1−2
風紀…。
風紀…!
「ん…デジャヴュか?」
そして俺は起きた。
記憶が飛んで危うく死んでしまうところだったが、なんとか息を引き止めたらしい。
「風紀ぃ、大丈夫?」
その甘ったるい声の持ち主は、すぐ判断できた。
「凛…」
俺の元カノである木村 凛だ。俺の女性恐怖症という体質を作った張本人である。
「…えっと、ここは?」
周りを見渡したところ、ここはどう見たって保健室だった。どうやら、俺はあの場で倒れて、ここまで運ばれたらしい。
「あ〜…初っ端からこれかよ」
これとは、俺がこの気絶状態に入ることを示す。
未だに女に触られたりすると、俺はたまに気絶してしまうことがある。なんとも恥ずかしいことだ。
「教室に戻る」
記憶の片隅にあるものを引きずり出した。掲示板で見た俺のクラス…確か3年2組。なんの因縁なのか知らないが、俺は3年連続2組なのだ。
俺は保健室を出ると、真っ先に教室へと向かった。その後ろを、凛は無言で付いてくる。
「……」
こいつが喋らないと逆に気持ち悪い。何か企んでいるんじゃないのか?
そう思ってみたが、何事もなく教室に着いた。
しかし、事件が起きたのは教室に着いてからの話。
「って、誰もいねぇじゃん!!」
「始業式は教室で起きてるんじゃない! 体育館で起こっているんだ!」
今このセリフかよ! ってツッコミたくなるほど、馬鹿なボケをした凛。しかもそのネタ少し古いし。
「何で言わなかったんだよ!」
そのツッコミをスルーすると、凛は拗ねたように頬を膨らましてこういった。
「だって、風紀と二人っきりになりたかったんだもん!」
「…よし、体育館に行こう」
「でも、始業式もう終わるよ?」
「……」
そして、俺は無言で自分の席に着いた。
「あれ、風紀じゃない! おかえり!」
いつもの天使のような笑顔で、明日香が教室に入ってきた。
「ただいま」
「風紀、戻ってきたんだ」
明日香の隣にいる沙希がおれの方を見てそう言った。こいつは、明日香の友達で水谷 沙希って言う。通称、怪力女。
「か、怪力女だと…?」
「え、え!?」
なんで、こいつは俺の心を読めるんだ!? まさか、エスパー!
「お前、口に出していないつもりだろうけど、はっきり言葉にしてたからな」
と、龍之介が忠告してくれた。どうやら口に出ていたらしい。
「って、ごめんなさぁぁい!!」
俺が考えに浸っている途中だというのに、この怪力女…おっと、沙希は殴りかかってきた。
その光景を、明日香はクスクス笑いながら見ている。
こんな生活が続くとばかり思っていた。
しかし、現実はそんなに甘くない。
いきなり、俺に地獄が降りかかってきた。
「いたぞ! あれが風紀だ!」
俺の名前を呼んだそいつは、どっかから湧き出てきた男Aだ。どうやら、明日香のファンクラブの幹部的存在らしい。
そいつの後ろにいる奴の顔は見たこと無いから、多分新入生なのだろう。明日香目的で、この学校に入学するという噂も聞いたことがあるからな。
「ゲッ」
俺はそいつらを見ると、即その場から逃げ去った。あいつ等に初めて捕まったとき、俺が外傷のない程度だが、かなり痛めつけたというのに、こいつらは俺を避けようとしない。そんな奴等は初めて見た。恐ろしや、明日香ファンクラブ。
いつも逃げる場所は決まって、五十鈴がいる303教室。なぜかこいつ等は、五十嵐 五十鈴がいる教室に入ってこようとはしない。他人を巻き込むことを嫌がっているのか? よく分からないが、いつも五十鈴に助けてもらっているのは確かだ。
そうそう、五十鈴とは俺と同じ部活で活動している女の子。柔道、空手、合気道を習っていて、本気になれば俺より強いはず。まぁ、この子は根が優しいから、暴力を振るおうとはしない。実際に、こいつが喧嘩や手をあげているところを見たこと無いからな。
「また、追われてるの?」
五十鈴は、いつもの呆れた笑顔で俺を出迎えた。
「あれ、風紀じゃん」
そう言って、俺に近寄ってきたのは山田 幸助。
「あ、映画研究部のムードメーカー的存在の山田幸助君、おはよう」
俺はニッコリ笑って挨拶をすると、白い目で見てきたから殴ってやった。
「な、なんだよ!! しかも、何なの? その俺を説明するような言葉は!」
「細かいことは気にするな」
こいつと深く会話をすると、後が面倒だからな。適当に流しておくのが一番なのだ。
「まぁ、いいけどさ」
幸助はふてくされたような顔をして、その場から立ち去っていった。
「3年生初日というのに、風紀君は人気だね」
五十鈴、それは分かっていっているのか? それとも天然なのか? 最近のこいつはよく分からない。いわゆる不思議系というやつだ。
「いつもありがとな。じゃあ、俺教室に戻るわ」
俺は五十鈴に片手をあげ、手を振ると教室から出て行った。
「お前、人気者だなぁ」
教室に戻ったら、今度は亮平から言われた。
こいつも、五十鈴と一緒か? …いや、こいつは分かっていっている。なんたって、この街一の情報通だからな。
「うっせぇ。お前ほどじゃねぇよ」
そういうが、亮平は何のことか分かっていない。こいつ、情報通なのに自分が、女子から人気があることに気付いていないのだ。
猫に小判というか、豚に真珠というか…。
…どっちも一緒か。
「はぁい! 皆席についてねぇ♪」
教室のガラッと開かれたと同時に、あのいつものテンション高い伊豆野 小百合先生が入ってきた。この人が担任ならば、俺は3年間一緒ということになる。
「今年も、3年2組を担当するのは、この私でぇす♪」
どうやら、どいつもこいつも期待を裏切らないようだ。
「じゃあ、これからの日程の説明をするからねっ! ちゃんと聞いていないと、私の…きゃっ! 恥ずかしくて言えないぃ♪」
と、顔で手を隠しながら、クネクネと先生は体を動かしている。
先生、どうやらまた一段と変なテンションが増したようだ。恐ろしい。
「風紀っ、風紀っ」
横に座っている明日香に目をむける。こいつとは、去年は少し席が離れていた。だけど、今年は隣同士。一年生のときを思い出す。
「なんだよ」
あのハイテンション先生にばれないように、俺達は小さな声で話し始めた。
「今日、帰りに買い物付き合ってね」
ニコっと笑う明日香の願いを、この俺が断れるわけもなく、1秒もまたずにOKの返事をした。
「ありがとっ!」
天使の笑みを俺に向けるこいつは、俺の最高の彼女だな。