第19話 試験⑤
見なかったことにしてください。いずれは手入れしますから
「結果的には…あんな感じだったけど、お疲れ様、二人とも」
…これだけで試験の合否がわかる訳じゃないので、労うような言葉を選んで二人を迎える。
「最後の方に、何もしてないんですけどね?」
「私がした《獣化》が地雷を踏むとは思わなかった…」
片や苦笑い、片や反省中。どこか似てる部分もしっかり持ちながら、お互いに違った反応で面白いと思えた。
「こう言うと失礼な気がするけど、二人は珍しい『狐』の獣人だったんだなぁ…」
……伊織の勝手な思い込みを思わず吐露する。
「確かに『狐』の獣人ですけど、珍しいですか?」
別に気にしないと言うよりか、カエデは何が珍しいのかをわかっていない。
そんな妹の解答にハヤテが変わって返答する。
「この髪の色でそう思ったんだろう。大概、『狼』とかとよく勘違いされる」
…兄の答えを聞いて、カエデも気付いたらしい。『そのことだったんだ~』と間の抜けた声を出していた。
「金が狐で、銀は狼か犬ってイメージがあるんだよなぁ…。ちゃんと勉強してないから、こうなってしまうのかも?」
イオリの記憶だけじゃない。伊織も何も知らなかった。……時間を見つけたら勉強しとこう、そう思っていた。
「お前はまだ行かないのか?」
ハヤテが当たり前のことを聞いてくる。
…だが、どう答えて良いのか言い淀む。
「そうなんだよ…。最後で恥をかくのが嫌だから、早く済ませたいのに…。見てくれよ」
……伊織が視線で促す。その先に騎士達を一人一人見ていく。修練場で試験を受け持つ、キレた女性騎士、立ち会い人の苦労人騎士。その奥には団長のレイア、と謎の騎士。
何故か、ゴールの姿が見当たらないのだ。
もし、指名しても出て来てくれないと、また目立つ。色々と恥の上塗りになってしまう。
…だが、そうして待ち続けるのもいただけない。迷う間に最後というのだって避けたい。
とにかく、伊織は無駄に不安にかられていた。
…そんな風に考え事ばかりに集中していると、また一人の受験者が指名を口にしたのに気付いた。
「あぁ…出遅れた…」
情けない声が口をついて出ていく。
「そんなに悩む前に試せば良いだけだろう?」
「兄様の言う通り、迷わずにいかないと。」
―この双子の思う事が正解だろうなぁ…。仕方ない。これも当たって砕けろだな!―
……少しだけ、気持ちが楽になる。一人で悩んでいるとどうしようもないが、誰かがいると何とかなることを、改めて知ってしまう。
「二人ともありがとう、ちょっとだけど不安が和らいだよ」
純粋な気持ちが言葉になって出ていく。本当に、心が温かくなってくる感じがする。
「やりたい事をやれるだけ頑張ってこよう」
ようやく、決心出来た。あとは終わるのを待つだけだった。
◇◆◇◆◇
また一人、受験者が時間一杯を戦って自分の実技を終わらせた。
一旦、騎士が元の場所に戻るの見て、伊織は一歩だけ前に出る。
さっきから、次こそ自分、次こそ自分と待っていた。その決心が鈍る前に一歩も踏み出せた。
「次、行くんだろう?頑張ってこい!」
「ファイト、です!」
短い時間の中でも、こうして親しくなれた人の言葉も背中を押してくれた。
ふぅ、と一息ついて、修練場の真ん中に進んでいく。
…いくら、落ち着いたふりをしても心臓が飛び出してしまいそうなくらい、胸がドキドキしていた。
「ゴール副団長と戦わせてください!」
言葉の後に頭を下げる。誰かやっていたかは覚えてないし、思い出せない。緊張のせいで頭の中が真っ白になっていた。
「わかりました。少し待って貰えますか?」
「はい!」
レイアの言葉に反応して即答する。
そして、震えてしまう手をギュッと握りしめて、ゴールの到着を待つ。
……遠くから、ドタドタと近付く足音が聞こえてくる。
ようやく、待ち人が着くのがわかるだけでもテンションが上がる。何とも言えないくらいに、体に力が巡っていくのを伊織は感じる。
「すまん!色々とあってな。で、お前か?お前で良いんだなぁ?」
その言葉に、力強く首肯く。…目の前にはさっきまでの情けない男ではなく、しっかりとした『騎士』のゴールが立っている。
「良~し、わかった!お前の決意に応えてやろうか!」
…三人組とのお遊びをした格好ではなく、今回はその手に剣を握っていた。
「私が立ち会いましょう。双方準備は良いですか?」
伊織はただ頷き、ゴールは「いつでも!」とさっきまでと違い、団長のレイアにさえも気合い十分と言った言葉を発した。
「勝ち負けではなく、受験者は出来るだけをぶつけて下さい。……では、始め!」
やっと、自分の実技が始まる。
伊織は、あの場所での戦いとクオンに伝えられた事を思い出しながら一撃一撃を放っていく。
……先ずは基本として体に染み付いていた型に構え、切り下げ、払い、突き、切り上げ…と繰り返し攻撃を放っていった。
―くそっ、イオリが頑張った分が届かない―
…やっぱり、悔しい!勝つとか、そんなことは始めから頭にない。ただの一撃でも良いから、イオリの分で当てたい!
しかし、ゴールはそんな事を知るわけも無い。繰り返しの攻撃を剣で弾いたり、反らしたりを最小限でやってのけた。
本当に始めから力んでいたのは自分でも理解していた。それに対して、ゴールは当たり前に剣で何とかするだけでやりたい事をやらせてくれた。…打ち合う金属音が、雑音を耳に届かないようにしてくれていた。
しかし、三度目のイオリの攻撃の途中から、まるでバカにしているような声が入り出した。
……同じ受験者なのに、そんな風にされる。
それが悔しくて堪らない!
「そんなに力んでも、上手くいかないもんだぞ?それと、雑音になぞ構うな。アイツらの方がひどいもんだ」
…そんな事くらい知っている。悔しいのは届かない事の方だ。
一旦離れて、もう一度だけ基本の型に構える。多分、イオリが得意だった一撃を放つイメージだけを研ぎ澄ます。
その一撃は正直、構えなんて意味の無い変則的な攻撃。それを狙う。
真っ直ぐ、一気に踏み出し、切り上げるだけ!
しかし、派手な音を立てるだけ。そして目にする、最悪な光景…。
……打ち合った剣が、伊織の剣が、ただの偶然で壊された。
「またやった……。すまない。本当にすまない!」
その言葉で、ゴールはまたしてもあの時のように変わる。…しかし、伊織はそんな事を気にしてられない。時間もあるのに止めれないし、惨めと思える自分を変えたい。
だがレイアがこの光景に対して、声をかける。
「武器が無くては、続けさせる訳にはいきません」
…そう言って止めようとする。
「待ってください!…もし、武器があるだけで良いならば、すぐに用意します!」
伊織は急いで所持品の中のもう1つだけの武器を取り出してレイアに見せる。
それはこんな事で、偶然で、何も出来ないで終わるのが嫌だったから。もう必死のお願いだった。
「まだ戦えます。それにやりたいんです!
…だから、団長はゴールさんにそう言って、戦うようにさせてください!お願いします!」
……伊織はレイアに抜身の刀を見せて、そう迷わずに嘆願していた。
多少、武器と伊織の様子に驚きはしたが、レイアはゴールに声をかける。
「あなたは、偶然の事だけをそんなに悔いて、相手を哀れむだけなのですか?騎士があるべき姿、それと先達があるべき姿を示さないのは、一番の恥ですよ?」
……優しい言葉に厳しさがある。レイアは伊織の嘆願をすぐに受け止めてくれた。
『ならばあなたはどうすべきですか』とゴールを焚き付ける。
◇◆◇◆◇
「良いですか、団長?…許されるならば、アイツのために、試験を続けても」
「彼からの願いを無碍にする気はありません。あなた次第です」
二人が真剣に伊織の嘆願に言葉をやり取りする。
……その間に伊織は新しい得物を確かめ、具合を確かめていた。
実際の経験ではなく、ゲームの…伊織の感覚を思い出して素振りを繰り返し続ける。
――多分、上手く体は動かないだろう。それはわかっている。でも、一番使い方を知っているのはこれしかない。――
「団長の言う通り、騎士として、先達の者として、アイツの心意気を買います!」
…どうやら、これで先に進められるようになった見たいだ。
「また始めます。団長には号令をもう一度、お願いします」
レイアはゴールの言葉に頷き、伊織に確かめる。まだこちらは不十分だが、応える。しかし
その前に、言い訳のように言葉を並べる。
「最初に謝っておきます。実戦では初めて使うので、見苦しいって思います。
…あともう一点。実験台になって貰います!」
「チャレンジする気持ちは大いに結構!素直に付き合ってやるから掛かってこい!」
……何か不思議な光景だが、仕切り直しの合図を待つ。
「再開します。双方、残る時間でもう一度、やり遂げなさい。……始め!」
伊織はもう一度だけ、イオリの真似の構えをすると、すぐにゴールに斬りかかる。
だが、やはりこの体が慣れてないせいで初手の切り下ろしから、自分の態勢を崩して蹌踉ける。次の手にまるで繋げない。
……元から完璧にはならないのは理解している。
だから、その考えさえ頭の隅に追いやり、只管にゲーム内での動きを思い出せる限りで思い出して、反芻させる。
―それには希望的観測があるだけだが、必死に実践へと引き上げ、繰り返し続ける。
「どうした、それだけか!」
ゴールが伊織を煽るように叫ぶ。それが叱咤激励の意味なのは理解出来る。
息が上がっているが、何度も何度もまた一つまた一つと攻撃への集中力を高め続ける。
いつからか、剣の軌道を狙えるように自身の攻撃が体に馴染んでいく。
―振り下ろしは切り下ろしに、
―振り回しがなぎ払いに、
―振り上げが切り上げに、
―打突が刺突に……。
もう少し、あと少しで届きそうな確信が湧き上がる……だが、やはり足りなかった。
「……そこまでです!」
ただ、自分の未熟さが悔しい。まだこの記憶が役に立たないのが悔しい。
―出来るだけを出せない今がもどかしい…―