭りに一緒に行ったこと、楽しそうに笑って話してた」


「……」


「風紀君のことになると、いつも五十鈴は楽しそうだった」


「ご、めん」


「謝らないで。五十鈴は風紀君のことが大好きなの。明日香ちゃんがいるって分かっていても、五十鈴は風紀君が大好きだった。この気持ち、風紀君に分かる…?」


分からない。


五十鈴の気持ち…? いったいどういう気持ちだったのかは。


友達の彼氏を好きになるなんて、俺が亮平の彼女を好きになるのと同じじゃないか。


……。


亮平は五十鈴と一緒だってことか…?


亮平も、俺と明日香を見て、今の五十鈴と同じ気持ちになっていたのか?


…なんで、なんでだよ。


「なんで、そんな儚い恋をするんだよ」


「人間だから」


静香は透き通るような声で、話しを続ける。


「人間だから、恋をするの。苦しい、悲しいって分かっていても、人間は恋をしちゃうの。風紀君にも経験ない? 恋をしたくないのに、どうしても心が揺らいじゃったことって」


…俺は、凛と別れてからはそんな気持ちだった。明日香と出会って、明日香を好きだって認めたくなかった。


もう一度、あの恐怖を味わいたくないから。


「…ないよね。もしあったのならば、今五十鈴にかける言葉はそんなことじゃ」


「静香に、俺の何が分かるんだよ!」


気付けば、叫んでいた。


フラッシュバックのように、昔のことが頭を過ぎる。


凛と別れたこと。


智也と一緒に過ごしたこと。


明日香と…出会ったこと。


「俺は、俺は! 明日香が好きなんだ。五十鈴が俺を好きだとしても、それは変わらないんだ。だから、どうすればいい? 五十鈴に何を言えばいいんだ? 俺は五十鈴のことを好きになれないって言えばいいんじゃないのか? どうなんだよ!」


「…もう、十分?」


「五十鈴に諦めて欲しいって言えばいいのか?」


「違う」


「じゃあ、どうすればいいんだよ…」


「…お前のことは嫌いだって、突き放してあげて」


「…は?」


「好きじゃないなら出来るでしょ?」


俺が五十鈴に嫌いだと…言う?


「そ、そこまでしなくても」


「だから、風紀君は駄目なの…貴方は、気を持たせすぎなのよ」


静香の言葉が心に響いた。


「五十鈴に嫌われたくない。そう思ってるんでしょ?」


「…友達だから」


「だけど、五十鈴は風紀君のことが好きなんだよ? 中途半端なの、風紀君は」


「…五十鈴を突き放せと?」


「そう」


「…分かった」


俺は五十鈴と仲直りしに来たわけじゃない。俺には明日香がいるから…。


「どう、分かった…?」


静香の声は明らかに俺には向けられてはいない。それは、俺の後ろで涙を流しながら立っている、五十鈴に向けられたものだった。


「五十鈴…」


全部聞かれていたのか?


もしかして、静香が狙っていたのは、俺の本当の気持ち? 五十鈴の前では何か取り繕うと考えて、俺の気持ちをこんなに出させたのか?


五十鈴は俺が振り向くと同時に、その場に崩れた。


「五十鈴、ごめん」


「わ、かってたことだもん」


「俺、明日香が大好きだから。お前とはもう…」


それ以上の言葉を言うのは辛く感じる。五十鈴ともう、あの楽しい日々を遅れないと思うと。


「…大丈夫だから」


「え?」


「大丈夫だから、私。今、撮影中でしょ…。無理矢理避けたりしないで、お願い…」


涙を流しながら言う静かの言葉に、静香も五十鈴と同様に涙を流していた。


「風紀君と明日香ちゃんは一番のカップルだから…。邪魔しだなんて思ってないから…」


「五十鈴…」


「だから、私を避けないで」


静香はそっと五十鈴を抱えるように抱きしめていた。何も言葉を発することはなく、ただ五十鈴の背中をさすっている。


「…五十鈴、ありがとう。だけど…」


俺は背中を向けた。これ以上、この二人を見ていることは俺には出来ない。


明日香の涙のほうが見たくなかったから。


「ごめん…な」


そう言って、ドアに手を伸ばす。


ガチャリと音を立てながら開いたドアは、俺が部屋から出ると、ゆっくりと閉まっていった。




















読んでくださった皆様、ありがとうございます。


さて、これで7−○も終わりました。

次からは8−○が始まります。

予定ではもう少し長くなる予定です。

どうか最後までお付き合いのほどお願いします。


ありがとうございました。

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