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「風紀っ! 風紀っ!」
テンションMAX状態で明日香は俺の名前を呼んだ。ここは、俺らがいつも行っている買い物屋さんだ。結構セールとかしている。
「なんだよ」
数歩先をスキップのようなリズムで歩く、明日香に追いかけるように俺は少し歩くペースを速めた。
「これ、安くない?」
お肉を見るところ、どうやらセールをやっているらしい。正直言って、このお肉が安いかどうかなんて、俺は全く知る要素の無いことだ。
「安いなぁ」
一応、明日香に同意しておく。
「あれ、明日香?」
買い物しているときに聞こえてきたその声は、俺達のよく知っている人物のものだった。
「あ、亮平くん!」
明日香はちょこちょこと亮平に近づいていく。亮平はそんな明日香を見ると、俺のほうを一瞬チラッと見た。
なんだ?
よく分からないが、俺も亮平に近づく。
「なんでこんなところに居るんだよ?」
亮平に質問すると、笑ってごまかした。こいつ、まさか俺達の会話を聞いてたな…。
「今日の晩御飯はなんだい?」
亮平はそう言って、俺の持っている買い物籠の中身を覗いた。数秒見つめると、ハンバーグかと呟く。
「よく分かったな」
そう、今日は俺と明日香が大好きなハンバーグを作る予定なのだ。
「なんとなくな。俺もご一緒していいか?」
「駄目に決まってんだろ」
俺は即答で言葉を返す。
「な・ん・で・だ・よ! 俺とお前の仲じゃないかぁ!」
泣きながら、俺にへばりついてくる。こいつ、明日香に同情を誘ってるな。
「駄目なもんは、駄目だ」
こんな分かりやすい演技、誰も引っかからねぇっつうの。
「風紀、亮平君が可愛そうでしょ! ほら、亮平くんも一緒に食べよぉ」
…ここに約一名いました。
「ありがとう!」
亮平はそう言って、明日香に近づこうとする。
「おい」
俺は少し怒りじみた声で、亮平の襟を掴んだ。
亮平は本気にはならないが、女の子を好きらしい。親友の彼女である、明日香にも遠慮なく引っ付こうとする。まぁ、こいつだから俺は冗談で済ませているが、亮平じゃなかったら、ボッコボコにしているところだ。
そして、俺達は会計を済ませ帰宅した。
「で、どうしたんだよ?」
家について、明日香が料理を作っているときに、ソファーでくつろいでいる亮平に話しかける。
「どうしたって、何がぁ?」
どうやら、とぼける気満々らしい。
「なんで今日、俺達の邪魔をしにきたのかって聞いてるんだよ。なんか理由あるんだろ?」
「いや、別にないけど」
ケロっとした顔で、俺を見てきた。こいつ、本当になんの理由もなしに俺達の邪魔をしに来たのか?
「はぁい出来たよぉ」
それから、数十分後、明日香はハンバーグを机の上に置いた。いつも見るが、こいつの料理は本当に美味しそう。
「うっめぇ!!」
誰よりも先に食べ始めた亮平は、目を瞑ってくぅ〜ってしながらそう言った。
「ありがとぉ」
エヘへと照れながらそういう明日香は俺の隣に腰掛ける。
「いただきます」
明日香は手を合わせて、ご飯を食べ始めた。俺も、そろそろ食べようかな。
「いただきます」
パクッと口へ運ぶ。
…ん?
「うめぇ…」
いままでも十分に美味しかったが、今回はそれ以上に美味しい。
「何使ったんだよ?」
明日香に聞くと『愛だよっ』と言われた。
「ば、ばかっ!」
俺は明日香から、まさかそんな言葉が飛び出すと思わなくて、思わず顔を赤くしてしまう。
明日香も言ったあとから気付いたのか、俯くようにしてご飯を食べはじめた。
「お前等、俺がいること忘れてないよな?」
目の前の席で座っている亮平がそう呟く。もちろん、忘れては居ない。
「あっ、亮平君!」
いや、忘れていたみたいだ。
「……」
亮平は悲しそうな目をすると、ご飯をモリモリと食べ始めた。
「じゃあな」
やっと食べ終わった亮平は、俺達にそう言って家を出て行った。
結局、何がしたかったのかは分からずじまい。
「明日香」
やっと二人の時間が作れた。
「なにぃ?」
「…いや、なんでもない」
俺がそういうと、明日香は笑い出した。
「風紀、変だよぉ」
明日香は、洗い物へと向かう。そんな後ろ姿を見ると、俺は抱きしめたい衝動に駆られた。
……。
しかし、明日香は足を止めることもなく、そのままキッチンへと姿を消した。
何一つ、出来ない。
最近、よく思うようになった。
俺達が付き合い初めて、一年と半年ほど。
あの日以来、俺は明日香を抱きしめることもしてやれない。明日香が、恋しがっているのかは知らないけれど、俺は寂しい。恋しい。
「明日香…」
この体質を、最近本当に恨むようになった。慣れたら大丈夫…なんて問題じゃないのだ。
俺はそんな気持ちを残しながら、自分の部屋へと入っていった。
次の日の朝、俺が起きるとそこには、昨日から始まった亮平のお宅訪問が行われていた。
「おはよぉ」
明日香はいつもの笑みで、俺を迎えてくれる。これがあるから、一日頑張れるといっても過言ではない。
「おはよう」
俺はとっておきの笑顔で、明日香にそう言った。
まぁ、亮平がいるから、明日香のおはようも少し嬉しさ半減だけどな。