第17話 試験③
安定しない文章には目こぼしを。
―ゴール・クラスタ―という男。
レイザス王国、騎士団副団長。その言動とレイアの存在がなければ団長とも成りうる器の持ち主。
彼もまた、この国で生を受けた者ではない。
遥か遠く、生国の南方の島国より各地を渡り歩いて、冒険者としてこの地へ流れてきた。
この地域でのダンジョン攻略、その他に魔物の討伐での日銭稼ぎをしていた。
…その際に起きた戦渦に報償金目当てに、有志として従軍。
魔物の襲撃による防衛戦にて、前線の町に赴く。陥落寸前の町の防衛ラインを仲間と共に立て直し、再三に渡る魔物の襲撃を防ぐ。
だが、戦渦最大の襲撃において、町の放棄が決定。最後の移民が危険域を出るまで蹂躙される町の中で孤軍奮闘していた。
結果、孤立することになったが放棄された町から先へと魔物を侵入させることなく、戦える最後の一人になるまで防衛の役割を果たした。
その後の解放作戦で《竜殺し》とレイア、有志隊が町に入るまでの間を凌ぎきったとされるが、公式には何も功績として語られていない。
その後、行方を消した冒険者は各地を変わらず彷徨っていた。ただ、『英雄』と『史上最年少の騎士』の噂を聞きこの国へと戻り、騎士として歩むことを望んだと古き仲間が語る。
この男が言う。『恩義を返さずには死ぬに死ねない』と。
何があって何を思っての生き方なのかは誰も知らない。語るにはただ一点。この男もまた騎士足る力、『守る盾』を体現する者と言う事だけ。
……例え他人がどう思おうと、何も変わらぬ特異な者。
……ただのバカにあらず、ただの騎士にもあらず。そう、人は見掛けではないのだ。
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あの男のやりたい事、それに巻き込まれた受験者の双方に呆れるばかりだった。
……受験者が持つ武器と、その体格。
槍、二対の剣、小剣。そして、おそらくは受験者で一番の長身の人間、そこそこ普通より高めの身長の獣人、そして、小人。己の特徴に見合った得物。
試験に用意されていた革鎧の下の、特徴的な制服らしき衣装をしている。
……さっき耳に入った、多分、騎士学校と思われる出身の者達だろう。常に同じ場所に固まっていた三人組。
ゴールが指名した三人組はともかく、その指名した当人の出で立ちは、レイアの指摘通りに騎士としてはあまりにお粗末だった。
―体の、おそらく急所と思われる場所に小皿を着けた鈍重そうな鎧姿―
……確認するまでもなく、的のつもりだろうその鎧にその身を包み、仁王立ちをしている。
「お前達が、あの学校の生徒だって聞いててなぁ?
…まぁ、あいつからの頼みでもあるから、面倒をみてやろうってことで、この格好な訳なんだ。どうせ、学校ではお堅いことしかやらんだろうし、お遊びを混ぜてお前達に教えてやるよ!」
はっきりと遊びだと宣言をするゴール。結果がどうなるかはわからないが、これは騎士じゃなく、目上の立場、強い者がやって良い事では確かにない。
「説明すると的当て、だな。俺の鎧についてる的のどれか一つ、更に三人の中の誰かが攻撃を当てたら、それで実技は及第点をやろう。
5分…じゃあ短いだろうし、三人だから20分やろ「15分じゃこのバカが!」そうそう、15分だってよ!良かったな?」
……あんまりだ。俺が勝手に騎士と騎士団を美化していただけなのか?
三人組と同様にタメ息を漏らす。だが、これから立ち合う三人は、直ぐ様その様子を平常に戻して武器を構え、ゴールの前に並んでいた。
今回はレイアが開始を告げ、実技という、片や真面目に試験を、片やお遊びを始めた。
小人が牽制の為にだけでなく、短剣を足の的に狙いをつけて投げる
……まるでその通りだと言う様に頷きながら、外見とは違う、軽い動きで簡単に射線を外す
その動きの間隙を縫う様に左右からの斬撃、そして、死角をついた高速の突きが的確に的を捉え放たれる。
……だが、それさえも体には届かない。
「なかなかやれる様だなぁ、お前達~?でもそれは、あくまでお勉強の中での話だぞ!」
……確かに言う通りの定石の攻撃。相手がそれなりで、明らかに手を抜かれるだけでなくハンデまで貰ったのだ。それでも、いとも簡単に躱す。
その様子から一切視線を外さないままで、伊織は余りにも何も知らないので、隣のハヤテ達に質問をする。
「この国にある騎士学校って有名だったり、何個もあったりするのか?」
…多分、これは間抜けな質問だと思われるが聞かずにはいれなかった。
「少なくとも、2つはあるだろう。私もカエデも他国の生まれ育ちで、この国には疎いから何とも言いきれない」
ハヤテはすまないと言う。
…だが伊織からすれば、例え少しでもその情報を知れるだけでも有難い。
だが、ここで珍しくあらぬところから、より詳しく教えて貰った。カエデが話に入って来た。
「確か、基本は2つ、です。王国が広く人を集めた『王立』と貴族様が資金を出して創られた『私立』があります」
…伊織はその声に静かに聞き入る。折角の機会を邪魔してはいけない。
「あの制服は王立の騎士学校、ですね。それから、あちらにいる女の子達はきっと貴族の子なんですね。試験でも許されてるマジックアイテムも高級品ですし…。良いなぁ…制服も可愛いし…」
その声に羨望が滲んでいた。敢えて野暮な事は言わないが…。
カエデの隣でハヤテがわざと咳払いする。それに気付くと顔を真っ赤にして顔を目一杯背ける。
「あと、多分ですけど、もう一人だけ騎士学校の生徒の人だと思われるんですけど、どこかまでわかりません!」
…視線の先には魔族の女性。同い年くらいだろうか?
そう思った時、修練場に歓声が上がった。すっかりと視線を外していた事に気付いて、そっちを見る。
―誰かが的を壊せたのか?―
そう頭に浮かんだ答えのままの視界に入った光景。思わず、変な声を漏らしてしまう。
……誰かと言わず、三人の武器がそれぞれ的に攻撃を当てていた。
やはり、出自による練度は高いのだと、最初は感心した。…したのだが、その攻撃が壊したのは的では無かった。
……壊したのは攻撃した側の武器だった。何故、そうなったのかを、一瞬理解出来なかった。だが、もしも自分が知るだけの情報が当てはまるならば、理解が出来る。
…そう言い換えられる。
「ゴールって鬼人のハーフか?」
…この世界の常識からは外れないならば、それしか答えが見つからない。
ただし、それは武器破壊に関してのみ。確かに攻撃が当たったあとで武器が壊れたからだった、この答えが正しいと思えた。しかし、的が壊れないのは一体…?
これから、自分は指名して相手をしてもらう予定にしている。そのゴールの不可思議さに、伊織は言い様のない恐怖を感じる。
まだ実技を残す、人間は同様だろう。
やはり騎士と言う者が、どれ程の高みにいるのかを改めて感じさせられたのだから。
「偶然とは言え、武器を壊してしまってすまないなぁ…。こればっかりは自分でもどうにもならなくて困ってるんだが…、事故だと思って勘弁してくれぃ!」
…ゴールが焦っていた。本当に不可抗力だったのだろう。
そんなゴールは、納得出来ないのか不満を表す顔の三人に妥協案を提案した。
「的が壊れないのは、俺がそうしてるからだったが…なぁ?ウーン、後で弁償はする!許してくれ!あっ!あと、今ので、お前達の実技はクリア扱いにするってことで…」
「それとこれは別の話です。副団長、後で話があります」
レイアが必死の弁明をするゴールに釘を刺す。
「試験に関しては中立に、公平でなくてはいけない。贖罪などの後ろめたさから、おいそれと合格の保証をして良い理由とは違います。
……あなた達も不満を抑えなさい。良いですね?」
…レイアの言葉にゴールは肩を落とし、武器を破壊された三人はレイアに一礼すると控えていた壁際へと、一切口を開かずに歩いて行った。
「さっきの呟きは確信があったのか?」
ハヤテが伊織に聞く。『さっき何か言ったか?』と言うとこう返して来た。
「ゴールが鬼人のハーフかどうかと言う話だ」
「あぁ、それか。単に種族的な話で、武器破壊の可能性…、武器も持たないでやれるのはそれしかないからな、人間の場合は…」
…そうなのか、とハヤテが思わずなのか、呟く。カエデも伊織を見ながら感心している様子だった。
……また静まり出した修練場で、次の実技が淡々と進んで行く。
「多少、時間が押してます。ですが一度、休憩としましょう。まだ実技を受けてない受験者も、気を張り続けては自分を上手く出せない様に見受けられます。
再度確認しますが、皆さん、それでも構いませんか?」
レイアが修練場を支配する。
最初に実技を受けた者達は、確かに飽き始めていた。
誰も反論をする事なく、レイアの提案に頷きを返す。
……こうして自分の番が来る前に、一時的に実技が止まる。
この後に始まる実技に向けて、修練場を出て行く者達の後を追う。
―果たして、実技の前に気持ちを高められるのかはわからない。さぁどうなることか…?