第11話 翌日①
普通に日々を過ごせることが一番楽なこと。
……伊織はたった1日の経験で、そう思わずにはいられなかった。
自分が居た現実の生活に、戦闘や探索なんてあるはずがない。多分、職種によっては有るだろうが、自分の生活圏ではゲームでそれを経験する以外では皆無だった。
1日にも多少の波風があっての日常。
……だが、自分の日常をいきなり逸脱して、非現実的なことを体験する負担は大きかった。
許容範囲を越えて、正に「頭がパンク」するというのが正しいだろうか?……伊織はその状態になって、気を失うという体験をした。
―そう、それはもう昨日のこと―
……………
「やっぱり普通が一番だよなぁ…」
……改めて言葉にしてみると、妙に空々しい。
昨日の今日で、よりこの世界に適応しているからなのだろうか?
「まだ体が馴染んでない感じがして、なんて言うか……気持ち悪いんだけど、これって本当に大丈夫なのか?」
ラァナとミリア、そしてイオリがいる空間に
着くなり、状態の説明とついでに確認をする。
――それは、たった1日で3つめの『体』――
先ずは伊織自身の体。
ラァナがくれたホムンクルスの体。
……そして、この世界のイオリの体―今の体。
より正確に言うならば、ホムンクルスの体をイオリの体という血肉を使って、『人間』の体に換えたもの。
…言葉で聞いただけでは理解出来ない。それに、血肉なんて聞こえてしまえば、スプラッターなイメージしかできない。
……いずれは聞くが、今はは昨日のことを知らないといけない。
◇◆◇◆◇
「とりあえず、昨日のことはすまなかった。少し無茶し過ぎた。そして、本当にありがとう」
先ずは昨日の終わりについて謝る。そして感謝を伝える。
「色々と不可思議な事象が重なり、こちらも申し訳ありませんでした」
ミリアが変わらぬ距離感を持って対してくれる。その反面、もう一人は少し微妙な答えに、言葉とは違う緩やかな表情を見せる。
「無茶し過ぎです! トカゲじゃないから腕は生えて来ないんですからね?」
「女神様、トカゲは尻尾だけです……。あっ、俺は別に気にしてないです。むしろ、原因の一人なんで…」
自分のことを原因だと、イオリは素直に言う。こちらこそが原因だと思うのだが、今は余計なことは言わないでおく。
「気を取り直して…なんだが、昨日の出来事について色々あって、今集まってもらったんだ」
……そう、まさかいきなりイベント発生とは思ってなかったが、今回は疑問や問題が重なりすぎだった。だから、一つずつのことをハッキリとしたい。
「先ず一つめ。ミリアとイオリに聞きたい。今のイオリは何才だ?」
これはいずれ、二つ目の疑問に繋がる。
「私が保護したのは、16才のイオリさんです。転移の石碑に触れた時点で引き寄せましたので、間違いはありません」
「えっ?俺が自分を見たら、19才だったハズです!」
そう聞いて、伊織達は確かめ合う。神はその目で、伊織はスキルを使って。
……結論は現イオリの体を見る限り、16才が正解。だが、完全な正解じゃないと考えている。
少し、特別な判断基準で伊織は答えのもう1つを知っている。伊織はそのことを伝える。
「イオリが完全に間違いじゃない話だと俺は思ってる。あのドッペルゲンガーの姿で、気になることがあるけど…」
一旦言葉を切って、あの顔を思い浮かべた。
「あの偽物はイオリさんでしたよね?」
「俺も、ハッキリとしないけど、自分だったと思います」
あの姿を視認した二人が言う。
「じゃあ、アイツは何才だったと思う?」
……その問い掛けに二人は多分…とつけて16才だと言った。
―やっぱり、違和感に気付かないか…―
イオリはそうだろうなと納得した。だが、そこが解けぬ疑問になる。
「アイツは19才のイオリだったぞ?」
「「えっ?」」
目撃者の二人が声を揃えた。知らないハズだから仕方ないだろう。
「知っている…って言うか、うん……、アレは未来のイオリで間違いない。しかも転生してるはずだ。戦闘力の差でも判断出来るが、これが答えだ」
◇◆◇◆◇
ミリアさえも驚きを見せている。
「多分、俺の召喚について来た『変な感じ』の正体がアレだったと思う。俺の召喚のタイミングで混ざったんじゃないか?」
実は伊織もこれが答え足り得てないと感じている。
「それではあの神殿に居たことが解りません。ですが、伊織さんはそうだとご存知なんですね?」
「実際は向こうでのゲームが確証の一つかなぁ」
頬杖をつき、考えながら答える。
思い付く限りのイメージが目に浮かぶ。
―単純に俺が3年遊んだゲームの移行前、キャラメイキングをした時のこと、ある印をつけた時の画面だった―
「アイツの顔に変な模様があった。それを知ってるのは、俺だけだ」
そうは言い切るが、これだと謎が残る。とても深い謎。召喚の時に紛れ込んだとしても、あの神殿で、ドッペルゲンガーがいつその姿を捉えたかわからない。
「あっ!わかるかも……。伊織さんとミリアさんには言いましたよね? 伊織さんの体の物質化の時の話ですよ!私の力でも、体をどうにも出来なかったのに、物質化出来ちゃったって…」
少し興奮気味にラァナが声を上げる。
……そんな話も聞いた気がする。
「ラァナの力が完全に使えた、というのならば、神殿にはその時に『未来のイオリさん』が入り込んだと言うのでしょうか?大凡、信じ得ませんが、明らかな異常ですね。これは後で残る四名とも早急に話し合わなければいけません」
ミリアは事の大きさが如何程のものかを示す。 伊織も異常なことは感じているが、知識がゲームと現実世界の常識分しかないので、こちらの世界のことは専門家に任せる気でいた。
「この事は、やっぱり異常か…。力にはなれそうにないな。ミリア達に任せる以外、俺には出来ない。すまない」
…いきなり我が身の知らぬ話に、イオリを放ったらかしなので、次の話に切り替える。
「これで解決とまではいかないが、1つは処理出来た。まだ確かめたいことがあったが、さっきのラァナのおかげで少し解けたしな…」
……少しだけ、悩む。結局、行き着く先は昨日のドッペルゲンガーの件で繋がった。
召喚時に関する異質なこととも言えるか。
「ところで、当初の計画通りにしたと聞かされたけど、イオリはそれで良かったのか?」
これはあまり触れたくなかった疑問だ。何度謝っても償い切れない問題。
「そんな顔しないで下さい。正直、夢とか追えなくなるのはツラくないって言えませんけど、新しい生活は楽しみですから!」
……同位体とかで勝手に選ばれ、その体と記憶、存在まで奪われたと言うのに。
約半分の人生しかない自分の境遇をネガティブにもならずに受け止めている。その姿に涙が流れた。 何故かラァナも感動しているが。
「謝るのは失礼だな。ありがとうな、イオリ。ラァナにミリアも、ありがとう。この世界の為に、俺も頑張る。……ダメだな、涙が止まらない」
ラァナがイオリの両手を握り、謝る。
「私達の為になんて身勝手をごめんなさい!…残された時間は少ないですけど、出来る限りお願いを叶えますからね!」
ハッピーエンドの陰の悲劇を知り、伊織だけではなく、生命を司る女神も感情を露にする。
…普段のその姿勢を知らないがミリアも黙ってそれを受け入れるつもりなのだろう。
「あっ、そうだ!ラァナ様、御使いにも名前って有るんですよね?」
何かを思い付いたのか、名前について女神に問い掛ける。ラァナは不思議そうな顔をして、でもその答えを伝える。
その言葉を受けて、イオリがこちらを見て、照れくさそうに笑いながら、伊織に言った。
「もう少しだけ…らしいですが、俺はイオリじゃなくなります。今だけですけど、同じイオリじゃ紛らわしいので、御使いとしての俺に『名前』を付けて下さい!」
「私からもお願いします。そのままでも良いと思ってたけど、私は本人の願いを尊重したいです…」
頼まれても、と一瞬断ろうか悩む。その悩みを解った上で、意外にもミリアが伊織に頼む。
「お願いします。これは我が儘と知ってます。ですが、仲間としてのお願いです」
……断る為の逃げ道がなくなった。だが、悩んで見せたのは、考えるため。断ることなんて考えてはいなかった。ミリアの鋭さに感服する。
「わかった。その言われ方をされたら断れないからなぁ…少しだけ待ってくれ」
何か良い名前を、と考える。意外と、そんなに時間を使わずにすんなりと名前が浮かぶ。
「『クオン』が思い浮かんだ。クオンで良いか?これは俺の世界の宗教用語なんだが、―永遠―って意味があるそうだ。ダメか?」
「いいえ! 永遠、かぁ…。『クオン』、ありがとうございます」
本当にすまないな。イオリ。名付け親が俺なんかで。
……しかし当人が喜んでいる。ありがとう
◇◆◇◆◇
そう言えば、1つ思い出した。使い道を知ってはいるけど、その確証がない物が有ったことを。
「特にミリアとラァナには教えて欲しいと思っている」
そう言ういうやいなや、所持品からアイテムを取り出して見せた。
「多分、見たときかあるとは思うけど、使えるのかな?」
その形をしたものは、今手許にない『生命の結晶』……そのデザインのオリジナルだった。
「それは…?あれ?『生命の結晶』じゃないんですか?」
外見だけを見てラァナが質問を返す。
「伊織さん!それは一体何なのですか?何故あなたが持っているのですか?」
…今度はミリアが反応する。だが、失礼なようだがその雰囲気がいきなり変わって驚く。その剣幕と言うか、勢いと言うのか、これが何なのかを逆に知っているかの様に聞いてくる。
「どう説明するのが正しいのか…。多分、これは
俺の召喚の時に持ってこれた物…だと思う。名前は『記憶の水晶』って言う、特殊なアイテムだったんだよ。この世界と似た世界のゲームの中の……」
珍しく取り乱した感じのミリアは、伊織から手渡されたアイテムを本当に大事そうに扱う。
その姿を見ると何なのかわからない、不思議な雰囲気を出している。そして、何故か涙を零す。
「ラァナ、分かりませんか?これは、…あの人が
創った物です。私にはそう判ります…。きっ
と、きっと間違いありません」
……『あの人』?知っているのだろうか?
到底、信じられないと言う感じだったが手に取ると確信を得たのか、いつも通りか…それよりも雰囲気が優しくなるのが伝わる。
その手の中のアイテムを胸に押し当て、何かを呟いたあと、ラァナに優しく手渡す。
すると手渡されたラァナが今度は声を上げる。
「あの人って…? …でもミリアさんが間違うこ
となんて……?えっ?ええっ?!ウソ!」
…ミリアと違って、ラァナは落ち着きがなくなっていた。
「なんでこんなアイテムがあるんですか?!
……どう考えてもおかしいですっ!」
伊織としてはおかしいと言われても困ってしまう。ゲームでは知っているが、こっちの現実では何か曰く付きなアイテムだったのだろうか?
「なんで、姉さんの……」
上手く言葉に出来ないのだろうか、ラァナが混乱している。
「なんでかは、俺が知りたい…。一体、何なんだ?」
伊織も困惑する。ただのクリア特典のアイテムが割と問題品なのかも知れない。
「一応、仮説ですが、説明はできます。これは、最後の一柱の創ったアイテムだと思います。いつ、どのような経緯で創られたのかは判りません。……それに、何故かは上手く言えないのですが、確かな力はあるのに、上手く作用してないと感じます」
わかるようで、何か更にわからない。つまりは、神が創った物とは認識出来るが効果等が使えるようではない、らしい。
「もしかすると、この世界の異常にも関係があるかも知れません。私達の力がこの世界に拒まれていることと似た様な現象かも知れない。…そう考えられます」
◇◆◇◆◇
伊織はそのままこのアイテムが使えるならばチート無双と、思っていたのだが、その夢を挫かれた。
「もしも、それが正しいならの話だけど、この世界の異常が何とか出来たら、完全に力が使えるのかな?」
「確証はないのですが、その可能性はあるでしょう。今の私達では世界の異常を詳しく知ることさえ満足に出来ません。あくまでも仮定の話になりますが、そのアイテムがそうであるなら、大なり小なりの異常を判別することも出来るかも知れません」
ミリアは伊織の認識を前提に仮説を立てる。
……果たして、当たっていてくれと伊織は思う。
「真剣な話の最中にあれなんですけど、伊織さんが知ってる限りだと、どんなアイテム何ですか?」
話に入りきれず、かといって興味があるのだろうイオリ、いやクオンが質問する。
「あくまでもゲームでの情報だぞ?
体力と魔力の自動回復、状態異常・種族・属性の耐性と特効、戦闘系の技能の強化と回復や補助系の補正に職業能力の強化、単純な身体強化とトラップ回避や浮遊も有ったハズ。」
三人の表情が固まっている。正に、目を点にするとか鳩が豆鉄砲~という感じだった。
「あっ、肝心なヤツを忘れてた。使うと限界突破の効果があったぞ」
そう思い出したついでに、先のドッペルゲンガー問題の1つ、『未来のイオリ』が限界突破したヤツなことを思い出した。それは別な話なので伏せる。
「『限界突破』って、何ですか?」
…ラァナが手を上げて質問する。
「言葉の通りなんだけど、簡単に言えば『生きてる間が成長期』って感じか?」
大前提としては長生きが必須だが。
「いまいち、わからないですんですが……」
クオンも手を上げて、そう言う。
「うーん……。例えば、寿命が長くて、且つ『死ぬ』ことさえなければ、きっと生身で神様にも届くぞ?」
伊織の例え話に、女神も御使いも戦慄した…。
そろそろ、序章の終わりです。