第12話 翌日②
「あくまでも、例え話だからな?人はそんなに生きれないし。……それに俺が知るゲーム内での話だ」
血の気の引いた顔をしたラァナが、アイテムを震えながら伊織に手渡して、すぐに手を引いた。
「だから、現実の話じゃないって!」
あまりに誇張し過ぎたことに反省する。こんなつもりじゃない、軽いジョークだ。
ミリアが軽く「コホンっ」と咳払いして、口を開く。
「言い方は悪いですが、彼女らしい力があるのですね。良くも悪くも後先の考えない、まるで性質の悪いイタズラみたいな……」
もう1つだけ、どういう反応するかを確かめたくて、伊織はある一言を呟く。
「若返りなんて楽勝だけどな」
「ミリアさん!すぐに封印しましょう、そうしましょう!ダメです。こんなダメなアイテムはこの世にあったら世界の終わりです!」
今度はもの凄い勢いで、伊織の手からアイテムを奪い取ると、凄い剣幕でラァナはミリアへと迫る。余りにも必死だ。
そこで思わず吹き出し、声を上げて伊織は笑っていた。
「冗談のつもりだった。反省してる。」
もうこの話題から離れようと思ったが、気になることがあるので、今度は普通にミリアとラァナに言葉を掛ける。
「生憎と最後の一柱、ラァナのお姉さんのことを知らないんだが、そんなに面白い人(?)だったのか?」
いきなりの話の変化に若干の怒りの表情と雰囲気を隠しもせずに答える。
「そうですね…。面白いかどうかは別にして、一緒にいても飽きないというか、行動力に溢れた人でした。」
「とても明るくて楽しい人でした!それに優しくて、面白くて、大好きな姉さんです!」
…とても愛される人柄をしていたのだろう。
伊織にはそう感じた。聞くまでもないが、その神はもういない。この世界の大地と生命の礎になったのだから……。
「もう1つだけ、そのアイテムには力があるのを説明させて欲しい。」
伊織は今度は真面目に話をするつもりだった。まずは注釈を忘れないで。
「この世界にレベル的なものや能力的なステータスはあるよな?」
…イオリの記憶もあるので、間違いなどないのはわかっていたが質問する。
「ありますよね?女神様?」
クオンが使える神の方を向きかえ、ラァナに問い合わせる。
「そうです。それがどうかしました?」
「わかっているけど、確認のためだ。じゃあ話を進めるか。このアイテムを使うとだな…。」
……上手く説明が出来るかどうか、自信がないので途中で試してみようと考えて、一旦話を切る。
「どうかしたのですか?」
ミリアが先にどんな答えがあるのかを期待しているのだろうか、すぐに言葉を差し込む。
「簡単に言うと、自分のレベルを犠牲に、地力の底上げをするんだ。そうだなぁ…、あのドッペルゲンガーが強かったことの答えだと思う。」
実際に対峙した、クオンもラァナも疑問なのか不理解なのか、不思議な表情をした。
「アイツのレベルは多分、イオリより低いハズだ。だけど、俺のせいもあって、単純にイオリの倍近い能力は有してたと思う。」
……終わったことだから、誇張してでも倒せたことを強調するために言う。
「つまりそういうことが出来る、壊れアイテムの1つなんだ。」
◇◆◇◆◇
伊織は少しだけ、何か引っ掛かりがあるような気がするので、時間をくれと言い部屋から外へと出ていた。
もしも、このアイテムがあの女神のものだとして、それが貰える意味について考えていた。
……何故か、繋がりそうな気がするけど、上手く繋がらない。上手く纏まらない。
喉元まで言葉が上がってくるのに、先までも出ない。また1つ、記憶の水晶を取り出して、眺める。
……やっぱり、ゲーム内のような輝きがない。
……まるで元気がないような、そんな感じがするのが気になる。
仮説とはいえ、ミリアの言うように世界の異常が影響している事との因果関係は的を射てると思う。
「答えは出ましたか?」
……いつの間にか、ミリアが側に立っていた。
「さっぱりだな…。感じは掴めてるような気がするのに、正解にならない言葉しか浮かばない。当たらずとも遠からずってところだと思う。」
「言葉にしてみれば、それも変わったりするかも知れないですよ?」
……ミリアが優しく言葉を掛けてくる。ニュアンスだけでも伝えられたら、上手く何とか纏めて貰える気がする。
「ラァナのお姉さんだったか?この世界も、今の俺の存在も、元にしているのは?」
「それが彼女の願いでした。私達は、彼女が頑なに願ったことを叶えたかったのです。私達はその通りにしましたが、今は、後悔もあります。」
悲しそうな響きが混じる言葉を、ミリアは吐き出す。
「本当の意味で願いが叶ったのかを知ることが出来ないのです。彼女の存在が私達に怒っているから、この世界が異常を起こしているのでは無いかとさえ思ってしまいます……。」
そうじゃない、と言いきれる程、今の世界の状況を知る伊織ではない。だが、何故かそれは言葉に乗る。
「違うだろ、多分。イタズラ心を持つ面白い人ならば尚更。絶対に違うハズだ。まだ上手く言葉では纏められないけど、きっと何かの意味とかがあって、大地や生命の創造をしたかったんだろうなって思う。」
……どんな人か知らないけど、自分の元、心の底から自身にある女神が言ってるような感じがする。
「叶ったことに怒るような感じなんて受けないけどなぁ…。だってなぁ、女神と関係なくこの異常が起きている気にしかならないんだ、俺は。
絶対に悪い奴がいるぞ?絶対に。俺はハッピーエンドも王道の英雄譚が好きだからかも知れないけどさ、そう思うんだ!」
……もう何が言いたいのか、伊織の頭の中には一息つく間もなく、言葉が溢れた。
「……このアイテムも、何て言うか守るとか、成長させる効果って言うのか、女神の願ったことの1つじゃないのかな?」
「何か腹立つな…。物は試しだ。使うかこれ!」
◇◆◇◆◇
慌てて止めようとするミリアの側から一瞬早く逃れ、伊織は『記憶の水晶』を握り締めて、強くイメージする。
……すると、水晶の部分が強く光を放ち、光の粒になって伊織の体へと吸い込まれた。
「えっ?!」「あれ?」
一瞬の出来事に二人の声が重なる。そして、二人とも硬直する。
部屋の中から、駆け出す音が聞こえ、クオンとラァナがその姿を近くへと持って来た。
「お二人とも、何があったんですか?」
「大丈夫ですか?ミリアさんも伊織さんも…。」
それぞれが話し掛けてくる。だが、伊織は答えることが出来ない。まるで無防備な意識に不意討ちを食らったも同然で、思考が停止していた。
……辛うじて、ミリアが言葉を紡ぐ。
「伊織さんが使ってしまいました…。」
だが、出て来た言葉はそれだけだった。
未だに、状況の把握が出来ないラァナは、ミリア揺すり、答えを促す。
「使ったって何ですか?ミリアさんってば!」
…今度は伊織の側に寄ると、その体を叩く。
「記憶の水晶が使えた…。使えたんだよ…。」
まるで魂が抜けたかの反応に、クオンが疑問を呈す。
「記憶の水晶なんて無いですよね?だって、ラァナ様が持ってますし…?」
……確かに、部屋から出て来たばかりのラァナが、当の『記憶の水晶』を首から掛けている。
そんな二人のやり取りが聞こえ、元に戻って来ていたミリアが声を上げる。
「そんな!それでは今のは一体……。」
……ミリアの声を聞きながら、伊織が一気に、喜びを言葉に乗せる。
「やったー!これで何とかなる!マジか?マジだよな!痛ッ!夢じゃない!」
……それから、伊織が静かになるまで暫くの時が要った。
その間にラァナはミリアの背中を押しながら部屋へと連れていき、残ったクオンは右往左往しながら、伊織の側を慌ただしく捕まえようと追い掛けていたのだった…。
◇◆◇◆◇
「重ね重ね、本当にすまなかった…。特にミリアには迷惑かけてしまって、もう本当にすまない!」
……伊織は思い平身低頭して謝っていた。
ミリアから許されるまで。
「気にしてないと言えば嘘になりますが、もう大丈夫です。……先程のことにお答え願えますか?」
もう1つ、すまないと言って頭を下げて席に着く。そのまま、答えになるかわからないが、伊織はまた1つ、その手に『記憶の水晶』を出して、3人に見せる。
……また3人が固まる。だが、ミリアだけは、すぐに元に戻って、伊織の方に説明を促す視線を投げ掛けていた。……ラァナとクオンには衝撃が大きかったよだろうか?
「出そうと思えば、どこまでも出せると思う。多分、これも召喚の時について来た?ものだとしか言えないんだ…。」
「何故、とは聞いてもわかりませんか?」
……確証がないから、そのつもりで聞いて欲しい。これは、俺の仮説の話だ。
多分、召喚された時の異常は、3つの意思でそうなったんじゃないか?……そう考えてる。」
「私達と異常の大元と言える何かの2つまではわかりますが、あとの1つとはなんなのでしょうか?」
「もし、俺の体の異常が悪い奴のせいとして、ならば2つで合うよな?じゃあ、3つめが何か…なんだけど、多分、ミリアが想像している通りだと思う。」
「そうですか?言わずとも良いでしょうか?」
「ああ。ミリアならばそう答えを出すだろうから。」
そこで言葉を切り、ラァナとクオンの主従を現実に戻してやる。
「そろそろ耐性を上げてくれ、二人とも!話が進まない!」
1つ、大きく手を叩く。パンっと良い感じで大きく乾いた音が部屋に響く。
「ミリア、ラァナ。最後の一柱の名前ってなんだ?
……イオリの記憶にも見当たらないし、ゲームでも見たことも聞いたこともない。何故か伝ってさえ無いんだ。」
「それには事情があって…。ミリアさん、話しても良いですか?」
ラァナの言葉にミリアは静かに頷く。
「私達の名前は、信仰とか色々あって、伝わるようにしました。ですが、姉さんは生命の元としてその身を捧げてしまって、今は死んだことになっています。事実としては死んだふり…仮死の状態で、この世界になってます。名前を知られると、この世界自体が悪意というか、悪い奴に良いようにされたり、悪用される可能性があります。それを避けるために、この世界の何にも知られないように、私達が決めました。」
ラァナが言葉を選び選び説明する。その答えにクオンは押し黙る。
「ですので、本当ならば伝えないことを考えてました。だけど、伊織さんは信頼の置ける人として、クオンさんも御使いには大切なことなので、特別に教えちゃいます。特別に、ですからね!」
言葉はともかく、話したいと言う心がそのまま見える。言葉を選び、伊織が聞き返す。
◇◆◇◆◇
「ラァナ、教えてくれ。」
「ルーナ。ルーナ・アルティアが彼女の名前です。これは注意になりますが、伊織さん。けして、この世界に降りてからは口に出してはいけません。それだけはお忘れなきよう、お願いします。」
ミリアが、ラァナを差し置き、この世界の女神の名前を教えてくれた。
何故か、心の奥底に嬉しさが広がるように奇妙な感じがした。何となく、それは自身の中にあるルーナなんだと思えた。
「何となくというか、これは当たりか…?」
今の今まで、確信は出来ないでいたことが、いきなり確信する…確信出来るようになった。
「やっぱり、3つめの意思はルーナで良いか。だとして、これがアイテムの持ち込みの要因だなぁ…。」
…そうなると、自分を感じたからか何かでこれを、―まぁ多分、ルーナの意思― で引き寄せたんだろう。
「あと、大半の力が上手く使えない状態だけど、さっき使えたのは、ルーナのお陰で力を使えたんだろう。ただし、突っ込みどころがあるけど、ルーナって起きてないんだよな?」
なんでか、凄く疑わしく思うので聞いてみる。
「うーん…。世界の異常のせいとして、わからない…が答えかなぁ? なので、起きてるって訳はないと思います。むしろ、あの闇のせいで弱ってることがあるかも知れないですが…。」
頬に指をつけて首傾げながらラァナが答えてきた。
「まぁ、現状は可能性としては低いか無いか、か…。」
よくよく何かわかりそうで、わからないことだらけ。昨日の今日で完全にこの世界の住人になって、さっきの今でわかってわからなくなって、……なんだか伊織は楽しくなっていた。
それは多分、まだこの世界の現実には疎いせいだろう。彼の世界はまだまだ狭い。未だに神域の中、過ごした時はたった1日。
―まだまだ、その一歩を踏み出してはない―
正直、ちょっとやってみたいことを失敗した感じ。見なかったことにしてください 人( ̄ω ̄;)