-ゴブリン集落編7-
この矮小なゴブリンの身体に満ちた、全能感に酔いしれて、どうにも愚かな事をしてしまった。
自身を取り囲う様にして立ちはだかる小鬼共に、どれだけ余裕はなかろうとも睨む事を止めようとしない心にため息ひとつ。
鬼を宿し強さを求めるのなら、いつかは相対するであろうとは思ってはいた。
己は所詮ゴブリンだ、最下層種族にして最弱を争う一族。多少は強くなったとしても、1に1を足したところで2でしかない。
集落を統べるボスゴブリンの体躯は大きく、かつて受けた打撃は重みがあった。
自身が策を用いてなお命懸けで狩った剣鹿を、易々と狩った事実を踏まえると、自身より相当に強いはず。だが、かつて対峙した赤鬼のプレッシャーには到底及ばない。
赤鬼と対峙出来るだけのチカラを得る為には、まず越えるべき壁は集落を統べるボスゴブリンだと。
毎日森へと赴き、剣鹿を喰らい力を付けたことで一回り大きくなった身体に漲るチカラはかつての自分を大きく上回ったはずだった。
ボスゴブリンにも劣らぬだけの力を手にしたはずだった。
結果は惨敗。
振るう鉄剣はボスゴブリンの身体に触れることすら叶わず、放った投擲槍はボスゴブリンの一振りで砕け散った。
こんなはずじゃなかった。
碌に相手にもされない怒りと虚しさが湧き上がり、無茶な突貫を試みれば振るわれた拳の強さに自分の浅はかさを知る。
ボスゴブリンに挑む前に感じていた全身を満たす全能感は鳴りを潜め、かつて味わった絶望にも似たプレッシャーがひしひしと肌を刺す。
集落のゴブリン達は、ボスに挑む愚かな俺を遠巻きに囲み嘲笑い。
心配そうにこちらを見ていた雌ゴブリンの顔には悲壮感が漂う。
そして、愚かものを見下す様な目付きでこちらを見るボスゴブリンからは憐れみが。
自ら引き起こした絶体絶命の危機に、恐怖を感じるも後悔は無い。
こんな状況になってさえ心に棲まう鬼が嗤っているのだ、まだ終わってはいない、と。
震える膝に喝を入れ、どうにか立ち上がれば己を覆うほどの巨大な存在感に心が震える。
同じ種族であるボスゴブリンがこれほど強いのだ。どれだけの修羅場を潜り抜けてきたのかは分からない。だが、確かに強者へと成り上がったゴブリンがいるのだ。
(ここじゃ終われねぇ、まだそこからの景色を見てねぇんだ)
ボスゴブリンの巨躯から放たれた一撃は、左頬に突き刺さりその威力を証明するように、自身の身体を暴風に煽られた紙屑の様に吹き飛ばした。
二転三転と吹き飛ばされ転げる中で、自分の傲慢さが生んだ油断や驕りも吹き飛んで行く。
集落の外れにある木にぶつかり、ようやく止まった身体は怪我のオンパレードでどこが痛いかすら分からないほどに全身が悲鳴をあげている。
-グガァァァァアアアアァァァアアア!!
敗者は去れと言わんばかりのボスゴブリンの咆哮に、敗れた悔しさを、命を見逃された屈辱を、己の愚かさを気付かせてくれた感謝を。
「ぐぉぉおおおぉおおおおお!!」
色々とごちゃ混ぜになった想いを込めて、精一杯の咆哮を返し、痛む身体を引き摺るようにして集落を背に歩き出す。
最弱の種族にして、最強への可能性を秘めた存在は驕りを捨て頂点への道を一歩進めたのだった。
ゴブリン生活はまだ始まったばかり。