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第10話 伊織=イオリ⑦ 決着


 ―悪いことの予想ほどハズレない―


 やはりアイツは、転移して来る。


「とりあえず、言った通りにやろう。その先はその時々に自分で考えれば良い」


 またも部屋の中心が歪み始める。さっきの襲撃でのことを考えると、また何か予測外のことをしてくる可能性が無いでもない。



 歪みが強くなった時、目の前で立っているイオリの後ろ姿が緊張するのが見える。


「さっきのせいだろうけど、無駄に力を入れすぎるな。今度はギリギリまでは大丈夫だから」


 まだ何があるともわからないが、不安の一つも和らげなくてはならない。敢えて言葉に出来たのは、在り来りなものだった。


 ―『大丈夫だ』と思えば、案外そうなる―

ものだ。…ただし逆もそうだろうが。


 やがて部屋の中心の光景が元に戻る。一点の異質をその場に残して。

 ただ、その姿はさっきと違い、明らかにダメージを負ったままの状態で現れていた。


 今回は真っ正面からの戦いが始まる。



「ラァナは、またあれを頼むな」

 伊織が指示を出す。その言葉に反応したのはラァナだけではない。

 今度はイオリも動き出す。


 ほぼ同じ姿をした魔物に対し、イオリは盾を前に構えながらその距離を詰めた。最初の一撃は魔物から。

 予想外の力の一撃を何とか盾で受け流し、イオリが剣を突き出す。逆に今度は魔物が盾を使い、その突き出された剣を無理やり弾く。


 部屋に響く金属音がほんの少しだけあく。


光の楔(レイ・ウェッジ)!」

 ラァナの魔法が魔物の頭上から顕れる。

 今回は牽制と足止めの為に拘束魔法を頼んでいた。


 さっきは不意に喰らっただけなのだろう。

 明らかに死角からの魔法だったのに、ラァナが放った光の楔を見事に避けた。


 しかし、そんなことくらいはこちらも考えていた。魔物がどちらに行こうが範囲攻撃には無防備になる。そうするだけでも相手を削れる。


 ラァナが光の楔を放ったその後、イオリが剣に刻まれた魔法を()()()で放っている。その効果が如何に下級魔法の威力だろうとも構わない。


 ―足止めが出来る― からだ。


 次は伊織が参戦する。下級の炎の魔石を止まった魔物に投げる。こちらも威力が其れなりだろうがダメージに変わる。


 恐らくは予想外の連続攻撃、連携した攻撃には考えもなかったのだろう。


 細かな光の雨と炎の魔法がきれいに全て決まった。魔物が蹌踉ける。その手から盾を落として、数歩だけ後ろへと下がる。


「今だ! イオリ、切り込め!」


 イオリに対して、より強い追撃の指示を飛ばす。その声を聞いて、魔物との距離を詰めたイオリの剣が目標を捉える。


『ギャアアアアアア!』


 初めて聞いた、相対する敵の絶叫。

 …その瞬間、3人は瞬間的に恐怖を感じて動きを止めた。



 ◇◆◇◆◇



 三度目の遭遇を果たしているが、前二度は相手が何かを発したことはない。本当に、ただ似た姿の人形のようなものだと錯覚していた。


 …アイツがただの魔物―ドッペルゲンガーだと思ってはいけない。完全にそれとは違う。

 伊織達が今、戦っているのは、〈イオリ〉という魔物だ。改めて、認識が塗り変わる。


『コロスゥ!ゼッタイニコロシテヤルゥ…!オレガイオリダァァァア!』


 魔物の絶叫が再度響く。


 自分達が恐怖で動かない隙、魔物のすぐ近くにいたイオリが後方に飛ばされた。

 力任せに剣を振るい、単純な力だけで人の体を事も無げに吹き飛ばす。


 見れば、剣を持つのは片の手。さっきの追撃でイオリは一定以上の成果を残していた。

 …隻腕でさえあの力。もう1つ、警戒のレベルを上げねばならい。


 自分達が作り上げた優位がすぐになくなった。まるで理性を持たない狂人の姿と気配。自分と近い姿をした魔物を見ているイオリは、ジリジリと後退している。


 こちらも恐怖と理性が鬩ぎ合い、上手く戦える状況ではない。


 …何かしないと。何とかしないと。


 三者三様に考える。自分の身だけを考えるのではいけなかった。他の二人とともにこの場を切り抜けないといけないのだ。


『ソノウデヲヨコセェ!』


 魔物は既に暴走に近い攻撃を繰り返し、対峙するイオリへと襲い続ける。

 イオリはその暴力に曝され、攻撃の一切を封じられている。


伊織は咄嗟に叫ぶ。


「ラァナ!イオリに出来るだけ強化の魔法を付けてやれ!」


 このままでは、いずれは押しきられてしまう。その時が来てしまうのは最悪なのだ。

 出来るだけをしないといけない。魔物の意識の外を動きながら、伊織も仕掛ける。


 その背中に中級の炎の魔石をぶつける。


 魔物の体勢が崩れ、イオリを巻き込み吹き飛ぶ。上手くいく予想はしていなかった。だが、運良く、イオリと魔物の体は別々の方向へと分かれた。


 ―良し!やった!―


 …そう思った瞬間、伊織は肩に激痛を感じる。

 離れた位置にいたのにも関わらず、伊織はダメージを負った。


「くぅ…!アイツ、何て体勢から…!」


 肩を押さえて、イオリの側に寄る。その体には大凡ダメージ足るものは見当たらない。

 ただ、鎧の肩当てが一部だけ失われていた。

 その下の衣服まで切られた跡があるが傷もなく、イオリの無事に安堵する。


「体は大丈夫なようだな? 一応はこっちも大丈夫だが、無理はするな。やることは1つだけ選ぶんだ。逃げるなら逃げる。躱すなら躱すだ!」


 イオリの背中を軽く叩き、すぐに離れる。

 魔物を視界に入れながら、距離を取って今度はラァナに近寄る。


「肩は大丈夫なんですか?」

 ラァナは回復魔法を使おうと伊織の肩へ手を伸ばすが、本人はそれを制して言う。


「アイツがあとどの位で倒せるかわからないが、やって貰いたいことがある。それまでは、今までと一緒だ。牽制と足止め、それと補助を頼む」

 …細かい部分を説明する。果たしてどうなるかは不確定だが、今は考える全てに賭ける。


「…わかりました。それが私の出来ることなら、頑張って見ます!」


 ラァナの頭に軽く手をのせる。…思わずやってしまった。

「すまない。ついやってしまったんだ」

「気にしません。嫌な気はしないですし。それに何か、()()()()()…」


 そんな遣り取りをしていた時、魔物が片腕の剣を支えに体を起こしていた。

「ヤバい。さっきのこと、頼んだぞ!」


 そう言い放って、ラァナから離れる。



 ◇◆◇◆◇



 今、魔物は伊織を見ていた。先程、その腕を切り飛ばした時もそうだった。

 …目前の敵だからこそ襲ったのではなく、腕を切り飛ばした相手だから、イオリを狙った。

 ならば今度は自分だ。その体に炎を一撃を加えたのは伊織だった。


 ………………


 …迎え撃つなんて無謀は出来ない。攻撃手段が無いのだから。


 ―魔石は残り5個。中が1個、小が4個―

 これは然るべき時に的確に使わないといけない。だから使えない。使わない。


 他には短剣が1本だけ。

 …正直、この武器さえも扱いきれない。使うとしたら、近接戦闘だから。あの魔物の攻撃を避けてチクチク攻撃するなんて無理だと思う。


 それに、問題がある。

 今の体は、―全力が出せない― 特殊な体に、特異な事情を秘めている。


 躱すか、逃げるか。決めておかないとならない。余裕を失くせば、すぐに終わる。


 ………………



 魔物はまたも叫び散らしながら、こっちにやって来る。

『オマエェ!オマエオマエオマエェェ!ユルサネェェエエエ!』


 先程よりも更に暴走しているように感じる。その狂気が膨れ上がり、その威圧感に気圧される。


 何故、このタイミングでこんなことになるのだろうか?

 とりあえず、今は逃げて逃げて、一瞬の隙を狙う。


 迫る魔物にわざと向かって走る。逃げるにしても、背中を見せたら多分すぐに切られるというイメージしか湧かない。だから、敢えて正面を向いて対峙する振りをした。


 …予想通りに一直線に魔物が距離を縮める。剣を持つ手は右側。

 走る一歩一歩までに嘘を混ぜ、最後の一歩で加速して、魔物の左側を一気に抜ける。


 床と剣がぶつかる音を聞きながら、すぐに向きを変えて魔物との距離を取り直す。

 その瞬間、イオリが動いている姿を目にした。

 イオリもまた、魔物の左側から剣を振り下ろしている。


 だが伊織自身、考えて無かった援護攻撃に対して、魔物の方は反応していた。

 腕がなく防ぐ物さえない方向からの攻撃に()()()当たり、何かの力でイオリを地面に叩きつけたのだった。


 その瞬間、また体に響く鈍い痛みに反応して、伊織は体を仰け反らせる。それだけではなく、得体の知れない悪寒とともに力が抜ける感覚を覚える。


「イオリ!無事なら早く立て!今度はお前が狙い!」


 その言葉を裏付けるように、さっき床を叩いたはずの剣は、魔物の頭上を越え、高く掲げられている。



 しかし、時間が足りない。その場で逃げるも躱すも、どっちにしたとしても。

 …今、それだけはやらせてはいけない!


 伊織は迷い事なく、預かっていた短剣を握り、魔物の背中に向けて投げつける。


 ―当たっても当たらなくても良い!―

 元々、それだけの威力を出せる力では投げてない。またこちらへと注意を向けてさえくれるならば、それで良い。


「お前が相手をしてるのは俺だろうが!」

 短剣を投げたのとは逆の手に握った下級の魔石も投げる。…小さな風の刃が魔物の肌を裂く。


『ァァァアアアアアッ!!!』

 部屋全体を揺するかのような雄叫びを上げて、纏わりつく小さな風の刃を一方的に壊す。


『オマエェ!オマエモォ!コワシテコワシテコワシテコワシテコワシテコワシテヤルゥ!!』


 尋常じゃない言葉、それと雰囲気の変貌。

 …やはり人ならざるモノ。ついに、魔物の本能を爆発させる。


 振り上げていた剣を有らぬ方向へと投げ捨て、先程とは比べ物にならない挙動で、倒れたまま未だに起き上がれていなかったイオリを蹴り飛ばす。



 またも自身の体に響く鈍痛に、伊織は顔を歪めて片膝をつく。女神が強化魔法をかけていても、体を貫く衝撃の重さ。


 非常にマズイ状況になっている。体に感じる痛みだけは一瞬で、すぐにその感覚をなくせるが、受けるダメージの蓄積が体を動かなくさせて来ている。


 目先に動かぬ獲物の姿。魔物がそれを蹂躙しない訳がない。

 …何処までも予測の出来ない、異質な魔物。

 その足音が近づく。まだ反応が鈍っている体では、無傷でやり過ごすのは無理だった。


 伊織は女神に頼む。今、ラァナはイオリの側にいる。

「イオリを早く起こしてくれ!俺の事は後回しで良い!頼んだぞ!」



 ◇◆◇◆◇



 魔物の姿は目の前。その片腕で伊織の首を掴んでを持ち上げていた。感覚が鈍った体は、その体に不具合ばかりを起こしていた。


 …ギリギリ出来る範囲で腕を突き出す。

 無手をそのまま伸ばした訳ではない。突き出されたその手には、先のない壊れた剣があった。


 何度も何度も、伊織は首を掴んで離さない魔物の腕に折れた剣を突き立てる。

 力無く振るわれる攻撃とは言えない攻撃を

魔物は意にも介さない。


 ―あと少し。俺を侮っていろ―


 伊織は諦めてなどいない。自身を危険の内側に入れて、チャンスを待っている。



 しかし、タイミングを計り行動に移せないうちに、魔物に予測外の攻撃を受けたのだった。


 さっきまで持ち上げられ、少し上から見上げていた魔物の顔が、()()あった。

 またしても、鈍った感覚が状況の変化を体に伝えてくれなかった。



 …首を掴まれたまま、地面に叩きつけられいた。そして、何度も背中を床にぶつけられていた。ただ、意識は手放さないで、伊織は歯を食いしばって耐えた。


 やがて、飽きたのだろうか、魔物が首を握り潰すかのように、異常に力を込め始めた。

 それは明らかな危機だった。普通ならば確実に生命を終わらせる行動。


 だがそれを伊織は最大のチャンスと認識して、事を成す。


 今度はしっかりとした力を込めて、折れた剣を隻腕の魔物の腕に深く突き入れた。


 その腕から、先程感じた得体の知れない気配が漏れ出す。そんなことさえ構わずに更に力を込めてより傷を深くさせる。




 自身の上にいる魔物が絶叫を上げるが気になどしない。手持ち最後の中級の魔石を空いていた手に握る。

 それと同時に、突き立てた剣から手を離して、その手で傷つけた魔物の腕を掴む。


 …そして、魔石を握った手を伸ばす。


 ほんの少しの瞬間、周りの空間が静寂に包まれ、一気にその静寂が()()()()()


 伊織は魔石を握った手を、腕を。魔物は残っていた腕を失い、その体を爆風に飛ばされた。



 辛うじて残る意識を向けて、探す。

 無理やり体を動かして、魔物の姿を。


  ―見つけた―


 またしても腕を失い、魔物が絶叫する。だが、それでも立ち上がって、ヨロヨロと歩き出す。

 ある程度歩き廻ると、今度は意味がわからない言葉を何度も繰り返していた。


『ナンデダ!ナンデ?!ナンデナンデナンデナンデナンデ?!ココハ?!アッチハ?!ドコダ?ドコダドコダドコダドコダァァァ!!』



 言葉を声として出せたかはわからない。

 …だが、伊織も叫ぶ。


「ラァナ!イオリ!頼む!!」



 魔物の姿が闇の鎖に巻かれ、その動きを拘束されていく。

 そして、その胸元から白い剣先が現れる。


 ―魔物の姿が一瞬で霧になり、消えていく―


 ラァナとイオリの姿がその先から見えた。


 …こちらに、二人とも気付いたのだろう。余韻に浸る事なく、駆け寄って来る。


 二人の姿を見て、心の底から良かったと思い、安堵する。

 ―やっと一つ、終わった―


 伊織は『生命の結晶』を残っている手で握り締めて、二人を待つ。



 先ずは神殿の外、ミリアの許に戻らないとならない。

 やがて、二人の気配を側に感じる。


 …二人の体温を感じる。


 伊織はミリアの姿を浮かべて念じる。


 ほんの一瞬の周囲の変化。


 思い浮かべたミリアの気配を感じる。


 そして、伊織の意識は深く深く沈んでいく…。

 

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